2話ー3
未確定前原稿
2話ー3
家昌様が単騎で飛びだし、百々左門が続く。訳あり殿は、手近に有った幕で絵里姫をくるむ。乱戦に成れば、戦場でおなごは虫のように無力だ。
円明院の門前に到達した大久保忠隣の隊列の後方から、松平忠明を中心とした騎馬蜂矢陣が突っ込み、角を曲がっていない弓矢隊が本陣上を通して、門前の大久保忠隣に牽制射した。その流れ矢が絵里姫を襲ったようだ。松平の矢庇蜂矢陣と呼ばれる危険な得意技だ。
松平忠明は大久保忠隣に迫っていた。その松平忠明の馬の鼻革を家昌様は掴んで自らに引き寄せ、円明院の本陣に走らせた。
百々左門が大久保忠隣の馬前に立ち塞がる。
「忠隣様!余興でござる!宴を張って御座ります!」
百々左門は通り道を開けた。
まだ松平忠明の騎馬が残っている。乱戦に成れば忠隣を守れない近習が右往左往する。
「合い判った!」
忠隣は開けられた隙間を円明院の中に走る。百々左門は、忠隣が通ると隙間をピタリと閉じた。
大久保の騎馬も松平の騎馬も通れない。主君だけが円明院の中に入った。
「酒じゃ!酒を持て!絵里姫酌をせよ!」
家昌様が叫ぶ。流れを変えれば、斬り合いになる。訳あり殿は、くるんだ幕ごと絵里姫を運んだ。
釈然としない松平忠明と大久保忠隣が、鎧兜のまま立っている馬前に、訳あり殿は絵里姫を置いた。幕をとる。
「忠明兄者。舅様。酌をさせて下さいませ…」
忠明には妹。忠隣には息子の嫁となる姫。両者に膳に付く理由が発生した。
二人が膳に付くと、両軍に停戦が発せられた。
二人は視線を合わせず絵里姫だけを見る。
「両人。納得いかん所を。この戦。家昌に預けて貰いたい」
絵里姫の酌を受けながら忠明が吠える。
「証拠の書状あり!」
「忠明兄者。その書状をお見せ下さいませ…」
絵里姫が震えながら言う。
「絵里になら見せようぞ!」
胴に手を入れ、巻き紙を出す。バラリと巻き紙を拡げる。三平の物と思われる血の染みが見えた。
そのまま板敷きの床に放り出す。
「家昌が命ずる!絵里姫以外動くな!動く者は家昌自ら討つ!」
百々左門が季節外れの火鉢を持ってきた。しっかり炭が起こっている。
視線の先で。訳あり殿が小さく頷いた。絵里姫は丁寧に巻き紙を畳む。そして、火鉢の中に置いた。
あっという間に火を吹く。
「家昌兄者。この戦。預ける。だが…預けた戦。必ず獲りにもどろうぞ!」
松平忠明は忠隣を睨み杯を置くと、兵馬と共に円明院を出た。
忠隣は腰が抜けて、近習に抱えられて九運寺に戻った。
絵里姫も別の理由で立てなかった。訳あり殿が近寄ってこない。失禁していた。家来は姫の面目を潰せない。家昌自ら、絵里姫をくるんでいた幕で床を拭いた。
「これを穿け」
家昌は馬上袴を脱いで、絵里姫に渡した。
絵里姫は馬上袴を穿く。
「渥之新。絵里姫を二の丸に頼む。百々左門に門を開けさせよ」
「御意」
絵里姫は久し振りに二の丸御門を潜った。