Opus.5 - No.13
「さぁ~てとっ! じゃあ仲間も増えたし、面白いのも見れたことだし――逃げるか!」
なついてくる犬走の頭をわしゃわしゃ搔きむしっていた白霧は、唐突にそう言い放って立ち上がった。
「逃げるって、どこへ?」
「そりゃお前、この地下牢の外に決まってんだろ」
「いや、無理でしょ。相手は武装集団だよ。今、君が乗り移っているブス眼鏡みたいに、撃ち殺されるのがオチさ。奴ら、ボクたち能力者を道具や玩具としてしか見ていないような連中なんだ」
「んなこと分かってるって! 見張りの奴ら、今も廊下の向こうで、元のアタシの体使ってヤりまくってるんだぜ。あんな腰振ることしか能の無い猿みたいな連中に、人権なんか通用するわけないだろ」
白霧はそう言って、錐波の前に手を差し出す。
「ほら、一緒にこっから逃げようぜ。もし死んだら死んだでその時! 死んだ時に考えりゃいいさ。外にはもっと楽しいことが待ってるかもしれねぇんだぞ! 」
ニッと歯をむき出して笑う白霧。そんな彼女の満面な笑顔を前にして、錐波は思わず目線を彼女から反らしてしまう。
「……嫌だよ。面倒臭いし、下手に奴らを怒らせたらまたさっきみたいに痛い目に遭うだけだし」
彼のマイナス思考は、さらにエスカレートしてゆく。一度負の感情が浮かんでしまえば、どん底まで止まることなく真っ逆さまに落ちてゆく。毎日と言って良いほど錐波の陥る思考パターンだった。
「……特にボクみたいなのは、例えどんな能力を持ってたところで、見た目がひ弱だから、きっとすぐ使い物にならないと判断されて切り捨てられるよ。別に他人に誇れるような能力を持っているわけでもないし、ここを突破するだけの力も持ち合わせてない。何もできない、周りに災いしか与えないような奴を連れて逃げたって、意味ないよね? ……ははっ、絶対そうだよね?」
話すうちに、錐波の瞳からスッと光が失われてゆく。
――彼は、過去に自分の能力で何を起こしてしまったのか、その軌跡を振り返っていた。
〇
思ったことを口に出してしまう両手の口。――これのおかげで、錐波は過去に一人も友達や仲間ができなかった。普通であれば大抵、誰でも相手と話す際は、話す言葉が脳に浮かぶと、相手の気持ちを損なわないよう、浮かんだ言葉にある程度フィルターをかけて、棘の無い言葉として口に出す。
しかし錐波の場合そうではなく、彼の両手にある口が、思ったこと・感じたことをストレートに言葉にしてしまうため、相手は傷付き、怒り悲しみ、すぐに彼のもとを離れてしまった。
「私の着ている服、どうかしら? 似合ってる?」
『うん、最高に幼稚で余計なものばかり付いてて、見るに耐えないくらい素敵だね。あとスカート丈を三センチ短くすれば、もっと男子にモテると思うよ』
「さっき、よっちゃんに何か言ったの? 泣きながら走っていったけど……」
『知らない、ボクには関係ないだろ。引っ込んでろよ牛乳メガネ』
「錐波! また近所の子を泣かせたんだって? その子の両親が学校に電話をかけてきたんだ。また何か酷いことを言ったんだろう? まったく、お前は何を考えているんだ! もっと相手に対して思いやりを持った言葉の使い方をせんかっ!」
『は? そんなことボクにできる訳ないだろクソジジイ。ボクにはどうしようもできないんだから、放っておいてくれよ。どうしてそう突っかかって来るんだよ? ウザいんだよ、目障りなんだよ、消えてくれよ――』
「なぁおい、引き籠ってないで出て来い! みんな怒ってんだぞ! 出てきてみんなの前で謝れよ!!」
『そんなこと知らない、僕はそんなこと言ってない』『いや、言った』『言ってないって』『いや、言ったよ、ボク自身の言葉でね』『うるさい、消えろ。今すぐ消えろ、どっか行け、失せろ、二度と来るな』『消えないよ』『どこにも行かないよ』『消える訳ないじゃん』
『だってボクは――』
『何故ならボクらは――』
『ボクはボク自身以外の何者でもないのだからね』
両手で耳を塞いでも駄目だった。その言葉を放つ口が両手のひらに付いているせいで、余計にその声がうるさく聞こえるだけだった。
彼はとうとう発狂した。その声は人間の視聴可能な音域を超え、超音波となって町中に大音量で響き渡った。その衝撃は凄まじく、町中の建物にはめられた窓ガラスが砕け散り、空を飛んでいた鳥たちは全て地に落ち、近所に住んでいた五百名を超える人間の、千枚もの鼓膜を瞬く間に突き破った。
『ほらね? これで分かったでしょ? ボクは、ボク自身の声から逃げられない』
『ボクの声は、周りに災いしかもたらさない』
そんなことしかできない能力なら、ボクは……ボクは………
〇
――こうして、錐波は完全に、自分の能力を己の内に封印してしまったのだった。




