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婚約者

「それだけではない」

 続く第一王子の声。

 まだあるのか、と誰もがうんざりした。

 しかし、第一王子はそんな周囲の雰囲気など気にしない。

「我が婚約者を引き剥がした。

 これはこの私の気持ちを踏みにじっている!」

「な?!」

 国王、思わず声が出た。



「今、なんと言った?」

「私の気持ちを踏みにじってる……そう申し上げた」

「それは、つまり……」

「ええ、婚約者であった伯爵令嬢。

 その婚約を解消して、聖女と結びつけた。

 それが私の気持ちを踏みにじってるのだ」

 それを聞いて国王は顔を蒼白にしていく。



 この伯爵令嬢とは、もともと第一王子との婚約者だった。

 幼少の頃よりの取り決めである。

 それもまた多分に政略的な事ではあった。

 だが、子供の頃より接してきた事もあり、仲が悪いという事はなかった。

 恋愛感情と言うよりは、友情に近いものであったが。

 しかし、決して仲が悪いという事は無い。

 むしろ、他の誰よりも仲が良かった。



 そんな伯爵令嬢との婚約。

 当然ながらそれは解消されている。

 聖女との婚約を決めたからだ。

「そのような所業に、私が怒りをおぼえぬと思ったか?」

 第一王子、烈火のような怒声が寒氷の冷たさに変わっていく。

 それが第一王子が激怒してる時であると、この場の誰もが知っている。



「先にも申し上げた」

 冷たく凍てついた玉座の間。

 第一王子の声だけが冷風にように吹きすさぶ。

「心を踏みにじれば怒りと反感を買う。

 それは後の問題となる。

 禍根を残す。

 市井だけではない。

 この王城においてもだ」

「待て、待て!」

「なにか、国王陛下?」

「おまえは…………この国を割るというのか?」

「もちろんです」

 懸念を口にする国王に、第一王子ははっきりと答えた。



「何を言って────」

「それだけの事をした!」

 みなまで言わせず、第一王子は国王の発言を遮る。

「国のためといい、人を虐げた。

 人を虐げる国に未来などあるか!」

「それは────」

「全ては歴史が証明している」

 ここでまた事実が出る。

 決して変わらない過去の出来事。

 それを持ち出されたらそれ以上どうにもならない。



 言いつくろい、言い訳を考える事は出来るだろう。

 解釈の違いというものだ。

 事実をねじ曲げる行為である。

 そんなもので事実が消えるわけではない。

 効果があるとすれば、そうしてねじ曲げた分だけ問題が増大していく事だろう。

 なので、解釈など不要である。

 それは国政に携わる者として、否、国政に限らず、人としてなすべき事ではない。

 そんな事をするのは悪党悪人である。



「今、我が国は滅亡への道を歩もうとしている。

 それは国のためという嘘による心を踏みにじったからだ」

「国のためだ!」

「それが嘘だと申し上げてる!」

 なおも言いつのろうとする国王を第一王子は粉砕する。

「国のためという重しで人を押しつぶす。

 ならば、そんな重し破壊して自由になろうというのが人というもの。

 あるいは押しつぶされて全てを滅亡させる」

 それが全てである。

 一時的に何かしら効果は得られるかもしれない。

 だが、効果以上の損失を発生させる。

 それは借金として積み上げられ、いつか精算を求められる。

「そんな状態に国王陛下、並びに重臣、さらには国政を預かる貴族全てが賛同した」

 違う、と誰もが言いたかった。

 言わせない圧力が第一王子から発せられていた。



「私はそのような亡国への道を破壊する。

 繁栄と栄光の道に再び軌道修正する」

 それは宣言であった。

「聖女という権威と力を取り込もうとした。

 その為に心を踏みにじった。

 そんな暴君と佞臣の愚挙を私は阻止する」

「貴様あああああああ!」

 国王、ついに第一王子の発言に怒り心頭となる。

 だが、第一王子は気にしない。

 そんなもの気にするほど脆弱ではない。



「伯爵令嬢!」

 怒りがおさまらない国王を無視して、控えていた伯爵令嬢を呼ぶ。

 玉座の間に、第一王子の婚約者たる伯爵令嬢が入ってくる。

 本来、この場に出る事が許される地位にはいない。

 しかし、第一王子はあらゆる手段を使って彼女をこの場に呼び寄せた。

「聞いていただろう。

 今言った通りだ」

「はい、しっかりと」

 伯爵令嬢は頷く。

 彼女は控えの間で事の次第を聞いていた。

 音声伝達や拡大の魔法はしっかりとその効果を発揮していた。



「その上で確かめたい」

「はい」

「あなたに私の伴侶になってもらいたい。

 幼少のみぎりの頃よりの付き合いもある。

 あなた以上に気心を許せる者はいない。

 私にはあなたが必要だ」

「殿下…………!」

 率直で直球で素直な言葉に伯爵令嬢、声を震わせる。

 瞳も揺れ、そこから感涙がこぼれる。

「もったいないお言葉…………!」



「して、伯爵令嬢。

 あなたの気持ちはいかがであろうか?

 もとより右も左も分からぬうちに定められた婚約。

 あなたの気持ちなど顧みられる事もなかった。

 それでも私には、あなたと共にいられた時間がかけがえのないものだった」

「………… !」

「だが、あなたの気持ちがどうなのか。

 そのことを踏みにじるつもりはない。

 そもそもとして私があなたにふさわしいかという問題がある。

 また、あなたにもし心寄せる相手がいるなら、その者と幸せになるのが最善だろう」

「…………そんな、そんな!」

「いや、いい。

 言わせてくれ」

 第一王子の言葉を止めようとする伯爵令嬢。

 だが、第一王子は続ける。

「私は心を踏みにじるなと言った。

 心を尊重し、大事に扱えと。

 そんな私があなたの気持ちを踏みにじってはどうしようもない」

 王子、かすかに表情を硬くする。

 もしここで伯爵令嬢に断られたらどうしよう、そう懸念する気持ちがある。

 だが、だからといって、伯爵令嬢の気持ちを確かめないわけにはいかない。

 他ならぬ自分から叫んだ言葉、心を大事にという事を自ら蔑ろにするわけにはいかない。



「故に伯爵令嬢。

 素直に率直に言ってほしい。

 嘘は吐かないでほしい。

 あなたは私で良いのだろうか?

 なんなら王族として命じるぞ。

 嘘は申すな。

 正直に答えろ。

 でなければ、私も君も将来に禍根を残す」

 その言葉に伯爵令嬢は涙を流し、震える声で答える。

「私は…………殿下と共にいたいと……思ってます!」

「そうか!」

 伯爵令嬢、恥ずかしさに顔を赤らめる。

 だが、決して不快な表情ではない。

 第一王子もその言葉に相好を崩す。

 この場において初めての笑顔であった。



「ならば、あらためて共に進もう。

 これまで通りにこれからも。

 残りの人生を」

「はい、喜んで」

 第一王子と伯爵令嬢の声が玉座の間に響き渡った。



「というわけです」

 伯爵令嬢から再び玉座に座るオッサンに目を戻す第一王子。

 その目と顔からは、伯爵令嬢に向けていた慈愛やいたわりや思いやりや恋慕などは消え去っている。

 あるのは修羅や金剛力士もかくやという憤怒。

 怒髪天を衝くほどに燃え上がりながら。

 冷氷吹雪く雪原のごとき冷たさが広がる。

「私と伯爵令嬢はこれまで通りに婚約者としてお付き合いを続けます」

 それは許しを求めたのではない。

 やるという意思を突きつけた言葉だった。

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