シェリダー区画担当魔王軍幹部アルシーヴ=ライブラリアンvsクレイジィー珈琲師・庚澤無縫〜幹部巡り三戦目〜
地下への階段を下り、辿り着いた先にあったのは美しい彫刻が彫られた大きな木の扉だった。
「図書館長室」という表札が掲げられた扉を無縫が代表してノックする。
「どうぞお入りなさい」
促されるままに部屋に入ると、そこには黒いローブを纏った何者かの姿があった。
目深に被ったローブのフードから見えるのは白骨化した頭部だ。本来、瞳があるべき場所は漆黒の闇を湛えており、その奥底からまるで青白い炎が燃え盛っているかのように青い輝きが煌めいている。
「……不死の大魔術師ですか?」
「私の姿を見て驚かないとはなかなか胆力がある」
「アンデッド系は何回か見たことがあるのでいい加減見慣れてきました。シェリダー区画を担当する魔王軍幹部様ということでよろしいでしょうか?」
「いかにも、私はアルシーヴ=ライブラリアンだ。話は聞いているよ……かつての私の母国がまた盛大にやらかしたようだね。相変わらずあの国の上層部は手前勝手だ。元ルーグラン王国の国民として謝罪するよ。といっても、数十年前の話だけどね」
「謝罪は結構ですよ。……犯した罪のツケはしっかりと精算してもらうつもりですので」
無縫とアルシーヴが背筋の凍りそうなやり取りをしていると、唐突にレイヴンが口を開いた。この状況に耐えきれなくなった……という様子ではなさそうだ。
「理事長、申し訳ないでござる! 今回の試練、何一つ貢献することができなかったでござる! 試練も無縫さんがほとんど場所を解明して最後の謎解きもスノウさんが解いたのでござる。拙者はただただついてきただけですござる!」
「待ちたまえ! レイヴン君、君は正直者だね。それは美徳だと思う。他の挑戦者の方々も同じような立場ということで間違いないかな?」
「……えぇ、私も実質ただついて来ただけだわ。場所の特定は無縫さんからほとんど正解をもらってしまったし、最後の謎もスノウさんが解いた」
「右に同じじゃ」
「うむ……私はそれも運だと思う。たまたま試練をあっさりクリアできる者と同じ日に試験を受けたという偶然を手繰り寄せたのも貴方達の力だ。私の試練は協力することを前提としている。即席のチームでいかに協力するか、そもそも協力するという選択を選ぶことができるのか、それも一つの判断材料だからな。まあ、一人で試練を攻略することもそれはそれでいいことだが。もし、再試験を望むというのであれば何か考えないこともないが、正直、私はこのまま進んで良いと思う。まだまだ幹部巡りは続く……実力が伴っていないのであればそこで落ちることになるだろうし、何よりこの後の私との戦いで敗北する可能性もある。では、このまま私との戦いに挑むということで良いだろうか?」
「俺は問題ありません」
「試練を合格にしてもらえるというなら、このままバトルさせてもらいたいわ」
「儂も同意見じゃ」
「理事長、挑ませて頂くでござる!」
「うむ、だがここは場所が狭い。少しだけ移動するとしよう」
◆
無縫達がアルシーヴに案内されたのは学園の中庭だった。
シェリダー大書架からそれほど遠くない場所にあるこの学園はレイヴンの通う学校でもある。クリフォート魔族王国で唯一の学術機関であり、義務教育ではないもののほとんどの家庭が子供を通わせているため、様々な種族が入り乱れる人種の坩堝となっている。
「先程、レイヴン君の話にもあったように私はこの学園で理事長もしていてね。私の幹部戦もここの中庭を使うことにしているんだ」
丁度昼休みの時間だったということもあって、中庭にいた生徒達は理事長であるアルシーヴと挑戦者の闘いを見ようと近くに集まってくる。
中庭にいない生徒達も昼食を片手に窓から戦いを観戦するつもりのようだ。
「では、誰から勝負する?」
「みなさん、どうしますか?」
「無縫殿が希望する順番でいいと儂は思うぞ。ここまで辿り着けたのも無縫殿のおかけじゃからな」
「右に同じでござる」
「私も同じ意見よ」
「では、最初に俺が挑ませてもらいましょうか?」
『夢幻の半球』を展開して戦闘準備を整えてから、無縫は中庭の中央へと進み、戦闘体制を整える。
「さて、ご存知の通り幹部巡りにおいて私達魔王軍幹部はある程度の手加減をすることになっている。試練に相応しい難易度で挑戦者の相手をするのが決まりだからな。だが、宰相閣下より通達があった。無縫殿については一切の手加減をすることなく相手をしろと。……正直、私はこの通達に不満がある。試練は挑戦者全てに公平になされるべきだ。だが、魔王軍上層部が決定してしまった以上、私にその決定に逆らう力はない。これより私は本戦と同様に本気で戦わせてもらう! 悪く思わないでもらいたい!」
