表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

無能が働いたら国が滅びました

無能が働いたら国が滅びました。なんでそんな事も分からないの? 増税、シリアルナンバーカード編

作者: ノ木瀬 優

繰り返しになりますが、本作はフィクションです。

【sideレイチェル事務官】


(あぁんもう! 忙しすぎる!)


 王城で書類の山に埋もれながら、書類を片付けていく私。それでも、書類は増えていきます。


 というのも――。


「レイチェルさん、こちら、『シリアルナンバーカード』登録取り消しの申込書です! 先週よりさらに2割増えています」

「また!? いいわ、こっちに回しておいて」

「レイチェルさん。こちらが『アウトボイス制度』撤回を求める嘆願書です! 彼らはもう限界です!」

「っ! 分かったわ。もう一度、陛下に直訴します」


 ――昨年まではおとなしかったキッシー陛下が、急に様々な法案を制定し、公布したため色々な問題が起きているのです。


「クリス! 登録取り消しの申込書は全て受領して。受領の時に取り消し理由を集計しておいてね。ルーク! 貴方は嘆願書の精査を! 何が不満で撤回を求めているのか、纏めておいて! 他の皆は引き続き、『シリアルナンバーカード』の確認作業をお願い!!」

「「「分かりました!!!」」」


 キッシー陛下が行った政策は大きく分けて2つ。『シリアルナンバーカードの普及、およびそれの有効活用』と『アウトボイス制度』の導入です。


 『シリアルナンバーカード』は、国民一人一人にシリアルナンバーを割り振る事により、様々な恩恵を受けられるようにする制度。『アウトボイス制度』は、中小企業が商売をする際に、正しい税率を相手に伝えるための制度です。


 これだけ聞くと、とても素晴らしい制度のように聞こえるかもしれません。かくいう私も、とても素晴らしい制度だと思ったからこそ、この制度に賛成し、王城で働く事にしたのです。


 しかし、その実態はずさんなものでした。


「レイチェルさん、『シリアルナンバーカード』の登録取り消し理由についてまとめました。『シリアルナンバーの付与間違いが怖い』、『いざという時にちゃんと使えるか不安』などなど。まぁ、つまりは『このシステムが信用できないから』、です」

「やっぱり……まぁ、そうなるわよね」


 『シリアルナンバーカード』ですが、稼働したばかりだというのに、すでに複数の障害が発生していました。そのせいで、国民から、『シリアルナンバーカード』の登録を取り消したいという声が上がっているのです。


「嘆願書の方もまとめたぜ。簡単に言えば、『急にそんな事言われても困る』だな」

「あぁ……それも、そうよねとしか言えないわ」


 『アウトボイス制度』に至っては、もはや詐欺に近いです。『正しい税率を伝える制度』と言われていたのに、その実態は、中小企業を相手に、『今まで受けていた控除を撤廃する制度』、つまり、ただの『増税するための制度』だったのですから。


 こんなめちゃくちゃな制度を強引に進めたしわ寄せは、国民と、現場の私達に来ています。


「分かったわ。ありがとう。午後の会議の資料は?」

「全てここに」


 午後の会議は2つ。最初に、国王陛下派閥の、要するに身内の会議。そして、その後、貴族派閥の、いわゆる反国王派も含めた、全体の会議。どちらも、国王陛下が出席する重要な会議で、私は最初の会議に出席する予定です。そんな会議に、私なんかが出てもいいのかと思いますが、上司から出るように指示されているのだから仕方ありません。


「そう、ありがとう。それじゃ、会議までは私も確認作業を手伝うわ。クリスとルークもお願い」

「わかりました!」

「あいよ」


(それでも時間が足りない……今日()お昼ご飯食べる時間はないわね)


 その後、午後の会議の時間まで、私達は『シリアルナンバーカード』の確認作業に追われるのでした。






 そして午後の会議が始まります。


「それではこれより、会議を始めます。よろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします」」」


 結局、お昼ご飯を食べる暇はありませんでした。


「まずは、今期の財政についてです。財務大臣、お願いします」

「はい!」


 議長に指名された財務大臣が、立ち上がって、キッシー陛下の方を向きました。


「陛下、今期の税収は過去最高を記録したことをご報告させて頂きます。また、平均賃金は3年ぶりに3%の増加。これも全て、キッシー陛下の政策のおかげでございます!」

「ふふふ。そうじゃろ、そうじゃろ。あっははは!」

 

 誇らしげに報告する財務大臣に、その報告を気持ちよさそうに聞くキッシー陛下。この会話だけ聞けば、そのような気持ちになるのも分かります。ですが……。


(賃金は上がっているけど手取りは減ってる! それに、物価の上昇は3%どころじゃないのよ!? それでどうしてそんな顔が出来るの!)


