婚約破棄
「断ります」
第一王子ははっきりと告げた。
その声に、国王も王妃も総理大臣もその他重鎮も。
何より、この場につれてこられた聖女が驚いた。
「……何を言っておる」
気を取り直した国王である第一王子の父親が声をひねり出す。
重々しいそれは、周りにいる者達に畏怖を与える。
第一王子を除いて。
「聖女との婚約を断ると言ったのです。
はっきり申し上げたのだから、しっかり聞いてください。
国王として臣下の声を蔑ろにするのはいかがなものかと」
ふてぶてしく第一王子は言い放つ。
不敬な物言いである。
庶民であれば即刻打ち首になっていてもおかしくない。
それをそうさせなかったのは、第一王子という身分がまず一つ。
そして、第一王子の持つ能力や素養が理由だった。
この第一王子、能力はある。
王侯貴族の子弟が通う学校での成績は第一位。
学問のみならず、武術・魔術においても上位に食い込む。
武門の頂点たる将軍の跡取りを退け。
魔道の首位たる宮廷魔導師の跡取りをも凌駕して。
かてて加えて、人望人徳も備え、同じ学校に通う生徒達からの人気も高い。
また、王宮内やお忍びで繰り出す城下町でも、第一王子を知る者達の人気は高い。
それでいてお人好しというわけでもなく、時に果断な決断が必要ならためらいなくそれを実行する。
しかもだ。
これで外見も優れてるときた。
背丈は170センチ台の後半。
体型は細身ながらも引き締まったしなやかさを持ち。
顔立ちは整った中性的ながらも、それでいて男性と分かる凜々しさ。
日焼けしない白い肌と、光を反射する銀髪。
その容姿から『冷氷の美男子』と呼ばれている。
そんな第一王子がはっきりとものを言ったのだ。
迂闊に取り押さえられるわけがない。
そんな事をしたら、近衛騎士や衛兵の多くが骸となるだろう。
この王子、降りかかる火の粉には容赦しない。
それがどんな有力者でもだ。
学生の身ながら、学校とその関係者の不正をあばき、その元締めたる有力貴族を自ら切り捨てたほどだ。
事の調査中の襲撃においては、更にそれ以上の者達を始末している。
手を出せばどうなるかは、誰もがよく知っている。
それ故に国王も迂闊な事は出来なかった。
「理由を聞こう……」
苦々しげに国王は説明を促す。
そんな国王に第一王子は、
「この婚約に道理がない。
悪逆非道の極みだからです」
理由を短くはっきりとまとめた。
その言葉に国王は更に顔をゆがめる。
なんとなれば、その婚約は国王がまとめた、国王の策である。
それを面と向かって悪逆非道と言ったのだ。
国王への反逆、ひいては国策への侮辱に等しい。
王の権威を大いに傷つけかねない。
「その発言、王権への侮辱であるぞ!」
「それは国王陛下、あなたのなしたこの婚約です」
怒声をあげる国王。
第一王子、どこ吹く風と反論する。
「人の気持ちを踏みにじり、国王の大権をもって事を進める。
これほどの非道はない。
力を持つもの、その力を正しく使うべき。
これは私が習ったことです」
その言葉に国王も声を失う。
「また、国王が間違えれば、これをいさめるのが臣下のつとめ。
第一王子として、そのつとめをなしたまで。
これをなさなかった逆臣にかわり」
今度は周囲の大臣に飛び火する。
居合わせた貴族諸侯にも。
言われてみればその通りである。
「忠誠とは奴隷のようにひれ伏すものではない。
正道・見識に基づき、時に主君の言いつけをただすもの。
それを怠った総理大臣以下各大臣、ならびに列席の貴族諸侯。
いったい何をしていた?」
場がざわめく。
当然だろう、はっきりとケチをつけられたのだから。
だが、誰も言い返せない。
言ってることに何の問題もないのだから。
「であれば聞きましょう」
列席の諸侯から一人が声をあげる。
前に出てきたのは、貴族の中でも長老格の存在。
役職や権限のない名誉職だが、国王の相談役をつとめるものだ。
その相談役が尋ねる。
「いったいいかな問題があるのでしょうか?」
「それを説明しているところだ。
それも分からぬ見識で相談役をやってるのか?」
相談役にも容赦の無い声が突き刺さる。
「更にだ。
最大にして一番の問題だ」
色を失う相談役を無視して、第一王子は説明を続ける。
正面に国王を見据え、自らの意思を示す。
「勝手に婚約を決定したこと。
これが最大最悪の問題。
人の気持ちも心も踏みにじっている。
我が国において最大最高の権力と権威を持つ国王にあるまじき悪行」
その声に、場が更にざわめく。
はっきりと国王に悪と告げたのだ。
不敬罪どころではない。
だが、
「静まれ!」
今度は第一王子の怒声が響き渡る。
「先ほども申した!
臣下たるもの、時に王の間違いをただすものだと!
貴様らはそれも知らんのか!
それで国政をあずかる貴族か!
恥を知れ!」
その声に誰もが絶句する。
言ってることはもっともだ。
言い返せる事がない。
しかも、先に既に言われたことだ。
言われてもまだ分からない愚か者と告げられたに等しい。
「一度では聞き逃す事もあろう。
だから今一度繰り返して口にした。
三度目はさせるなよ」
貴族達はそれで慎重になっていく。
「さて。
話を何度も何度も腰を折られてしまいましたが。
あらためて糾弾をしていきます。
いかに我らの国王陛下が愚劣で悪辣で愚鈍な事をなしたのかを」
「おい!」
「黙れ!」
国王の怒声。
かぶせるような第一王子の一喝。
玉座の間は恐怖を伴う静けさに押しつぶされていく。
その場にいた誰もが背中を伝う冷や汗を止める事が出来ない。
そうでないのは第一王子のみだ。
「このほど、聖女との婚約とほざいた!
