大魔道士の弟子~時間停止魔法が禁呪のワケ
北海道が悪天候で交通網がマヒしているので書きました。
うららかな昼下がり。
大魔道士ハリエルの塔(空間魔法で内部を拡張しているので外観は小さな家でしかない)の居住区画には、今日も子どものキンキン声が響き渡る(空間魔法のせいで音が外部に逃げないため反響がすごいのだ)。
「ねー師匠、どうして時間停止魔法を教えてくれないのさ!」
「アレは禁呪だからダメだと言っておるじゃろう。だいたい使い道がないわい」
ロッキングチェアに腰掛ける豪奢なローブ姿の老人は大魔道士ハリエル。
そのひざの上にまたがって胸ぐらをゆさゆさと揺さぶる作業着姿の子どもは弟子のアル。
「使い道あるよー! 時間止めれば女の子にエッチなことやり放題じゃん♪」
「お前は本当にスケベじゃのぅ。それほどおなごの身体に興味津々なら自分のをいじくればよかろう、アルシエル? 一応はお前も女なんじゃから」
「こんなちっぱい胸じゃ揉んでも嬉しくないんだよー! もっとたわわなのがいいの!」
アルことアルシエルは大の女好きであった。百合属性とも言う。
そしておっぱい星人だった。
だが現在のアルは10歳をわずかに過ぎたばかり。
そのボディラインはボンキュッボンからほど遠いスッポコッスッの幼児体型である。
「やれやれ。あと5年もしたら育つじゃろ? それまで待つがよい」
「やだー! 今すぐ揉みたいの! だから時間停止魔法知りたいのー!」
大賢者の塔には世界のあらゆる叡智と知識が集められている。
当然ながら、世界のあらゆるエッチな痴識だって集められている。
青少年保護育成条例なんてものがないこの魔道国バルキサスでは、時間停止モノのエッチな動画が収録された記録クリスタルを子どもが観てしまっても罪には問われないのだ。
時間停止モノはロマンである。
たとえ時間が停止しているはずの女優の脚が微妙に動いていようと。
たとえ時間が停止しているはずの空間の背後で犬が歩いていようと。
大人は言うのだ。「時間停止モノの9割はインチキ」と。
残り1割の夢を捨てきれずに。
その熱に幼い子どもが感化されたからとて、誰が責められようか?
「やれやれ。この様子では勝手に禁書庫を開けて盗み読みしかねないのお。アレは本当に全く使い道のない…と言うより使えない呪文なんじゃよ」
「どういうことなの?」
アルの頭の上にはガラスで出来た(ように見える)「?」の文字が浮かんでいる。
彼女の固有魔術、<プリズムリリック>の効果だ。
この魔術を持って生まれてしまったからこそアルは大魔術師の塔に預けられた。
生来の固有魔術が完璧に制御できるまで、彼女は塔を出ることが許されていない。
今の「?」にしても無意識の魔術漏出であり、広い意味では魔法を暴走させているのだから。
「そうさのう。理由はいくつもあるが…まずはお前の興味が向いているところから説明するとしよう。お前は時間を止めて、おなごの乳を揉みたいんじゃな?」
「うん!」
満面の笑みでアルが元気に答える。
その様子にほっこりしつつも、ハリエルは諭すように言葉を紡いだ。
「しかしじゃ。時間を止めると物体から弾性が失われる。押されたモノが反発して元に戻るには時間経過が必要じゃからな。つまり時間を止めてしまうと、指で押された胸はそのまま戻らないんじゃ。ふかふか感は失われ、ただ粘土をこねているような感触になるぞい」
「えー…それじゃ揉んでも嬉しくないよぉ」
「さらに言えば、時間が止まっている物体を変形させること自体が不可能じゃ。時間が止まっているんじゃからその空間座標に固定されたままになるはずじゃよ。つまりは石像と変わらん」
アルの頭の上に、今度は<ガーン!>の文字が浮かぶ。
「ううっ…そ、それでもパンツを見たりすることはできるよね! それだけでも…」
「それも無理じゃ。モノを見るというのは光を受け取ることに等しい。光が物体に当たって吸収されずに反射した波長の光や、物体そのものが放つ光を目が受け取っているんじゃが…時間の止まった空間では光そのものが移動できんから当然何も見えぬ。あえて言うなら時間の止まった部分は全き闇になり、その手前の空間で光が全反射されて鏡のようになるじゃろう」
「ふぇぇ…」
ぐったりとうなだれるアルの目には涙さえ浮かんでいる。
見果てぬ夢よ、さようなら。
「これで時間停止魔法ではおぬしの欲望が叶えられんことがわかったな? さらに、この魔法を絶対に使えない理由がもう一つあるんじゃ」
「もう一つ?」
「うむ。時間停止したものは空間に固定される。ところがのぉ。わしらのいる大地そのものは、止まっているように見えて実は動いているんじゃよ。コマのように回転しながら太陽の周りをも回り、そして太陽ごと虚空の果てに向けて動いておる。ゆえに…」
「ゆえに?」
「時間を止めた瞬間、そのものは猛烈な勢いで近隣の地形に激突するか、虚空に吹き飛ぶじゃろう。最悪の場合、地の底に向かって落ちていくことになる」
「へ? なんでそれが最悪なの?」
「時間を止めた対象は絶対に壊れぬ。ゆえにそれは<弾丸>のように地面に潜り、そして硬質な岩盤より成るプレート層に激突する。プレートは<弾丸>に押されて掘削されながら限界までたわむじゃろう。そしていずれ耐えきれなくなり<弾丸>に貫通されるかプレート自体が砕けるかしてたわみが元に戻ろうとする。そこで起きるのは空前絶後の大地震じゃ。壊滅的な被害がでるじゃろうな。<弾丸>の大きさによってはこの大地そのものが砕ける」
「あわわわわ…」
「その危険を避けるためにはこの世界全ての時間を止めるしかない。それには文字通り、無限の魔力が必要じゃな。そして自分自身も止まってしまい、そこで世界が終わるかあるいは知覚できない刹那の間に全ての魔力を使い尽くして死に絶えるかじゃ」
「ダメじゃん!」
「だから言ったじゃろ。時間停止魔法は使い道がないんじゃよ」
「うきゅううう……」
心折れた様子のアルを観て、大魔道士ハリエルは思う。
別に時間停止魔法がなくても、魅了魔法や催眠魔法で女を自由にすることはできるのだと。
精神系統魔術の悪用は犯罪行為とされているが、バレなければ罪には問われないのだと。
だが、それを教えるのは法律以前に人としてアウトであることも理解していた。