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聖女

「なお、教皇」

 この場にいたもう一人の権威者に王子の怒気が向く。

「神に愛された聖女を蔑ろにしたその罪、償ってもらうぞ」

「なにを馬鹿なことを」

 宗教という権威を着てる教皇は、第一王子の突き刺す視線や意思をものともしない。

「これは国と教会の結びつきを…………」

「それを潰した愚か者が何をほざく。

 口を慎め。

 よこにぶくぶく太るほど肥え太った愚物が」

「なんだと!」

 事実を持ち出された教皇が怒鳴る。

「贅沢におぼれず、謙虚に生きろと教え説きながらその体型。

 教皇であるおまえがもっとも信心から外れているわ」

「無礼な!」

 教皇は更に激怒する。

 しかし第一王子はひるまない。

 むしろ、更に闘志を燃え立たせている。

 周囲を凍死ささせるほどの冷気を放ちながら。



「神の愛を受けた聖女。

 それを道具にして神が怒らないとでも思ったか?」

「私は神の代行者だ。

 そんな私に……」

「代行者は聖女だ。

 あるいは聖者だ。

 教皇、おまえではない」

「貴様!」

 怒号を発する教皇。

 だが、第一王子の言うとおりである。



 教皇や教会は神の信徒ではない。

 神を崇拝している者達の集いではあってもだ。

 神に選ばれた者達ではない。

 彼らは神に選ばれたり愛された聖者(女だったら聖女)の教えを受け継いでいる。

 その教えに則って活動している。

 その為、間接的に神の教えや御心に従ってはいるだろう。

 だが、正真正銘の神の信徒ではない。



 むしろ教会は、利権に走った利益団体である。

 かつての聖者達の教えを利用した。

 いってみれば神を騙ったペテン師である。

 聖者達によって伝えられた神の教えをねじ曲げて運用している。

 聖者を看板に利益をむさぼっている。

 そんな連中の巣窟が教会である。



「そんな者達に神が力をもたらすわけがない」

「黙れ、この背教者が」

「自己紹介ご苦労だな、背教者」

「なんだと!」

「神の恩寵たる奇跡を使えない輩が何をほざく」

 事実である。

 神に愛されてる、神の代行者である聖者。

 そうであるならば、神の力の一端を使える。

 貸し与えられる。

 だが、教会の者達にそれらを使う者はいない。

 むしろ、教会から聖者が出たためしがない。

 どれほど信心厚かろうとだ。



「よく言われてるだろ。

 聖者は教会から生まれない。

 教会に入る前か、教会から抜け出てなるものだと」

「誰がそんなことを!」

「誰もが言ってるぞ」

 これも事実である。

 神の僕を自称する教会から聖者が出た事は無い。

 神は教会に何一つ協力しない。



 それが証拠に、聖者になる者は教会の信者以外である。

 また、教会に愛想を尽かして出奔した者がなる。

 特に教会のやり方や運営方針などを否定した者。

 そういった者が選ばれる。

 また、形ばかりとはいえ、現在にも伝えられる聖者の教え。

 教会でねじ曲げられたそれを、本来あるべき形に解読した者達。

 更にその教えを守り、よりよい生き方をした者達。

 そういった者達が神の奇跡を使えるようになる。



「今回の聖女だって、教会の信者じゃない。

 それをおまえら教会が勝手に誘拐しただけだ」

「誰が誘拐なぞ!」

「強制連行といった方がいいか?

