無能が働いたら国が滅びました。なんでそんな事も分からないの? 増税、シリアルナンバーカード編
繰り返しになりますが、本作はフィクションです。
【sideレイチェル事務官】
(あぁんもう! 忙しすぎる!)
王城で書類の山に埋もれながら、書類を片付けていく私。それでも、書類は増えていきます。
というのも――。
「レイチェルさん、こちら、『シリアルナンバーカード』登録取り消しの申込書です! 先週よりさらに2割増えています」
「また!? いいわ、こっちに回しておいて」
「レイチェルさん。こちらが『アウトボイス制度』撤回を求める嘆願書です! 彼らはもう限界です!」
「っ! 分かったわ。もう一度、陛下に直訴します」
――昨年まではおとなしかったキッシー陛下が、急に様々な法案を制定し、公布したため色々な問題が起きているのです。
「クリス! 登録取り消しの申込書は全て受領して。受領の時に取り消し理由を集計しておいてね。ルーク! 貴方は嘆願書の精査を! 何が不満で撤回を求めているのか、纏めておいて! 他の皆は引き続き、『シリアルナンバーカード』の確認作業をお願い!!」
「「「分かりました!!!」」」
キッシー陛下が行った政策は大きく分けて2つ。『シリアルナンバーカードの普及、およびそれの有効活用』と『アウトボイス制度』の導入です。
『シリアルナンバーカード』は、国民一人一人にシリアルナンバーを割り振る事により、様々な恩恵を受けられるようにする制度。『アウトボイス制度』は、中小企業が商売をする際に、正しい税率を相手に伝えるための制度です。
これだけ聞くと、とても素晴らしい制度のように聞こえるかもしれません。かくいう私も、とても素晴らしい制度だと思ったからこそ、この制度に賛成し、王城で働く事にしたのです。
しかし、その実態はずさんなものでした。
「レイチェルさん、『シリアルナンバーカード』の登録取り消し理由についてまとめました。『シリアルナンバーの付与間違いが怖い』、『いざという時にちゃんと使えるか不安』などなど。まぁ、つまりは『このシステムが信用できないから』、です」
「やっぱり……まぁ、そうなるわよね」
『シリアルナンバーカード』ですが、稼働したばかりだというのに、すでに複数の障害が発生していました。そのせいで、国民から、『シリアルナンバーカード』の登録を取り消したいという声が上がっているのです。
「嘆願書の方もまとめたぜ。簡単に言えば、『急にそんな事言われても困る』だな」
「あぁ……それも、そうよねとしか言えないわ」
『アウトボイス制度』に至っては、もはや詐欺に近いです。『正しい税率を伝える制度』と言われていたのに、その実態は、中小企業を相手に、『今まで受けていた控除を撤廃する制度』、つまり、ただの『増税するための制度』だったのですから。
こんなめちゃくちゃな制度を強引に進めたしわ寄せは、国民と、現場の私達に来ています。
「分かったわ。ありがとう。午後の会議の資料は?」
「全てここに」
午後の会議は2つ。最初に、国王陛下派閥の、要するに身内の会議。そして、その後、貴族派閥の、いわゆる反国王派も含めた、全体の会議。どちらも、国王陛下が出席する重要な会議で、私は最初の会議に出席する予定です。そんな会議に、私なんかが出てもいいのかと思いますが、上司から出るように指示されているのだから仕方ありません。
「そう、ありがとう。それじゃ、会議までは私も確認作業を手伝うわ。クリスとルークもお願い」
「わかりました!」
「あいよ」
(それでも時間が足りない……今日もお昼ご飯食べる時間はないわね)
その後、午後の会議の時間まで、私達は『シリアルナンバーカード』の確認作業に追われるのでした。
そして午後の会議が始まります。
「それではこれより、会議を始めます。よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
結局、お昼ご飯を食べる暇はありませんでした。
「まずは、今期の財政についてです。財務大臣、お願いします」
「はい!」
議長に指名された財務大臣が、立ち上がって、キッシー陛下の方を向きました。
「陛下、今期の税収は過去最高を記録したことをご報告させて頂きます。また、平均賃金は3年ぶりに3%の増加。これも全て、キッシー陛下の政策のおかげでございます!」
「ふふふ。そうじゃろ、そうじゃろ。あっははは!」
誇らしげに報告する財務大臣に、その報告を気持ちよさそうに聞くキッシー陛下。この会話だけ聞けば、そのような気持ちになるのも分かります。ですが……。
(賃金は上がっているけど手取りは減ってる! それに、物価の上昇は3%どころじゃないのよ!? それでどうしてそんな顔が出来るの!)