「俺もそのつもりで来ています! 謝罪は不要、アルシーヴ殿の全力、味わい尽くさせて頂きます!」
幹部巡りのルール真っ向無視の本気宣言に「流石にそれはいくらなんでも……」とレフィーナ達三人がアルシーヴに非難の視線を向け、幹部巡りの挑戦者の中に人間がいることに気づいて警戒の視線を向けていた生徒達が「流石にいくら相手が人間でもそれはやり過ぎだ」という気持ちで心が一つになる中、無縫は躊躇なく『天使の賽子』を振った。
「『天使の賽子』……出目は『敵全体のステータス上昇』ですね」
更にここに至って異世界ジェッソに召喚されて初となる無縫にとって不利な目が出る。
アルシーヴのステータスが強化され、ただでさえ一切手加減なく戦うつもりのアルシーヴが更に強化された。
「この私に施しをする余裕があるということか!?」
「いやぁ、出ちゃったものは仕方がない。『天使の賽子』には自分にとって有利な目も不利な目もある。ダイスの女神様は気紛れなんですよ。こういう時だってありますよ」
「……いえ、完全に遊んでいるわね。大抵の人間はダイスの女神に泣かされるけど、無縫君は女神を手玉に取って弄ぶタイプでしょう?」
「まぁた、無縫の悪い癖が出ているようじゃな。……本当に性格が悪い、ゲフンゲフン、いい性格をしている」
「だ、大丈夫なんでしょうか? 無縫さんが心配です」
「大丈夫よ、スノウ! 無縫君はどんな死線も涼しい顔で潜り抜けてきたんだから!」
『天使の賽子』による強化で多少混乱したもののアルシーヴのやることそのものは変わらない。
「不可視の地雷よ、不可視の空中機雷よ、我が敵の行く手を阻め! 【不可視の天地雷原】」
衝撃を加えることで爆発する特殊な魔法の地雷と空中機雷を設置する魔法を発動し、守りを固めるアルシーヴ。
この魔法こそ、アルシーヴの切り札と言える魔法だ。
この不可視の地雷は並大抵の探知スキルではその位置を把握することはできない。そのため、アルシーヴと戦う者は皆、どこにあるかも分からない魔法の地雷と空中機雷に怯えることになる。
この魔法の厄介な点はアルシーヴですら設置した魔法の地雷と空中機雷を探知スキルや魔法で把握できないという点だ。そのためアルシーヴは魔法を発動した座標を完全に記憶している。
どれだけ優れた探知能力があっても無意味。魔法を突破するためにはアルシーヴの記憶を読むくらいしか方法はない。
一度発動してしまえばこれほど厄介な魔法もないというくらいには強力な魔法、その筈だが……。
「ふぅ、久しぶりに飲む珈琲は格別だね」
「……さっきも大書架を出てから学園に到着するまでずっと飲んでいたでしょう? 一般人の魔族の方々から『なんて人間は常識がない生き物なんだ』と一緒くたにされて恥ずかしかったんだから!!」
「さて……久しぶりに召喚勇者としての天職、珈琲師の力を使うとしよう。珈琲吸血樹」
無縫の右の掌の上に無数のコーヒーノキの枝が形成される。
その枝を無縫は躊躇なく放った。その狙いは寸分違わずアルシーヴの設置した地雷と空中機雷に命中する。
的確に魔法の地雷と空中機雷を撃ち抜いたこともそうだが、それ以上にアルシーヴを驚かせたのは魔法の地雷と空中機雷の爆発の威力が想定以上に高かったことだ。
猛烈な爆炎と衝撃波は戦場全体を巻き込む。当然、通常の魔法の地雷と空中機雷であれば爆発に巻き込まれない位置にいたアルシーヴも例外ではない。
次の瞬間、背中にゾワっと寒気がして咄嗟に展開した「物理障壁」が音を立てて砕け散る。
「震揺衝」
覇霊氣力を纏うことで爆発の中を無傷で駆け抜けた無縫の拳に地面に打ち込めば巨大地震と地割れを引き起こし、海にぶつければ巨大な津波が発生、大気にぶつければ尋常ならざる衝撃が大気中を伝播するほどの強力な力が乗せられる。
莫大なパワーはあっさりとアルシーヴを守る「物理障壁」を破壊してみせた。咄嗟に「物理障壁」では守りきれないと判断したアルシーヴが後方に跳躍したため拳は僅かにアルシーヴを掠めただけだが、それだけでもアルシーヴの右半身が軽々と吹き飛ばされるほどである。これだけのダメージを受けてなお戦闘不能の判断が『夢幻の半球』にされないのは、アルシーヴがアンデッドである故か?
