Opus.5 - No.16
「おっ、アタシの遊びに付き合ってくれるのか?」
「……か、勘違いしないでよ。ボクはただ、自分がそうしたいから――」
「わーってるって! ほれ、腹決めたんなら、さっさとここを出ようぜ」
そう言って、白霧は錐波の手を引っ張り、無理やり立ち上がらせる。
「あ、そうだ! 来禍っちも、もちろん一緒に来るだろ?」
そして今度は犬走の方へ振り返り、声をかける。人食い少女は、既に男の肉や臓器を全て平らげてしまい、仕上げに、綺麗に舐め取った骨を叩き割って、中の髄《髄を》をすすっていた。ここまで残さず綺麗に食べてくれたのなら、きっと男の魂も浮かばれたことだろう。
「あぁ? あうあうあ〜〜っ‼︎ がぅるるっ!」
犬走は、白霧の呼びかけに返事するように叫びを上げると、持っていた骨を投げ捨て、白霧の元に擦り寄ってきた。
「よっしゃ、決まりだな!」
「……え、この人食い犬まで連れてくの?」
「ったりめぇだろ! コイツも中々面白い力持ってるみたいだし、本人も付いてくる気満々だし、放っておけるかよ」
白霧はそう言って、今は骨だけになった男の遺品である衣服を漁り、ベルトに下がっていた拳銃を引き抜く。
そうして、彼女は足早に牢から出て行こうとした。――が、ふと何かを思い出したように、白霧は立ち止まる。
「あ、そうだ」
彼女は思い立ったように、床に落ちていた鍵束を拾い、他の能力者たちが閉じ込められている牢の錠も全て外してやった。
「ハラハラドキドキな命懸けの脱出ゲームに付き合いたい奴は出てきな。アタシらが連れてってやるぜ」
牢の中に囚われていた能力者たちに向かって、声高々と言い放つ白霧。しかし、他の者は、まだ薬が効いているのか、それとも逃げる気が無いのか、誰一人として、立ち上がろうとする者は居なかった。
「……ちぇっ、何だよつまんねーな。じゃあ勝手にしろっての」
白霧はバツが悪そうに舌打ちして踵を返すと、「ほら、行くぞ!」と錐波の腕をつかみ、廊下を駆け出した。
廊下を駆けながら、錐波は自らに問いかける。もう後戻りはできない。本当にこの選択で正しかったのか? と。
間違っているかもしれない。他の奴らのように、牢の中で震えながら縮こまっていた方が、賢明だったかもしれない。
第一、逃げるにしてもここが何処なのか分からないし、何処へ逃げれば良いかも分からない。おまけにここから先、軍隊並みの武装をした兵士の一団と殺り合うことを考えると、この時点でもう無理ゲー確定である。
――しかし、それでも不思議と、錐波の心の内に後悔の念は浮かんで来なかった。
腕を引かれながら、錐波は前を走る白霧の背中へ目を向ける。その溌剌とした後ろ姿に、負の感情など欠片も感じられない。どんなに絶望的な状況すら捻じ伏せ、無理くり好転させて突き進む。それくらいの気概に溢れていた。
(……そんな君が、負の感情の体現者であるボクを連れて、果たしてどこまでこの場を乗り切れるのか、ふふ……見ものだね)
まるで、何かを企むような目で白霧を見る錐波。猪突猛進な彼女が、自分を連れて行き着くところは、果たして希望か、それとも絶望か? 一体どんな結末が彼女を待ち受けているのか? 今の錐波には、少なからず興味があったのだ。
◯
――と、そこで錐波は、白霧を見ていてふとあることに気付く。
「あ、あのさ……」
「あぁ? どうかしたか?」
「その掛けてる眼鏡さ、良い加減外してくれないかな? 超ダサいし」
本来の体の持ち主であった毒嶋に言えなかったことを、今ここで打ち明ける。
「あ? これか? いやいやアタシに言うなよ! これを付けたのアタシじゃねぇし!」
「いや、その眼鏡付けた本人死んじゃったから、君に言っただけ」
「はぁ⁉︎ ひっでぇ! それただの当て付けじゃねぇかよ」
そう言って、白霧は掛けていた眼鏡を外し、床に叩き付けて靴底で踏み潰した。




