1話ー2
未確定前原稿
1話ー2
中の庄を真っ直ぐ北上して、成徳院のお目見え以上の木戸を潜る。青木と英助にピッタリ付けている絵里姫は北の木戸も難なく通る。
金樹院の横、清水丁通りを真っ直ぐ行く。
程なく清水川に出て、河原に降りた。
人だかりを掻き分けて、莚が掛かった土左衛門が見えた。
英助が莚を捲る。
「身元は?」
「飛脚丁の三平って飛脚です」
「飛脚丁なら近い」
「誰か見た者は?」
「居ません」
「目立った傷が無い。酔っ払って落ちたか?」
青木は莚を戻した。
「番所に運んで、身内を呼んで話を聞こう」
青木は立ち上がり、振り返って仰天した。
鯖三堂のえりちゃんが喰い入るように土左衛門を見ている。
「手甲脚絆…挟み箱は無い。水死の割に浮腫んで無い。水も飲んでない。首筋に指の跡。手紙を運んでいる最中に襲われ。首を絞められ、死んだ後に清水川に落とされた…」
青木はもう一度、莚を全部捲ってえりちゃんの言う事を確かめた。
「驚いた…言われてみりゃあ」
英助が呻いた。
「だとしたら…こいつは面倒な事になる」
青木は絵里姫を見た。
「お上が絡んでる?」
絵里姫は頷いた。
「とにかく……番所へ運ぼう」
青木は絵里姫を英助に送らせた。
「いや。えりちゃん。畏れ入った。後ろから見てて良く判ったね?」
「目は良いの。お父上が鰻を食べよと勧めて下さるので」
「へぇ~。鰻を?お金持ちかい?えりちゃん家は?」
「あっあの…知り合いの漁師から頂きもので…」
「そうですかい。うらやましい」
「英助」
絵里姫は木の影に英助を引っ張った。
「どうした?」
深く編み笠を被った男達が遠くに見え隠れしている。
「こいつはヤバい」
男達は近付いて来る。
「逃げましょう」
英助と畑の中を突っ走る。絵里姫にとっては普段からお付きの者を巻く遊び場だ。
しかし。
巻いたと思ったが、人数が違った。
前後から挟まれた。
「何者ですか!」
20人から居る男達が黙って、鯉口を切る。
バラバラバラ
と鞘走る。
「えりちゃん……刻を稼ぐ。隙を見て逃げろ」
ジリジリと間合いが詰まる。
「待てや!」
太い声がして。何かが飛び込んできた。
舞うように背の高い男が、編み笠の男達を薙ぎ倒して行く。
数秒間の舞いの後、編み笠の男達は全員失神していた。寸分の狂いも無い急所撃ちの峰打ちだった。
「戻られよ。飛脚の土左衛門には、以降関わりの無いように」
髷を結わず放髪の侍は、長刀を鞘に納めた。鋭いが美しい目をしていた。一瞬にして、絵里姫は恋に落ちた。
「危ない所。命を救われました」
「気にされるな」
「お名前を聞くまでは…戻りませぬ」
放髪の侍は笑ったように見えた。
「絵里殿。相変わらずで。では………訳あり侍とでも言って置きましょう」
「訳あり殿。この恩。必ずお返し申し上げます…」
訳あり侍は静に頷いた。
「…この件。退く積もりは御座いませぬ。またお会いする事になりましょう」
訳あり侍は小さく首を振って言う。
「楽しみと致しましょう」
絵里姫は会釈すると、訳あり侍に背を向けた。