 実際、国民の暮らしはかなりカツカツです。それが、この方達は分かっていないのでしょう。


 頭が痛くなりそうな私をよそに、会議は進みます。


「ですが……やはり防衛費を2倍にしようとすると、予算が足りません。陛下、ここは、さらなる税収の見直しが必要でございます」


(………………は?)


 大臣の言葉に、私は耳を疑いました。この人は何を言っているのでしょう?


「ふむ。しかし、わしは『増税』はしないと国民に向けて発表しておる。それを覆すのは、いくらわしと言えど難しいぞ?」

「何をおっしゃいますか、陛下。『増税』の必要はありません。現在、課税対象としていない部分。つまり、控除について見直せばいいのです。これならば、税率を上げているわけではないので、『増税』にはなりません。要は、『アウトボイス制度』と同じことを、国民全員に行えばいいのです!」

「む! なるほど! それは名案じゃな!」


(いやいやいやいや!!!)


 本気で頭が痛くなってきました。『税率は変えないのだから税金を増やしても増税じゃない』。どこにそんな言葉遊びで納得する国民がいるというのでしょうか。


「よし! その内容で素案をつくるのじゃ」

「はっ! 承知しました」


 キッシー陛下の命を受けて、財務大臣は嬉しそうにお辞儀をします。


(え、本気!? 本気でそんなことするの!?)


 反対の声をあげたいですが、とてもそんな事言いだせる雰囲気ではありません。そうこうする間に、会議は次の議題へと進んで行きます。


「続きまして、『シリアルナンバーカード』普及の件です。これにつきましては、コッヌー宰相お願いします」

「はい!」


 議長に指名されて、『シリアルナンバーカード』普及の責任者である、私の上司でもあるコッヌー宰相が陛下に報告を始めます。


「『シリアルナンバーカード』普及について、問題が発生してしまった事をまず、謝罪致します。ですが、その問題の大半が、人的要因、つまり、ヒューマンエラーによるものであり、現行の運用に問題があるというわけではありません」

「ふむ。では予定通り、来年10月に『シリアルナンバーカード』を保険証の代わりにして、保健証は完全廃止にして問題ないという事でよいのだな?」

「はい、問題ありません」


(いえ、問題しかありません!!!)


 もし私に発言の機会があったら、間違いなくそう言ったでしょう。そう言えれば、どれだけ良かったか。


「ふむ。不具合が生じている『シリアルナンバーカード』の確認については、どうなっている?」

「はっ! それについては、ここにいるレイチェルが対応しております。レイチェル、報告を」

「は、はい!」


 思わず噛んでしまいましたが、気を落ち着かせて、私はキッシー陛下へ報告を始めます。


「『シリアルナンバーカード』の確認についてですが、職員7名の手を借りて進めております。ですが、いずれも人力での確認であり、これで完全に間違いが無くなったかは――」

「――っおっほん!!」


 私の報告をコッヌー宰相が咳払いで止めます。


「レイチェル、君は対応の進捗状況のみ、答えればいいのだ。それのみを話しなさい」


 コッヌー宰相はにこやかに私に言いましたが、私はその笑みに寒気を覚えます。


「…………『シリアルナンバーカード』確認の進捗率は、現在約4割ほどです。」

「ぅぅうん? おかしくないか? 予定では8割は終わっているはずだよな? そんなペースで来週までに確認し終わるのか?」


(だからそれは無理だと言ったでしょ!!)


 コッヌー宰相から来週までに作業を終わらせるよう指示された時、私ははっきりと『無理です』と言いました。ですが、コッヌー宰相は『無理を無理と言う事など、誰にでも出来る! それを何とかするのが君の仕事だろ!? 無理なら徹夜でもなんでもして終わらせるんだよ!!!』と怒鳴り散らし、私の話を聞いて下さいませんでした。しかも、確認作業の他に、登録解除作業や、『アウトボイス制度』に対する嘆願書のとりまとめも、私達の作業に追加されてしまったのです。これでは、とてもではありませんが、来週までに終わらせることなど出来ません。


「申し訳ありません。ですが確認作業の他にも――」

「言い訳はいい。とにかく! 来週中に確認作業を終わらせるんだ! いいな!? 返事は『はい』しか認めん!!!」

「っ!! …………………………………………はい」


 宰相であるコッヌー宰相に逆らう事は出来ず、結局私は、そう答えるしかありませんでした。


「というわけです、キッシー陛下。確認作業は、来週までに終わる見込みです」

「うむ! ………………議長、他に議題はあるかの?」

「ありません」

「よろしい! それでは、これで会議は終了とする」


 そう言うと、キッシー陛下は会議室を後にしました。


「ほら! お前はのんびりしている暇はないだろ? とっとと作業に戻れよ!」

「っ! 失礼します」


 コッヌー宰相に言われ、私は会議室を後にします。


(ふらふらする……そう言えばお昼どころか、朝ご飯も)


