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僕の世界

 高校1年生、秋。

中学では小学校からの繰り上がりだったから、知っている人が一人もいない高校はすごく快適で、楽しい。

なんにも弄ってない、ただ切り揃えていただけの髪形が”優等生”ってあだ名を新たなクラスメイトに付けられたお陰か、知らない人だけの空気でありながら皆直ぐに僕を受け入れてくれた。

そんな高校生活は何の苦もなくて、だから入学してから気付けば5ヶ月が経っていた。

だからずっと安心してきっていたんだ。


「あ、成宮君ちょっと良い?」


 僕は突然、先生に呼ばれた。

場所は生徒指導室。

何か悪いことをしたという記憶は一切ない。


「えっと…なんですか?」

「成宮君、昨日の放課後…教室で何してたの?」

「え?」

水際(みぎわ)さんがね、昨日の放課後に成宮君が変なことを呟いてたって言ってたの。先生は聞いただけだからよく分からないけど、水際さんすごく怖がってたわよ?」


 昨日の放課後…?何かしたっけ?

うーん…何も覚えてない。

何とか思い出そうとするけど、カバンに荷物をまとめてさっさと帰った記憶しか思い当たらない。


「いえ…教室を出たのは最後でしたが、まっすぐ帰ったと思いますけど…」

「そうなの?うーん…じゃあ水際さんの見間違いかしら…。ごめんなさいね、ありがとう」

「はい、失礼します」


 先生はあまり深く気にしていないのか、僕に微笑みかけて体を机へ向けた。

僕はその背に一礼して、教室へ戻ることにした。

ああ、これがきっかけで変な噂が立ちそうな気がする。

そう思うと記憶の奥深くに沈めていた僕の過去が波を立て始めた。

気にしない、気にしない。

深くそう思うように何度も念じる。

そうでもしないと、今にもこの現実が崩れ去ってしまう。

そんな恐怖が僕にはあった。


「あ……成宮君…。大丈夫?」

「へ…?」


 意識に気が入ってあまり周りを見ずに歩いていたら、突然少女に話しかけられた。

あまりにも突然すぎる。

そのせいでこっちが気の抜けた返事をしてしまい、少しだけ恥ずかしい気持ちになる。


「大丈夫?成宮君」


 口から出た返事は確かに小さい声ではあるが、自分の声が聞き取れなかったと思ったのだろうか。

少女はもう一度僕に話しかける。


「あ…あぁ、うん。大丈夫だよ」


 彼女は…瀬戸(せと)さんだ。

同じクラスの女の子で、あまり目立たない内向的な子。

女の子らしい柔らかな髪を上半分だけ纏めた子だ。


「そう?…よかった。最近調子悪そうだから、心配してたの。…昨日は、守ってあげられなくて、ごめんね」


 瀬戸さんがよく喋る姿は珍しい。

瀬戸さんってこんなに喋るんだ…と思っていたけど、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「うん…ん?守って…?」


 どういう意味だろう。

 聞き返そうとしたら、目の前から、僕の周囲には瀬戸さんの姿はなかった。

一体何だったんだ?

そんな疑問が浮かんだ。


「ま、いっか…」


 そろそろ次の授業が始まる頃合いだろう。

僕は足早に教室へ向かった。

教室に入り、自分の席の前に立つとタイミングよくチャイムが鳴り響く。

僕は席に座って教科書とノートを取り出した。


「授業を始めるわよ」


 コツコツ、と靴の音を立てながら教師が教室に入り、授業が始まる。


「起立、礼、着席」


 学級委員長の声に合わせて、生徒皆が同じ動きをする。

教師は教科書に貼った付箋のページを開き、前回どこまでやったかの確認を始めた。

僕達生徒は先生が発する声に合わせながらノートと教科書を開く。


「じゃあ今日は右のページから始めるわよ」


 そう、一言告げると教師は教科書を読み上げながら黒板に文字を書き始めた。

白いチョークが黒板とぶつかり、独特の音を出していく。

そんな音を皮切りに、生徒も何かのスイッチが入ったかのように一斉にノートに書き写し始める。

黒板が次第に文字だらけになり、たまに赤いチョークや図形も入れて。

教師の言葉はもう授業に夢中になって、生徒は書くことに必死になっている。

僕もノートに写しているつもりだけど、次第に教師の言葉が変化しているように感じた。

ぐんにゃりぐわわと異質の声に変わっていく。

正確には僕の元に睡魔が舞い降りて、教師の言葉を呪文へと変化させている。

頭の中に教師の言葉、チョークが黒板を叩く音、運動場から聞こえる笛と生徒の声。

それら全てが混ざり合って、何がなんだか分からなくなって。

果てには視界が真っ暗になって……僕の意識は深くに沈んでいった。

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