2話ー2
未確定前原稿
2話ー2
丑三つの闇を加納藩家紋の提灯が淡く足元を照らす。
木戸を抜けると、中山道が左右に走っている。渡って町屋を北上すると正面は天神様。右に折れて東天神通りに向かう。
角地に円明院は有る。門は清水川に折れた道沿いに有った。
門は八の字に開かれて、門の中に松明を持った徒士と馬上の家昌様が見えた。
槍を持った足軽頭に青木が声を掛ける。
「加納藩奉行所与力、青木康平太でございます」
「おぉ。青木源次郎の倅じゃないか?源さんは達者か?」
「老いましたが達者です」
足軽頭は絵里姫と訳あり侍を見た。
「何用だ。これに巻き込まれん方がえぇぞ…」
「絵里姫様が家昌様に御用が有るとの事です」
足軽頭は絵里姫に気付いて、片膝を突いた。
「お待ち下さい」
馬上の家昌様に走って行く。
言葉を交わした後、家昌様は下馬して歩いてきた。
「絵里。何年振りだ。大人になったな!」
厳めしい鎧兜の中から、優しい家昌兄ちゃんが笑っている。
昔のように頬を摘まむ。
「家昌兄ちゃん。忠政兄と喧嘩はおやめ下さい」
「絵里に頼まれたら止めたいが。そうもいかん」
「城下町は。3年我慢すれば金藏を満杯にします。大久保様に騙されないで下さい」
家昌は面白そうに笑う。
「ウム…。絵里は。算術が得意だったな……金藏を満杯にする商。この家昌を得心させてみよ。得心するなら喧嘩は止めよう。どうだ?」
これで兄弟の戦が止められる。
「おなごの戦。訳あり殿。青木様。見届けて下され」
訳あり殿が言う。
「絵里姫様初陣でござる。ご武運を」
はぁ
絵里姫は家昌に向いた。
「荒田川。清水川。これの増水をお城の長刀堀などのお堀で吸収します。町屋はもはや沈む事はございません。町屋が沈まねば、商人は安心して商いを拡げられます。商いを拡がるなら物が豊富に集まる。加納に行けば手に入るとなれば、中山道の人は加納に集まり留まる。人が集まるなら金銀も銭も集まる。ならば今の年貢の負担は減り、人が増えるなら金藏に入る金銀 銭も増えましょう」
家昌は微動だにせず聞いている。
眉間にシワをよせたが破顔した。
「うん。得たり!絵里姫よくぞ申した。左門!」
家老の百々左門が寄ってくる。
「戦は止めた!酒宴の用意をせよ。大久保忠隣殿をもてなす。だが鎧兜は外すな…」
「はっ!」
将兵が走り回り、違う緊張がみなぎる。
百々左門は絵里姫と青木、訳あり侍を寺の本陣脇に連れて行った。
「こちらに酒肴を用意した。絵里姫様は後でお呼びが掛かりましょう……時に、渥之新。まだ髷は結えぬな」
「結えない暮らしも悪くはございません」
「何をいうか?加納はお主なしに立ち行かん。事を成せばさっさっと戻れ」
訳あり侍は黙って頭を下げる。
膳を前に訳あり侍は両手を合わせる。
「訳あり殿は。渥之新と申されるか?」
「訳ありでございます」
器用に梅干しの種を箸で出す。絵里姫は笑って口から梅干しの種を出す。
「訳あり殿は器用じゃ」
「器用貧乏で。お転婆姫のお世話を申し付けられております」
「お転婆でなければ。おのれの生き方はできぬ世じゃ。訳あり殿は誰に申し付けられておる?」
「訳ありでございます。事成れば、お教えしましょう」
絵里姫は意識せず質問攻めにする。青木は絵里姫が訳あり殿を好きと気付いた。
「訳あり殿は。妻はおられるか?」
「独り身にございます」
「どのようなおなごが好みか?」
「お転婆を好みます。静かなおなごは苦手で、お見合いの場から逃げた事がございます」
絵里姫はコロコロと笑った。
「それは。訳ありな事」
釣られて訳あり殿も笑う。
青木は絵里姫様と判ってから、失恋状態になって聞いている。
ガフッ
青木は馬の呻き声と聞いた。
「絵里姫様。兵馬が揉み合う音がします」
訳あり殿は絵里姫に被さって、畳を転がった。
絵里姫の膳に矢が突き立つ。
ー松平忠明様。門前にて大久保忠隣様と合戦ー
密書を確保した4男松平忠明が襲い掛かったようだ。絵里姫は戦場のただ中に居る戦慄を覚えた。