 栄養ドリンクを飲んではいるがそれだけです。エネルギー不足でふらつく身体を、怒りを何とかエネルギーに変えて操り、私は、今も必死に確認作業をしている皆のもとに戻るのでした。




【sideキッシー陛下】


(ふぁぁ……退屈じゃのぉ)


 先ほどの会議は、有意義であったし楽しかった。じゃが、こちらの会議は退屈でつまらない。


「――以上の事から、『シリアルナンバーカード』の運用は一時停止し、総点検を行うべきと考えますが、いかがでしょうか。陛下、お答えください!」


 貴族派閥の者が、また、訳の分からない理屈で、わしの改革の邪魔をしようとしてくる。その点については、大丈夫じゃとコッヌーと話し合ったばかりだというのに。


 とはいえ、言い方に気をつけないと、また無能な国民どもが騒ぎ始めてしまう。わしは官僚が用意した答弁書を参考(・・)にしながら、答えた。


「点検作業については、来週までに終了する見込みじゃ。これにより、国民は安心して『シリアルナンバーカード』を使えるものと考えておる。よって、運用の一時停止は必要ない!」


 本当は『来週までに点検作業が終わるのに、なぜ今更運用を一時停止する必要がある? その程度の事すらわからんのか、間抜けが』と言いたいところじゃがの。わしの答えにぐうの音も出ないのか、質問者は悔しそうな顔をしておるわい。


「…………では、先ほど発表された『増税』についてお伺いします。陛下、なぜこのタイミングでこのような『増税』を検討されているのでしょうか? 現在、国民生活は非常に切迫しております。このタイミングでの『増税』は、さらなる少子化を招き、経済を破綻させる要因となりかねません。また、陛下は以前『増税はしない』とはっきりとおっしゃっておりました。なぜ国民との約束を破るような事をするのでしょうか。陛下、今からでも間に合います。『アウトボイス制度』並びに、新たに設定されようとしている『増税』。今すぐおやめください」


 またしても馬鹿な質問が来たわ。国防の為に金が必要だという事がなぜわからんのか。


 それに『国民生活は非常に切迫している』じゃと? 何を根拠にそんなことを言っておるのか。平均賃金はちゃんと上がっておるわ。夢の国など、入場料を上げても、毎日人が山のように来るではないか。夏祭りも盛況だったと聞くし、国民にはまだまだ余裕があるのじゃ。こやつ、社会がまるで見えてないようじゃ。


 そしてわしがやるのは『増税』ではなく『不平等な控除の見直し』じゃて。約束は何も破ってはおらん。こやつは言葉にも疎いようじゃ。


 仕方あるまい。わしが分からせてやるかのう。


「まず、わしが行っているのは、『増税』ではなく『不平等な控除の見直し』じゃ。ゆえに、国民との約束は守っておる。次に、おぬしは『国民生活は非常に切迫している』というが、平均賃金は上がっておる。景気は回復傾向にあるのじゃ。ならばこそ、今こそ国防の為に税収を見直すべき時であろうが。なぜそれが分からんのじゃ?」

「………………では、『アウトボイス制度』や新たな『増税』を止める気はない、と?」

「その通りじゃ。『増税』ではないがの」


 くどい奴じゃ! 『増税』ではないと言うておるのに。


「陛下……どうかお考え直しを! 今は国防にお金を使っている場合ではないのです。どうか――」

「――時間となりましたので、会議は以上とさせて頂きます。皆様、お疲れさまでした」


 お! やっと会議が終わったようじゃ。ん? あやつ、まだ何かわめいておるのか? 全く……時間位守れと言いたいが、わしゃもう知らん。


 はぁ……やれやれ、無駄な時間だったわい。






 5年後、経済が破綻し、余は最悪の国王と呼ばれるようになる事を、この時のわしは知る由もなかったのじゃ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ブックマーク、高評価、感想などを貰えると大きなモチベーションになりますので、応援よろしくお願いします!


また、本作についてご意見等ありましたら、ぜひ感想にてご意見下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 本当に今の政府は無能。全世界の政府というか税金を搾り取る国家体制がすべて消えることを願いたい
[一言] >どうも免税事業者の話でないように見えるのですが……。 私は最初から『増税』の話でしてますからね どんな職業を選ぶかは自分の選択で、確かに限られた選択肢の中から選んでるのかもしれませんが、…
[一言] ああ・・・仕入税額控除ですか 言いたいことがわかりますが・・・ 発注元が「仕入額控除が使える課税事業者を選ぶ」と・・・・・ 私の感覚では課税事業者を選んだ方が「控除されてるんだから『税金…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