いったい何を考えてる!」
怒声。
第一王子から発せられた声に、一同声もない。
「まず、その聖女の気持ちを考えてない。
想いを踏みにじってる。
これほどの悪行があるか。
権力を持つ者の最悪の暴虐だ」
そこから国王への糾弾が、ひいては国政への非難が始まった。
「この聖女、俺も知らぬ相手ではない。
お忍びで城下に出向いた折り、よく顔を見合わせていた。
あまり大きな声で言うのもなんだが……この者が想いを寄せてる者も。
この者に想いを寄せてる者も。
そのどちらも知る程には顔見知りだ」
場がどよめく。
それを知らなかったから、というのが理由の一つ。
だから何なのだ、というのがより大きな理由のもう一つ。
「貴様らは国のため、家のために人の気持ちや考えを踏みにじって当然。
そう考えてるであろう」
その通りである。
だから国王も貴族も「だからなんだ?」と思った。
「それが国を滅ぼすのだ」
人には心がある。
その心を踏みにじれば、反感が生じる。
その反感は様々な騒動を生む。
だからこそ、心を無視してはいけない。
心を蔑ろにしてはいけない。
それをすれば、怒りや不満を作り出す。
「そうした怒りや不満が何をもたらしたのか。
歴史をひもとけば実例などいくらでもあるだろうが」
言われて国王・大臣・貴族は顔をこわばらせる。
彼らとて無教養というわけではない。
そうした事があったのは知識としては知っている。
ただ、その知識・教養を活用する知能がないだけで。
「反乱・内乱・騒乱。
果ては革命による国家崩壊。
あるいは国外勢力と通じての、紛争戦争まで」
その通りである。
かつてそういった事が起こった。
統治者としておぼえておくべき事として、学校の歴史で習う。
政治の授業でも。
それを忘れてるか有効活用してない者がこの場に大勢いた。
「更に、そうでなくてもだ。
そんな統治者の下で民がやる気を出すわけがない。
誰もが勤勉さを忘れる。
それは、生きる意欲を失うからだ」
それもまた、歴史の中にある事実だ。
「意欲を失った者は働かない。
働かないから田畑は荒れ、工房の炉に火は入らず、商う者も消える。
まだ意欲がある者は国の外に逃れ、そこで生きる道を見いだす。
そうして国が衰退していった例がどれほどあるか。
知らぬはずがない」
それもまた事実だった。
やりがいすらも消えれば、あとは無気力な人間が残るだけ。
無気力な人間は何をしても動きはしない。
どれほど苛烈な制裁も、どれほど柔和な説得も。
後には生産者を失った荒野が残るのみ。
これらが示している。
不平や不満は必ず何かしらの問題につながる。
問題の原因になる。
「その原因を作り出してどうするのか!」
今回、聖女を婚約者にする。
その事により、想い人のいる聖女を蔑ろにした。
聖女を想う者を蔑ろにした。
それは怒りと不満になり、確実に国をむしばむ。
今すぐではなくとも、確実に将来の禍根になる。
「その原因を国王陛下は作り出した」
歴史というゆるぎない事実をもとにした発言。
誰も反論など出来なかった。
「心ない仕打ちである」
糾弾は更に続く。
「人の心を顧みない所業。
悪行と言わずしてなんと言う」
それはこの場にいる全員に向けられた。
婚約を決めた国王と、それを止めなかった大臣と貴族達へと。
「心がないからだ、こんな事が出来るのは。
悪逆非道の輩と言わずして何と言う?」
心がないから心を思いやらない。
心があるなどとも想わない。
そもそもそんなものを気にする必要があるとは思わない。
だから問題を発生させていく。
「しかし、王子殿下。
理性によって心をですな……」
「理性が心を支配するものか!」
声をあげた貴族に一喝。
「理性で心をゆがめてどうする。
それこそが問題の発生源になる」
「いや、ですが……」
「心に理性が従うのだ。
心のありようを伝える、形にする。
その為の理性だ。
そんな事も分からんのか」
「…………」
口を挟んだ貴族も何も言えない。
それは説得されたというより、多分に「言っても無駄だ」と思ったからだが。
それでも黙った事に第一王子は満足する。
「話の腰を折るな。
何度目だ」
それが最大の問題なのだから。
横やりを牽制するきっかけになったのだから申し分ない。
非常に鬱陶しいが。
「さて、聖女とその想い人。
その両者の間を引き裂いた事が罪の一つ。
国王陛下、ならびにこれを支持した大臣・貴族は相応の罰を受けるべし」
「なんと!」
「何を仰せられるか!」
「行き過ぎですぞ!」
そこかしこから反発があがる。
「黙れ!」
場を圧する大声。
その大声のままに続く。
「積極的に賛同した者も!
無言で様子見をした者も!
形ばかりの反対をした者も!
全てが等しく罪人である!」
それはあまりにも厳しい言葉だ。
それこそ反感をおぼえる。
しかし、
「国を崩壊させる原因にもなるのだぞ。
そのことをわきまえろ」
そう言われては誰もが何も言えない。
絵空事ではなく、歴史上にあった事実なのだから。
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