「……あんなに一方的に理事長がやられているの、初めて見たでござる」
「でも、辛うじて攻撃を耐え切ったようね。戦闘開始からここまでの惨状になるまで二十秒も経っていないけど、まだここから挽回できる余地もほんの少しだけは残されていると思うわ」
レイヴンを含めてこの世に顕現した地獄の如き惨状に衝撃を隠せないでいるが、レフィーナはこの状況でもまだアルシーヴに勝ち筋が残されていると考えているらしい。
しかし、絶望を突きつけるかのようにシルフィアはその考えをあっさりと否定する。
「多分だけど、アルシーヴさんは自分の魔法を制御できていないんじゃないかな? 『天使の賽子』で自分の魔法が強化された結果、爆発は自分を巻き込むほどになっているし。時間を掛ければ魔法の威力を把握することができるかもしれないけど、無縫君という強大な敵が目の前にいるのに検証なんてしている余裕はないよね? アルシーヴさんは基本的に魔法攻撃を得意としているようだけど、至近距離に近づかれてしまっている。となると、近距離魔法しかないけど……」
「理事長が想定していない威力で魔法が発動して理事長にも被害が出る可能性が高いということでござるな」
「そういうことね。自分を強化することだけが『天使の賽子』の使い方じゃない。こういう悪用の仕方もあるってことね。……まあ、無縫君じゃなければ使えない戦法なんだけど」
『天使の賽子』によって強化された「物理障壁」すら容易に砕いてみせた「震揺衝」の二撃目を生身で防げる筈も無く、アルシーヴの身体は抵抗一つできずに粉々に粉砕された。
◆ネタ解説・百四話
不死の大魔術師
リッチとは超常的な力により死してなお生前の人格と知性、全能力を維持するアンデッドを指す言葉。LICHは古い英単語で「死体」の意である。
今日のリッチのイメージは『D&D』によって生み出されたものであり、本作でもその系譜に属する。
エルダーとは「年上の」、「年長の」、「年上のほうの」、「古参の」、「先輩の」などを意味する英単語であり、エルダーリッチはリッチの上位種ということになる。
「不可視の天地雷原」
初出は自作『文学少年(変態さん)は世界最恐!? 〜明らかにハズレの【書誌学】、【異食】、にーとと意味不明な【魔術文化学概論】を押し付けられて異世界召喚された筈なのに気づいたら厄災扱いされていました〜』で魔王軍幹部の一人であるヴァルルス=ルナジェルマが使用する魔法として登場した。
衝撃を加えることで爆発する特殊な魔法の地雷と空中機雷を設置する魔法。詠唱も魔法の名称も全く同じ。
◆キャラクタープロフィール
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・アルシーヴ=ライブラリアン
性別、男。
年齢、八十歳。
種族、不死の大魔術師。
誕生日、二月四日。
血液型、AB型Rh+。
出生地、ルーグラン王国王都。
一人称、私。
好きなもの、書物、知識。
嫌いなもの、知ったかぶり。
座右の銘、「叡智は人を助ける」。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国魔王軍幹部、シェリダー区画の領主、シェリダー大書架の図書館長、ルキフグス=ロフォカレ学園理事長。
主格因子、無し。
「魔王軍幹部の一人でシェリダー区画の領主。不死の大魔術師の男。魔術書のコレクターとしても知られ、趣味が講じてジェリダー大書架という巨大な私設図書館を開くほど。シェリダー区画の住民達にとってはシェリダー大書架の図書館長としての印象の方が強いらしい。このシェリダー大書架の存在からシェリダー区画には多くの学者が集まっており、学問の街としても知られている。アルシーヴの試練はこのジェリダー大書架を舞台としたものとなっている」
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