実際、国民の暮らしはかなりカツカツです。それが、この方達は分かっていないのでしょう。
頭が痛くなりそうな私をよそに、会議は進みます。
「ですが……やはり防衛費を2倍にしようとすると、予算が足りません。陛下、ここは、さらなる税収の見直しが必要でございます」
(………………は?)
大臣の言葉に、私は耳を疑いました。この人は何を言っているのでしょう?
「ふむ。しかし、わしは『増税』はしないと国民に向けて発表しておる。それを覆すのは、いくらわしと言えど難しいぞ?」
「何をおっしゃいますか、陛下。『増税』の必要はありません。現在、課税対象としていない部分。つまり、控除について見直せばいいのです。これならば、税率を上げているわけではないので、『増税』にはなりません。要は、『アウトボイス制度』と同じことを、国民全員に行えばいいのです!」
「む! なるほど! それは名案じゃな!」
(いやいやいやいや!!!)
本気で頭が痛くなってきました。『税率は変えないのだから税金を増やしても増税じゃない』。どこにそんな言葉遊びで納得する国民がいるというのでしょうか。
「よし! その内容で素案をつくるのじゃ」
「はっ! 承知しました」
キッシー陛下の命を受けて、財務大臣は嬉しそうにお辞儀をします。
(え、本気!? 本気でそんなことするの!?)
反対の声をあげたいですが、とてもそんな事言いだせる雰囲気ではありません。そうこうする間に、会議は次の議題へと進んで行きます。
「続きまして、『シリアルナンバーカード』普及の件です。これにつきましては、コッヌー宰相お願いします」
「はい!」
議長に指名されて、『シリアルナンバーカード』普及の責任者である、私の上司でもあるコッヌー宰相が陛下に報告を始めます。
「『シリアルナンバーカード』普及について、問題が発生してしまった事をまず、謝罪致します。ですが、その問題の大半が、人的要因、つまり、ヒューマンエラーによるものであり、現行の運用に問題があるというわけではありません」
「ふむ。では予定通り、来年10月に『シリアルナンバーカード』を保険証の代わりにして、保健証は完全廃止にして問題ないという事でよいのだな?」
「はい、問題ありません」
(いえ、問題しかありません!!!)
もし私に発言の機会があったら、間違いなくそう言ったでしょう。そう言えれば、どれだけ良かったか。
「ふむ。不具合が生じている『シリアルナンバーカード』の確認については、どうなっている?」
「はっ! それについては、ここにいるレイチェルが対応しております。レイチェル、報告を」
「は、はい!」
思わず噛んでしまいましたが、気を落ち着かせて、私はキッシー陛下へ報告を始めます。
「『シリアルナンバーカード』の確認についてですが、職員7名の手を借りて進めております。ですが、いずれも人力での確認であり、これで完全に間違いが無くなったかは――」
「――っおっほん!!」
私の報告をコッヌー宰相が咳払いで止めます。
「レイチェル、君は対応の進捗状況のみ、答えればいいのだ。それのみを話しなさい」
コッヌー宰相はにこやかに私に言いましたが、私はその笑みに寒気を覚えます。
「…………『シリアルナンバーカード』確認の進捗率は、現在約4割ほどです。」
「ぅぅうん? おかしくないか? 予定では8割は終わっているはずだよな? そんなペースで来週までに確認し終わるのか?」
(だからそれは無理だと言ったでしょ!!)
