2話ー1
未確定前原稿
2話ー1
翌日。
長刀堀南の橋の下に小舟を隠していると、訳あり侍が堤を降りてきた。
「ここは。お城の弱点ですな」
「攻めるに良くても。守るに悪所。長刀堀から南下する城方に半刻も持ちますまい」
絵里姫はドキドキしているのを悟られまいと虚勢を張った。
「飛脚の三平の大久保忠隣の密書。どこに有ると読まれるか?絵里姫殿?」
絵里姫は空を見詰めて言う。
「4男松平忠明様。三河作手藩」
訳あり侍は
ホゥ
と絵里姫を見た。
「なぜ、そう思われる?」
「忠明様は。大久保忠隣を嫌っておられます。喰えぬ爺と」
「狙いは?」
「私を忠常様に嫁がせ。外祖父として加納藩を盗むおつもりかと…」
これを一番阻止したい。
「長男家昌様と図って。3男忠政様を無きものにする?ウム…それは。困りましたな」
訳あり侍は、あまり困ったように見えない。
「訳あり殿。どうすれば良い?」
「家昌様は円明院。大久保忠隣は久運寺に来ておられる。大久保忠隣は事を急ぐでしょう。長男家昌様を語って今夜辺り…」
「戦にしてはなりませぬ!」
気色ばむ絵里姫に訳あり侍はしばらく考えていた。
「大久保忠隣は家昌様が退かれれば断念せざるおえない。二の丸御殿には単独で入れない」
「円明院の山門で家昌様の轡を押さえてでもお止めします」
円明院は城の北側、大手門枡形の左手になる。清水川に沿って行けば良い。久運寺はさらに奥になる。
「大久保忠隣は丑三つの忠隣と呼ばれている。動くのは丑三つ時…近くに潜みたいが。さて…」
「円明院なら。青木様のお屋敷が近うございます」
「青木様…木戸は通れるとして。泊めて頂けるか…」
心配する事なく、青木康平太は入れてくれた。事情も絵里姫で有る事も明かした。
「姫様とは気付かぬとは言え。ご無礼の数々お許し下さい」
下座で平伏する。訳あり侍は横で刀を抱いて膝をかかえている。
「よい。お忍び姫の時は鯖三堂のえりじゃ。足を崩せ」
では…御免
と言って、普段の青木に戻った。
「で。訳あり殿は。どの筋のお方か?」
「訳あり殿は。私の旗本である」
「旗本?」
「それで納得するのが都合が良い」
青木は納得行かなかったが折れた。
「この騒動。終われば素性を明かして頂く」
訳あり侍は座り直して、頭を下げた。
「お約束致しましょう」
「で。青木様。家昌様には何を?」
「忠明様を討つと」
「………」
「お諌めしましたが。大殿が築城治水や城下町に投じた普請で、金蔵に金銀も銭も尽き、大久保忠隣様に頼る他無いと。しかしながら、忠政様は持っての他と突っぱねるばかり」
絵里姫は顔を真っ赤にした。訳あり侍は目を剥いて驚いた。
「馬鹿た事を!治水され整備した城下町に商人が集まり、人が集まり金藏など瞬く間に一杯になろうと言うのに、大久保忠隣に呉れてやろうと兄上は言われるのか!」
青木は驚いて平伏した。訳あり侍も平伏する。
「加納藩。家中。城下町の民百姓。お父上様の志。ひとつたりとも大久保忠隣には渡さん!」
お忍び姫の激が飛んだ。