 拉致でもいいぞ」

「言いがかりだ」

「────などと言ってるが聖女さん。

 実際どうなの?」

 と、ここで今まで話の外にいた聖女に話がふられる。

 振り返った第一王子の目を見て、聖女は口を開く。



「当たり前じゃない。

 いきなりやってきて、何の説明もなくさらわれたのよ」

「やっぱり」

 その時の事を聞き及んでいた第一王子はため息を吐く。

「おかげで神様はかんかんらしいな」

「ええ、そうみたいですね。

 今までの事もあったみたいだし」

 聖女はざっくばらんな口調で考えを述べる。

 それを聞いて居並ぶ者達は目を丸くする。

 彼らが思い描く聖女とはかけ離れた態度だからだ。



 貴族達は聖女がもっとおしとやかで可憐な調子でいると思っていた。

 だが、それこそ勝手な思い込みである。

 聖者にしろ聖女にしろ、生まれ育ちでなるものではない。

 神がこれはと見込んだ者がなる。



 礼儀作法などを身につけていなくてもかまわない。

 学問をおさめてなくてもかまわない。

 武術や魔術が使えなくてもかまわない。

 ただ、人が平穏に暮らしていけるよう願う。

 そして自分自身すらも決して蔑ろにしない。

 そんな者が選ばれるのだ。



 今回の聖女も、そうした面から選ばれている。

 だから街道沿いにある宿場町の娘が神に選ばれたのだ。



 食事処の看板娘として接客に励み、やってくる客に笑顔を。

 今日と明日が平穏であるよう願い。

 他人の喜びを共に喜び。

 他人の悲しみを共に悲しみ。

 己のやるべき事に専念し。

 手の届かない所は他の者と協力し。

 それでもどうにもならない部分は神に祈り。

 自分の限界を知り、その限界の範囲で努力し。

 それを超える事態には謙虚に全てを受け入れて。

 それでいながら明日がよりよき日であるよう願う。

 真摯にそのような日々を過ごしていた娘である。

 だから神はその思いや願いに応えた。

 ただそれだけである。



「別に教会でなくていいのだ、そういう事をやってれば。

 しかし教会はそれを怠り、無為に日々を過ごしている。

 そのような者達に神が手を差し伸べるわけがない」

 当たり前といえば当たり前である。

「また、神が認めた者を自分の都合に利用しようとしたのだ。

 神が怒りを抱かないわけがない」

「だが、教会は奉仕活動に専念している!」

「教皇である貴様と教会がやってるのは、寄進を名目にした金集めだろうが」

 自発的な寄付という名目で、事実上強制徴用をしているのが教会だ。

 その財力は有力貴族や巨大商会などに匹敵する。

 下手すれば王家や国家予算に迫る勢いだ。

「神の僕ではなく、金の亡者だろ」

 心ある者達は誰もがそう言っている。

 その言葉を第一王子は、玉座の間で教皇に伝えてあげた。



「あ、そうそう」

 第一王子の言葉に続いて聖女が告げる。

「神様が『こいつらどうする?』って聞いてきたから、『やっちゃってください』って伝えておいたから」

「……なに?」

「……はい?」

 国王・教皇、共に呆けた顔をする。



「だから、どんなやり方でもいいから、この連中を叩きのめしてって。

 今までの聖者さんとかは、反省を待ちましょうとか言ってたらしいけど。

 あたい、そんな悠長な事するつもりないから」

 両手を腰に当てて、ふんと鼻息を荒くする聖女。



 その素振りは慎ましやかな清楚さとは縁遠い。

 最も近い言葉を当てはめるなら、肝っ玉おっ母だろう。



 もっとも聖女はまだ15歳で成人年齢になったばかり。

 勝ち気な印象の美人ではあるが、まだおっ母という年齢ではない。

 ついでにいえば、胴回りにもまだ貫禄は出ていない。

 ただし、腰の細さに対して【上半身の一部】と【下半身の一部】が人目を引くほどに盛り上がってる。

 自然と野郎どもの目を引くくらいには。



 その聖女の言葉に、この場にいる第一王子以外の者達が真っ青になる。

「おい、本当か」

「嘘だろ」

「まさか……」

 誰も彼もがそうつぶやく。

 これまでなかった神罰。

 それがついに下るという。

 誰もが真っ青になった。

 伝承に残る神の力を知る者達は。



 何せ、空を割り、地を砕き、海を揺さぶるというほどだ。

 その力が降り注いだらどうなるか。

 考えるだに恐ろしい。

「今までの聖者さんは軟弱だったからそこまでしなかったみたいだけどね」

 震える連中に聖女は宣告する。



「あたいはそんなヤワじゃない。

 駄目な奴にはお仕置きが必要なんだよ。

 それを躊躇ったら、もっとひどいことになる。

 だから、遠慮しないよ」

 子供達の年長として、近所の子供の面倒を見てきた経験。