コッヌー宰相から来週までに作業を終わらせるよう指示された時、私ははっきりと『無理です』と言いました。ですが、コッヌー宰相は『無理を無理と言う事など、誰にでも出来る! それを何とかするのが君の仕事だろ!? 無理なら徹夜でもなんでもして終わらせるんだよ!!!』と怒鳴り散らし、私の話を聞いて下さいませんでした。しかも、確認作業の他に、登録解除作業や、『アウトボイス制度』に対する嘆願書のとりまとめも、私達の作業に追加されてしまったのです。これでは、とてもではありませんが、来週までに終わらせることなど出来ません。
「申し訳ありません。ですが確認作業の他にも――」
「言い訳はいい。とにかく! 来週中に確認作業を終わらせるんだ! いいな!? 返事は『はい』しか認めん!!!」
「っ!! …………………………………………はい」
宰相であるコッヌー宰相に逆らう事は出来ず、結局私は、そう答えるしかありませんでした。
「というわけです、キッシー陛下。確認作業は、来週までに終わる見込みです」
「うむ! ………………議長、他に議題はあるかの?」
「ありません」
「よろしい! それでは、これで会議は終了とする」
そう言うと、キッシー陛下は会議室を後にしました。
「ほら! お前はのんびりしている暇はないだろ? とっとと作業に戻れよ!」
「っ! 失礼します」
コッヌー宰相に言われ、私は会議室を後にします。
(ふらふらする……そう言えばお昼どころか、朝ご飯も)
栄養ドリンクを飲んではいるがそれだけです。エネルギー不足でふらつく身体を、怒りを何とかエネルギーに変えて操り、私は、今も必死に確認作業をしている皆のもとに戻るのでした。
【sideキッシー陛下】
(ふぁぁ……退屈じゃのぉ)
先ほどの会議は、有意義であったし楽しかった。じゃが、こちらの会議は退屈でつまらない。
「――以上の事から、『シリアルナンバーカード』の運用は一時停止し、総点検を行うべきと考えますが、いかがでしょうか。陛下、お答えください!」
貴族派閥の者が、また、訳の分からない理屈で、わしの改革の邪魔をしようとしてくる。その点については、大丈夫じゃとコッヌーと話し合ったばかりだというのに。
とはいえ、言い方に気をつけないと、また無能な国民どもが騒ぎ始めてしまう。わしは官僚が用意した答弁書を参考にしながら、答えた。
「点検作業については、来週までに終了する見込みじゃ。これにより、国民は安心して『シリアルナンバーカード』を使えるものと考えておる。よって、運用の一時停止は必要ない!」
本当は『来週までに点検作業が終わるのに、なぜ今更運用を一時停止する必要がある? その程度の事すらわからんのか、間抜けが』と言いたいところじゃがの。わしの答えにぐうの音も出ないのか、質問者は悔しそうな顔をしておるわい。
「…………では、先ほど発表された『増税』についてお伺いします。陛下、なぜこのタイミングでこのような『増税』を検討されているのでしょうか? 現在、国民生活は非常に切迫しております。このタイミングでの『増税』は、さらなる少子化を招き、経済を破綻させる要因となりかねません。また、陛下は以前『増税はしない』とはっきりとおっしゃっておりました。なぜ国民との約束を破るような事をするのでしょうか。陛下、今からでも間に合います。『アウトボイス制度』並びに、新たに設定されようとしている『増税』。今すぐおやめください」
またしても馬鹿な質問が来たわ。国防の為に金が必要だという事がなぜわからんのか。
それに『国民生活は非常に切迫している』じゃと? 何を根拠にそんなことを言っておるのか。平均賃金はちゃんと上がっておるわ。夢の国など、入場料を上げても、毎日人が山のように来るではないか。夏祭りも盛況だったと聞くし、国民にはまだまだ余裕があるのじゃ。こやつ、社会がまるで見えてないようじゃ。
そしてわしがやるのは『増税』ではなく『不平等な控除の見直し』じゃて。約束は何も破ってはおらん。こやつは言葉にも疎いようじゃ。
仕方あるまい。わしが分からせてやるかのう。
「まず、わしが行っているのは、『増税』ではなく『不平等な控除の見直し』じゃ。ゆえに、国民との約束は守っておる。次に、おぬしは『国民生活は非常に切迫している』というが、平均賃金は上がっておる。景気は回復傾向にあるのじゃ。ならばこそ、今こそ国防の為に税収を見直すべき時であろうが。なぜそれが分からんのじゃ?」
「………………では、『アウトボイス制度』や新たな『増税』を止める気はない、と?」
「その通りじゃ。『増税』ではないがの」
くどい奴じゃ! 『増税』ではないと言うておるのに。
「陛下……どうかお考え直しを! 今は国防にお金を使っている場合ではないのです。どうか――」
「――時間となりましたので、会議は以上とさせて頂きます。皆様、お疲れさまでした」
お! やっと会議が終わったようじゃ。ん? あやつ、まだ何かわめいておるのか? 全く……時間位守れと言いたいが、わしゃもう知らん。
はぁ……やれやれ、無駄な時間だったわい。
5年後、経済が破綻し、余は最悪の国王と呼ばれるようになる事を、この時のわしは知る由もなかったのじゃ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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