Opus.5 - No.10
やがて、廊下の方からまた足音が聞こえて来た。兵士の一人が、錐波たちの入れられた牢の前に立ち、冷たく言い放つ。
「おい女、さっきからウザいんだよ。赤ちゃんみたいにギャアギャア泣き喚きやがって。いい加減泣き止まねぇと、おしゃぶり代わりに俺のチ〇コをお前の口に突っ込むぞ」
毒嶋は泣きはらして真っ赤になった目元を上げ、兵士を見る。そして、兵士の腰に目を落とし、そこに吊り下げられていた拳銃を見た途端、まるで餌を見せられた犬のように、だらしなく四つん這いになって、尻を振って鉄格子の前までやって来た。
「……ねぇ、その腰に下げてるもの、頂戴よ」
「あ?」
兵士は「何言ってんだコイツ?」と、不思議そうに眉を歪める。
「アンタの腰に下げてるその拳銃よ。十五発ブチ込める、ベレッタ製の黒光りするそれの方が、アンタの頼りない竿よりもよっぽどイイわ。ねぇ頂戴よ」
まるで乞食のように、毒嶋は鉄格子から片腕を突っ込んで必死にそうせがんだ。すると、その様子を見ていた兵士はほくそ笑みながら、鉄格子の間に顔をねじ込もうとする毒嶋に向かって問いかけた。
「お~やおやぁ、このウザい眼鏡赤ちゃんはピストルがほちいんでちゅか~? ピストルなんか持って何をするつもりなんでちゅか~?」
おどけた赤ちゃん言葉で訪ねてくる兵士を前に、毒嶋は精一杯の笑顔を顔に浮かべながら、答える。
「アンタを撃ちたいの。アンタと、アンタの仲間たち全員。脳天に一発、ズドンと。……ねぇいいでしょ? 私、アンタの持ってるその銃がないと、本当の私を出せないの。アンタたちのイキヨガッてる顔を見てみたいのよ。ねぇいいでしょ? おねが~い!」
「あらあら、そんなにこれがほちいんでちゅか~? しょうがないでちゅね~」
兵士はそう言って、腰に下げたホルスターから拳銃を引き抜く。
「――そんなに欲しいなら、くれてやるよ」
「えっ?――」
ズドン!
飛び散った血がコンクリの床を赤く濡らし、錐波の足元にまで飛んだ。毒嶋の体は、一瞬何かを感じたようにピクリと跳ね、それから少しの間、夢見心地を味わうように膝を突いたままゆらゆらと体を左右に揺らした。
その一瞬、毒嶋はその目に何を見たのだろうと、錐波は少し気になったが、彼が興味を持つより先に、彼女は仰向けに倒れていた。
毒嶋の眉間には、大きな穴が穿たれていた。頭の周囲に血の池が広がってゆく。
「……ちっ、くそアマが」
兵士はそう言い残して、再び廊下の奥へと姿を消した。
牢の中には錐波と犬走だけが残された。犬走の方は早速、毒嶋の血で汚れてしまった床を掃除しようと、這いつくばって床をペロペロと舐め始めている。
てっきり、誘拐した能力者は、その力を組織に利用するまでは処分されないものだと思っていたが、案外その辺の管理は適当であるようだ。
「要するに、ボクも何時ああなるか分からないってこと」
錐波の左手がそう言った。
仰向けに倒れた毒嶋の顔が、錐波の方を向いていた。表情は精一杯に浮かべた笑顔のまま、光を失った虚ろな目だけが、壁の隅で縮こまる錐波の姿を映している。
「……結局、ボクの能力のこと、ブス眼鏡に話せなかったな」
錐波の右手がそう言った。
毒嶋の頭から流れる血を、隣で舐め取っていた犬走の顔が当たって、毒嶋の目元から眼鏡がズレた。その様子を見ていた錐波は、少し驚いたような顔をして、それから、正直に思ったことをつぶやいた。左手でも右手の口でもなく、きちんと自分の口から、はっきりと声に出して。
「なんだ、眼鏡無い方がよっぽど可愛いじゃん。格好付けて伊達眼鏡なんか付けたりするからだよクソが」




