Opus.5 - No.14
「――お前を連れて逃げて、何が悪いんだよ?」
「………は?」
唐突に白霧の声がして、錐波はふと我に返る。
「お前を連れて逃げるって決めたのはアタシだ。別にお前が疫病神だったとしても関係ねぇ。ただアタシが好きだと思う奴を連れて逃げるって、それだけのことさ」
白霧は凛とした態度で、うずくまる錐波の方を見ていた。白霧の嘘偽りない瞳で射抜かれてしまった彼は、唐突に顔を赤くして目をそらす。
(好き? ……いまコイツ、ボクのことを好きって言った?)
「いやいや、有り得ないでしょ。何でボクなの? 頭おかしいんじゃないの?」
「いやいやいや、有り得なくないんですよこれが」
右手の口が放った言葉にかぶせるようにして、白霧が言い返す。
「少なくとも、アタシは真剣にそう思ってるぜ。……あと、あそこでがっついてる来禍っちもな」
そう言って白霧は、男の腹から引きずり出した腸にかぶり付いている犬走を親指で差し示す。犬走は自分の名前を呼ばれ、ソーセージのような腸をくわえたまま、こちらに血みどろの顔を向けた。が、呼ばれただけであることを悟ったのか、やがて彼女はまた食事に戻っていった。
クチャクチャと、ガムを嚙むような犬走の咀嚼音が牢の中にこだます中、錐波は混乱するように目をぱちくりさせ、震えた声で問いかける。
「……な、なな、何でボクのことが、その……好きなの?」
「ははぁ、さてはお前、女の子から告白されたと思って照れてんのか~? 本当に初な野郎だな~」
「そうじゃない!! どうしてボクみたいなロクデナシをわざわざ選んだのかって聞いてんだよ!」
白霧にからかわれて苛立ちを抑え切れなかった錐波は、思わず声を大にして叫んだ。そして、両手のひらを彼女の前に突き出し、それぞれの手に埋め込まれた二つの口を見せつける。
「ほら見ろよこれ、キモいだろ? これがボクの心の内を全て曝け出す『真実の口』さ。これがある限り、ボクはいつまでも不幸の呪縛から逃れられないんだ。……「口は災いの元」って言うだろ? まさにその通りでさ。この二つの口は、これまでボクに災いしか呼んで来なかった。この外見を気味悪がって、誰もボクに近寄ろうとしなかったし、ボクの声を聞いた奴はみんな不快な顔をして逃げていったよ。ボクの能力は周りに災いしかもたらさない。だからボクは、もう――」
「助からなくてもいいんだ」……自暴自棄になって、そう言いかけた時だった。
「何これスゲェ! どうなってんの⁉ 手に口が付いてやがるよコイツ!」
白霧は錐波の両手に埋め込まれた口を見て目を輝かせ、彼の両手をガッチリとつかんでまじまじと見つめていた。
「うわ、マジで手の奥が口になってる! ちゃんと歯まで揃ってるし、奥にちゃんと喉チ〇コまであるじゃねぇか! お前一体どんな体の構造してんだよ?」
「えっ……は? いや、あの、これは――」
白霧の予想外な反応に戸惑う錐波。普通なら誰もが気味悪がって逃げてしまうはずなのに、彼女は面白がって、左手の口に指まで突っ込み始める。喉奥に指を押し込まれ、左手の口は耐えられずにむせて咳き込んでしまった。
「うわ、咳したりとかもできるんだ! すげぇ、やっぱりコレ本物だ。……あ、そうだ! この中に石落としてみてもいい? あと、カエルも!」
「そっ、そんなの駄目に決まってんだろ! 何考えてんだよ! 頭イカれてんのかこの女⁉︎ 指噛み千切るぞ⁉︎」
たまらなくなった左手の口が声を上げ、白霧は慌てて手を引っ込めた。
「ええ~~いいじゃんかよ~、トカゲの尻尾とかでもいいからさ~~」
「だから駄目だって! この口、普通に味覚も分かるから! 胃の中に直結してて普通に腹壊すから!」
両手に付いた口に興味津々な白霧を、どうにか押し留めようとする錐波。カエルやトカゲの尻尾が自分の腹の中に入ると考えただけで、彼の背筋は凍り付いた。




