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Opus.10 - No.4

 ――しかし、そんな彼女は今、ぐちゃぐちゃのミンチになって、地面にべったりと張り付いていた。彼女に心開かれた青年の、目の前で。


「………あぁ……あ……あ………」


 錐波の口からは、相変わらず吐息のような声しか出ない。兵士たちに体を押さえ付けられ、両腕を捻り上げられて、両手にある「真実の口」には、ものを喋れないよう布切れを押し込まれた。


(これで、終わり――なの?)


 錐波は、目の前に散らばる肉片に向かって問いかける。これで、君の自由になりたい野望は、本当に(つい)えてしまったのか? と。


 錐波の喉奥に、何か熱いものが込み上げた。


 その感覚は、過去にも一度体感したことのあるものだった。そう、錐波が惨劇を起こしてしまったあの日――己の内で堰き止められていた感情が一気に溢れ出してしまう、その前触れ。


 いけない、抑えなくてはと、体がとっさに反応する。


「――あん? 何だよ、アタシの前では恥ずかしくて見せられねぇってか?」


 と、その時、ふと錐波の脳内に、白霧の言葉が反芻(はんすう)した。


「――つまんねぇ野郎だな、お前も」


 この言葉を聞いた途端、錐波の胸がチクリと痛む。


 彼は恐れていた。こんな自分を唯一認めてくれた彼女すら、興味を失って見放してしまうのではないかと思って、怖くなった。怖くてたまらなくなった。


 そして、彼の中で生まれた恐怖は、彼の内に秘めた力を、さらに助長させてゆく。


「――遠慮はいらねぇ。内に溜まったその力、思いっきりブチまけろ。お前の本当の力、見せてやれ」


 そう、耳元で彼女がささやいたような気がした。




「……あ……ぁああぁああああっ!!」


 ――次の瞬間、錐波を押さえ付けていた兵士たちが、衝撃波に飲まれて吹き飛ばされた。


 錐波の渾身の叫びが、強大な音の波となって押し寄せ、周辺に居た兵士たちの鼓膜を容赦なく打ち破り、木の葉のように吹き飛ばす。その波動は、上空を飛ぶ武装ヘリさえも巻き込み、制御を失った一機が回転しながら急降下し、そのまま地面に激突し大爆発。激突した際に弾け飛んだローターブレードが、周辺に居た兵士たちの首をはね、肩より上の無い死体が暫くその辺をのたうち回っていた。


「うがぁああああああぁっ!!」


 そして、覚醒した錐波の隣で、叫びを上げる者がもう一人――


 目の色を変え、額に血管を浮き出し、般若の如く怒りを露わにした犬走が、押さえ付けていた兵士を跳ね除け、むくりと立ち上がっていた。


 一体彼女に何が起きたのか、体の表面からは白い蒸気がもくもくと立ち上り、腕や脚の筋肉が肌の内側で蠢いている。やがて、腕や脚の一部が縦に裂け、傷口から変形した骨が飛び出し、筋肉も肥大化してメリメリと音を立て、見る見るうちに巨大化してゆく。


 その光景は、「変身」と言うより「誕生」と言った方がしっくりきた。人間から怪物が誕生する一部始終。人間の皮を破り、それまで内に封じていた怪物が姿を現す。まるで子宮口から飛び出してくる赤ちゃんのように、生々しく、そして痛々しかったが、生まれ出た怪物は、この世の生を一身に受けたように元気で活発だった。


 かつて、人間だった頃の犬走の面影など微塵もない。そこに居たのは、全長八メートルを超える、巨大な獣。がっちりと鍛えられた肉体からは針のように鋭い毛が生え渡り、深紅に光る眼には怒りの炎を燃やし、血に飢えた口元には、ナイフのように鋭い牙がズラリと並ぶ。


 漆黒の毛皮で覆われた巨大な狼は、満月を抱えた夜の元、戦闘開始を告げる角笛の如く遠吠えを上げる。


 ――その声は、これまで(しいた)げられてきた者たちの、逆襲を告げる合図だった。

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