 看板娘として街道を行き交う荒くれを相手にしてきた体験。

 それらから彼女は嫌と言うほど思い知ってきた。



「口で反省したって奴ほど信用ならないからね。

 痛い目を見るんだね」

 そうでもしないと何もあらたまらないという事を。

 もっとも、

「まあ、馬鹿は死んでもなおらないけど」

 悲しいそんな事実も知っている。



 そんな聖女の発言に肩をすくめながらも、

「そういう事です」

 第一王子はそう締めくくる。

「神の怒り、神の鉄槌はいずれ下されるでしょう。

 どういう形になるか分かりませんが」

「何を悠長に!」

「どうにかならんのか!」

 国王と教皇が慌てた声を出す。

 それはそうだろう、神の鉄槌なるものの標的になってるのだから。



「なるわけないでしょ」

 聖女はあっけらかんと答える。

「死んだら地獄行きが決定してるから。

 その前に、この世で地獄を見てもらうけど」

 国王と教皇が蒼白を通り越して、虚脱の表情になる。

 あまりの事に思考を放棄してしまったようだ。

 逃避というのは苦痛を忘れるにはちょうど良い。

 嫌でも現実に向き合うまでは、幸せでいられる。



「でも、その前に」

 第一王子が追い打ちをかける。

「神の鉄槌が下るまえに人が行動を始めておりますゆえ」

「…………は?」 

「…………え?」

 国王と教皇コンビ、一瞬だけ現実に戻る。

 だが、第一王子の言ってることを正確に理解出来てない。

「どういうことだ?」

「簡単ですよ」

 親切にも第一王子は、まだ事情を飲み込めてないこの場の者達に説明をしてあげていく。



「神による裁きの前に、人が裁きを下しに来るんです。

 神の標的にならないように」

 神の怒りは国全体に及んでいる。

 主犯は国王や貴族、教会などである。

 だが、事を黙って見ていた者達も同罪とみなしている。

 その為、事の解決に尽力した一部の者以外は誰も等しく神の罰を受ける事になる。



「もっとも、少しは情状酌量の余地もありますので。

 自分の手で元凶を処理したら罪を軽減するという事になってます」

 その中には、事を起こした人物の処分も含まれる。

 その上で、正しき教えを伝え、間違った物事をあるべき姿に復元する事も含まれる。

 その両方をなして、少なくとも尽力してはじめて罪が許される。

「その第一弾です。

 まずは人から処理が始まっていくんですよ」



 第一王子のと聖女の言葉通り。

 人々は次々に近くの教会を襲撃していく。

 間違った教えに則り、正道から外れた日々を過ごしてきた者達に。

 また、各地の役所なども同じように襲撃されていく。

 そこにも道を違えて聖女の誘拐に協力した者達がいる。

 そんな教会の利権にあずかっていた者達。

 商会や工房なども例外ではない。

 今回の聖女誘拐とは関係がなくても、教会にこれまで貢献してきた部分。

 それらを元に糾弾・断罪されていく。



 全ては神の指示による。

 まだ罪の軽い者達に神は自分の声を届けた。

 世を乱す者達をその手で断罪せよと。

 でなければ、天罰を下すとも。

 それを聞いて多くの者達は動き出した。

 顔を蒼白にしながら。



 そういった罪の軽い者は王城や教会、役所に商会・工房の中にもいる。

 それらは内通者として外からやってくる者達に協力していく。

 あるいは自らの手で問題のある者の始末をつけていく。

 それは教会の中枢である教皇庁でも。

 国王の王城でも。

 あらゆるところで人による処分粛正が始まっている。



「ここもいずれその手が迫るでしょう」

「あ、来たみたいだよ」

 第一王子の声に聖女が補足を入れる。

「意外と早いな」

「みんな必死なんだろうね」

 生きるか死ぬか、国や自分の生活空間が破壊されるかどうかの瀬戸際だ。

 誰だって本気になろうというもの。

 もっとも第一王子は、

「まあ、あいつも必死だろうしなあ」

 別の理由も思い浮かべている。

「当代の聖者は、大人しい割にこういう時には行動的だ」

 聖女とは別に存在するこの時代の聖者。

 よく見知ったその顔と人となりを思い出して笑みを浮かべる。

 聖女の方を見ながら。

「本当に大事なんだな」

「ちょっと、やめてよ!

 変な顔するな」



 そう言われてる当事者は、その後すぐにやってきた。

 玉座の間の扉を吹き飛ばして。

 文字通り粉みじんになった扉。

 分厚い木で出来たそれは、敵が攻め込んできた時に最後の守りになるはずであった。

 それが瞬時に塵にかえる。

 そうしてやってきたのは、目つきを鋭くした青年だった。

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