3話ー1
未確定前原稿
3話ー1
父上。信昌に呼ばれた。
「姫。大藪曲輪の川遊び…少々度が過ぎる」
平身低頭するしかない。
「忠隣殿の一命。救ったそうだな?」
「家昌兄者の計らいにて、従ったのみにございます」
「そうか?忠隣殿はこれ程までの嫁入り、大久保家の誉れと書いてきたわ」
信昌は「感状」と書かれた巻き紙を見せて大笑いした。
絵里にもこれ程機嫌の良い父上を見たのは初めてだった。
「この恩。奥平家子々孫々までお返し申し上げるだそうだ。よくやった!大久保との縁が深まれば奥平は安泰じゃ!」
奥平家は元は武田の家来。徳川の世では外様だ。生き残るには徳川の大名に頼るしかない。
「絵里姫。褒美をつかわす。大藪曲輪の川遊び、大いにいたせ。信昌が許す!」
「身に余るお言葉。震える思いにございますが…」
「なんじゃ?」
「護衛に渥之新をお付け下さい」
「あれは。不届きのこれ有りで、追放した不届き者。ならん」
「では。小間使いとして召し抱えてもよろしゅうございますか?お願いにございます!」
顔を畳から離し、有りったけの笑顔を送った。頬に畳の模様が移っているのを見た信昌は呆れて折れた。
「馬鹿~(たわけ)。しょうがない…大藪曲輪のみ。出入りを許す」
「ありがたき!幸せにございます!」
翌日。大藪曲輪に行くと。隠してある小舟の横に訳あり殿が片膝を突いて待っていた。
「只今より。城外護衛をお役御免となり。絵里姫様の小間使いを命じられました」
「行く行くは帰藩させる。しばらくは小間使いで辛抱じゃ。しかし…不届きのこれ有りとは、何を?」
「訳ありでございます」
「事を成せば言うのではないのか?」
「未だ。事は成っておりませぬ」
「そうか?ならば問うまい」
「はっ」
「舟を出せ。鯖三堂に参る!」
鯖三堂には青木康平太がいた。
「飛脚の三平を殺めた、松平忠明様の家中河内一二三が腹を召された。自害との噂です」
「その者に罪はなかろう?」
絵里姫は心が痛んだ。
「密書を奪った責任が忠明様に行く事を恐れての事でしょう。河内の独断と書き付けが有ったとの事です」
「三平の家族は?」
「妻と。10(とう)になる子息が残された。この男の子。元服すれば、お城に士分として召し抱えになる。父親に似て、脚が速いそうだ」
訳あり殿が言う。
「絵里殿。一件落着ですかな?」
厨房から敬太郎さんと女将さんが見ている。
「兄弟が殺し合う世を一件落着させねば。そうはおもわぬか?」
青木は絵里姫を見て笑い、頭を下げた。