Opus.5 - No.11
それからまた暫くして、廊下の方から足音が聞こえて来た。
また門番の奴らが、別の獲物を探しに来たのだろうか? 薬を打たれて弱った自分たちに対し、好き放題に殺したり犯したり……これでもSクラス級の能力を持っている者ばかりが集まっているというのに、随分と舐められたものだ。錐波は多少の苛立ちを感じながら、それでも黙って牢屋の壁の隅にうずくまる。
どうせ反抗したところで、あれだけの兵士を相手に勝てるはずがない。薬を打たれて弱っているのだから、余計に勝ち目はないだろう。奴らを下手に刺激すれば、また殴って蹴られて罵られるだけだ。そう思った錐波は、また不意に心の声を吐露しないよう、自分の殻の中に籠ろうとした。
「いや~、流石にあれだけの男にヤられたら、アタシの体もぶっ壊れるかもしれないな~。早めに抜け出しておいて正解だったわ、マジで」
しかし、兵士の放った言葉に、錐波は疑問を覚える。
(………アタシ?)
錐波は顔を上げて、牢の外へ目をやった。
廊下に立っていた兵士は、さっき錐波に何度も蹴りを食らわせた例の男だった。最初に見た時は、誘拐してきた自分たちの顔ぶれに不満しか見せていなかった彼だったが、何故か今は清々しい顔をして両腕を伸ばし、大きく伸びをしている。
「それにしてもあいつら、どんだけ性欲強いんだよ! アタシの体で五回もやってまだ飽きずに腰振ってたら、そのうち腰が抜けちまうんじゃねーのか? アタシなんか三回目くらいでもう飽きて、勝手に抜け出して来ちまったよ。暇な奴らなんだな~」
兵士の男はそんなことをブツブツ口走りながら、自分の手や腕、体に着けてる衣服や腰に下げたベルトに着けられている銃やこん棒をまじまじと見つめる。
錐波はその様子を遠くから見ていたが、明らかにこの兵士の男の挙動や発言がおかしい。さっき見た時と比べて、まるでケロリと性格が変わってしまったかのように、陽気なお調子者になってしまっている。
「それにしてもコイツ、こんなに腰にジャラジャラ色んなもん付けて、邪魔じゃないのか? 体も筋肉質だし、ゴツゴツしてて慣れないな~。この暑苦しい衣服と柄も、もっとどうにかできなかったのかよ? 見た感じダサいし、センスねぇし、アキバのコスプレでもこんな格好してるやつ見たことねぇよ」
自分の体を見回しながら、兵士の男は牢の奥に身を潜めていた錐波と目が合う。
「……………」
「?………おぅ、お前は確か――ってちょい待て、今鍵開けるわ」
兵士はぎこちない手つきで腰のポーチから鍵を探し、まるで家に呼んだ友達を家に入れる時のように、簡単に鍵を開けてしまう。
牢に入ってきた兵士は、錐波の前に立つと、ひょいとしゃがみ込んで、彼の顔を覗き込む。ついさっきまで、錐波に対し敵意剝き出しでひたすら蹴りまくっていた兵士が、突然こんなことをし始めるはずがない。
(多重人格者か、あるいはボクらと同じ精神異常者とか?……)
「多重人格者か、あるいはボクらと同じ精神異常者とか?」
錐波の右手が、思ったことをそのまま口にしてしまう。それを聞いた兵士は「あぁ? 多重人格だぁ?」と首を傾げていたが、彼が妙な目で自分を見ていることに気付き、「あぁそうか!」と声を上げ、ポンと手を叩く。
「違う違う! オレだよ! オレオレ! ほら、さっき兵士の野郎どもに連れて行かれた女の子! 体はこんなデカブツだけど、中身はか弱い女の子なんだぜ!」
オレオレ詐欺の典型文句で自己紹介してきたその兵士は、自分のことをさっき連れて行かれた女の子だと主張する。
なるほど、転移系の能力か――錐波は内心で納得する。
さっき兵士の男たちに連れて行かれた、クラスのヒロイン的な少女。あの子はどうやら、自分の肉体から他人の肉体へ乗り移る能力を持っていたらしい。……にしても、さっき連れて行かれた少女とはまた随分と性格が変わっているような気もするのだが……
そう思った錐波は、しつこく絡んでくる男に対して、意地悪も兼ねてわざと反論してみた。
「は? お前、頭おかしいんじゃないの?」
「いやいや本当なんだよ! 信じてくれよ~。……あっ! そうだ! 今からこの体を抜け出して、別の奴の体に乗り移るところを見せてやるよ!」
そう言って、男は牢の中を見渡し、さっきからずっと犬走がたかっている毒嶋の死体を見つける。
「ん? コイツ寝てんのか? それとも死んでんのか?」
「死んでる。さっき見張りに盾突いて頭を撃たれた」
「ふーん、まぁ、頭くらいなら大丈夫だろ。コイツに乗り移ってやるよ!」
「死体に乗り移る? そんなことできるの?」
「モチのロン! 生きて用が死んでようが、アタシにゃ関係ないことさ」
兵士の男はそう言うと、その場に胡坐をかいて座り込み、目を閉じた。まるで座禅する修行僧のような格好のまま、男はすぅと息を吸い、吐く。
――そして次の瞬間、男の喉がヒュウと鳴り、ぐいと頭を持ち上げると、男の口から白い靄が一気に噴き出した。
それはマジックのようで、口に何か煙の噴き出す仕掛けでもしてあるのだろうかと、最初錐波は疑った。しかし、噴き出した靄は、渦を巻いて一つに寄り集まり、地面の上を蛇のように流れて、倒れている毒嶋の死体へと伸びてゆく。いくらマジックであれ、こんなことまではできないだろう。
やがてその靄は毒嶋の死体の前までやって来ると、彼女の体を調べるように全身を取り巻き、それから顔の方に集まると、鼻の穴から一気に中に入り込んだ。まるで萎んだ風船に空気が入るようにして毒嶋の体は一気に膨らみ、パキパキと関節を鳴らしながら、操り人形のようにぎこちない動きで上半身を起こす。
そしてヒュウと息を吸い込み、彼女は再び目を開いた。
「――ほい! 乗り移り完了っ! やっぱ女はちゃんと女の子の体に入ってなきゃ、男だとオネエみたいで気持ち悪いよな~」
脳天に風穴を開けられ、とっくに瞳孔の開いた瞳をこちらに向けて、彼女はニッと笑う。その様子を傍で見ていた犬走も、死体が急に起き上がって流石に驚いたらしく、あんぐりと口を開けたまま呆然としてしまっていた。
「……君は一体、何なの?」
錐波がそう尋ねると、その少女は、脳天に空いた風穴から流れ出る血で服が汚れてしまうのもお構いなしに立ち上がり、二人の前で仁王立ちして見せた。
「ふふ~ん、我こそは、アビリティクラスSavageの中でも取り扱い要注意な問題児中の問題児! 『エクトプラズマ―』こと、白霧霊廻とはアタシのことだっ!」
――こうして、一度死んだはずの毒嶋梨花は、中身を白霧霊廻という少女に挿げ替えて、再び息を吹き返すことになったのだった。




