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「……待っていたよ。決断はもうついた?」


 自分の家なのに、部屋なのに。

まるで(いや)な蟲が蔓延ったように部屋の空気はすごく悪かった。

そんな真ん中で勉強机に背を向け、いかにもラスボスと言えそうな"僕"が足を組んで椅子に座っている。

偉そうに。

…なんて、そんなことも言えない。

だって相手は僕自身だから。


「決めたよ」


 たった一言。

それでも僕自身の気持ちを吐いたつもりだ。

ふぅん、と興味の無いような返事をされたけど、"僕"は右手にもたれかかっていた顔を上げて立ち上がった。


「それは…当然、ボクも受け入れられる内容だよね?」

「そのつもりで来たんだ」


 相手は自分自身の筈なのに、相手の目を見るだけで恐怖心が募る。

それは多分、殺されかけたからなんだろうな、と思う。

それでも僕は、負ける訳にはいかない。

次心が弱ってしまえばきっと僕と翼は消えてしまう。

僕が"僕"を説得するしかないんだ…。


「…僕は、僕が嫌いだ。昔の僕も、今の僕も…そして、目の前の僕も。…だけど、それでも僕は、諦められない。

 僕は、今を生きたい。死は選ばない。僕に正直で、僕に隠さず、しっかりと僕自身の気持ちを伝えられる人になりたい。

 そして、生けるとこまで生きて、僕として死にたい」

「……」


 後ろに立つ翼は黙って話を聞いてくれる。

目の前の"僕"は相変わらず視線が怖いけど、静かにしてくれているようだ。


「僕は…過去の僕を認めるよ。心の僕も認める。そして、過去を隠したい僕も認める。

 全部全部認めた上で、僕は…生きたい。

 僕は全ての僕を、好きにはならないと思う。それでも、共存して、過去を厭にならず、生きていたい。

 …それじゃ、だめかな…」


 あまりにも周りの僕が静かにしているので、段々と自信が無くなってくる。

しかし過去の僕は、翼は、静かに口を開いてくれた。


「……誰も満足するような人生は送れるとは思っていない。

 ただ、そういう目標があれば少しは頑張っていける。そんな程度で良いんだ。

 俺は、俺が生きた意味を、存在を認めてくれればそれで良い…。

 すぐにこの気持ちを理解してくれりゃ、俺達はあんな痛い思いをしなくて済んだ…。

 だけど、それは違うよな?俺が、俺達が傷つかなきゃ、いつまで経っても結果を出すことが出来なかったんだ…。

 俺は、これで良い。こいつがこの目標で頑張ってくれるなら、もう、良いんだ…」


 視線を向ければ翼が優しい表情をして、胸に手を当てている…。

僕はあの時、そういう表情を一度でもしただろうか?

あんなにも周囲から心を傷つけられて、それでも今、自分自身の事でそういう表情をする…。

それは、きっと凄いことなんだよね…?


「……。言いたいことは分かったよ。で、結局どうしてほしいの?」


 "僕"は再びイスに座り直す。

とても偉そうだけど、その姿はきっといつまでもこの結論を出さなかった僕達への『苛立ち』だ。


「身体を返してくれ……とは、言えない。だって、皆が僕で、僕が皆で、僕は、【成宮翼】だから。

 分裂してしまったものを一つにまとめるのは大変かもしれない。だから心はそのままでいようって、そう思うんだ。

 それでさ、お願いがあるんだ」

「お願い?」


 "僕"は嫌々しく顔を上げる。

翼は背後に居るけど、しっかりと視線を向けてくれている気がした。

これは全部僕自身だけど、皆で意思を揃えないといけないことだから。


「あのさ、心で…色々相談させてよ。僕は小心者で、物事をはっきり言えなくて、気付いても知らんぷりしてしまうような人間だから…相談して、これからの道を選ばせてよ。道を外したり、違うなって思ったことがあれば教えて欲しい」

「……分かったよ。じゃあ、次は無いからね」


 間違った結論は出していないだろうか。

妙に不安を感じた僕を他所に、"僕"は思いの他すんなりと了承をして立ち上がり、真っ直ぐに僕の元へと歩いてくる。

そして立ち止まることなく、そのまま僕を通り抜けていく。

すると心の中に"僕"がいる気がした。


「…俺は、もう消えていく記憶だ。勿論部分的に言えば、覚えていることは多いと思う。それでも、時が経てば少しずつ忘れていく。

 それでいい。俺は少しずつ、成宮翼から存在が消えていくんだろう。もし完全に忘れてしまったら…思い出すな。

 思い出すことなく、真っ直ぐ現実と未来だけを見てくれ。それだけだ。いいな?」


最期に翼は僕を睨んで、真っ直ぐに歩いてきた。

再びぶつかるように通り過ぎていって、ぽっかりと空いた心が綺麗に埋まった気がした。




***

 気付いたら眠っていた。

その日は一日お休みをして、僕はやりたいことやった。

今までのままじゃだめだ。

気持ちをしっかりと持つためにも少しだけ、見た目を変えよう。

そう思って、一日を費やした。


「おはよう、成宮君。…あれ?なんだか雰囲気違う。あ、髪切ったんだ!なんだかサッパリしたね?」


翌朝は何もない日常を繰り返していて、登校すると真っ先に水際さんに声をかけられた。

その表情は少し意外そうに驚いていて、僕も少し似た表情をしていたかもしれない。


「うん、最近ちょっと色々あったから、気持ちの整理っていうか…変じゃない?」

「全然、寧ろ似合ってると思うよ!優等生じゃなくて、今どきの学生だね」


水際さんはくすりと笑う。

今どきの学生、そうなのかな。

見た目じゃ分からないけど、僕は思ったことをそのまま言葉にしていこうと思う。

心に嫌われないように、とかそんなことは思わない。

ただ、そのままの自分を出していこうって決めたんだ。

こんな自分を気に入ってくれる人は居るだろうか。

もし居るなら、その人と居る未来が、楽しいものでありますように。

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