飛脚の三平水死事件1話ー1
未確定前原稿
飛脚の三平水死事件1話ー1
加納城。
大藪曲輪に隠した小舟で荒田川を南に漕ぎ出す。右には行かず、真っ直ぐ荒田川を南に下る。途中の右の運河に入り長刀掘りの南に出る。少し下った橋の下に小舟を隠した。橋を渡ると町屋の南側を西に向かう。これで木戸を潜らなくて済む。
町娘に扮した絵里姫は、御殿の姫君から解放されて
はぁ
と青空を見上げた。
鳶が1羽ゆっくりと舞っている。
御殿では大久保忠常様との縁談が進んでいる。見も知らぬ土地と見も知らぬ殿から逃れて、このまま町屋に紛れてしまいたい。
中の庄を北上して、明光寺参道前の鯖三堂の暖簾を潜る。
「いらっしゃい!えりちゃん今日は早いね!」
飯屋鯖三堂の主人敬太朗の威勢が良い。
「ケイタさん。今日は働くよ!」
敬太朗は苦笑いする。
「えりちゃんが来ると…今日は忙しくなるねぇ…」
厨房に入ると、女将の香月が笑いながら割烹着を渡す。
「あんた。今日は儲かるよ!鼻の下伸ばしたバチ当たりが押し寄せるからね!」
敬太朗はただ笑っている。
絵里姫は割烹着を被って店に出る。
さっそく暖簾を上げて若侍が店内を覗く。
「青木様!いらっしゃい!」
絵里姫の声に、奉行所与力の青木康平太が
おっ
と言う。後ろに言う。
「伊東!えりちゃんいるぞ!」
後ろから伊東勇太郎が首を出す。そのまま康平太を押し出して椅子にさっさと座る。
「伊東様。いらっしゃい!何にします?」
「ザルそばで…」
「ケイタさん。ザルそば一丁!」
青木が慌てて座る。
「伊東っ!馬鹿~。えりちゃん!オレもザルそば!」
「ザルそばもう一丁!」
半刻も経たない内に、席は埋まり行列待ちが出来る。
外が騒がしくなった。
青木と伊東はまだ粘っていた。
「青木様!青木様!」
岡っ引きの英助が飛び込んできた。青木はあからさまに嫌な顔をした。間違いなく仕事だ。
「金久院の北の清水川で土左衛門が上がりました」
「なんだとぉ!英助案内しろ!」
伊東はほくそ笑みを浮かべて、真っ青になった。絵里姫が割烹着を脱ぎ捨て、袖をたすき掛けにして。青木と英助の後を追い掛けて行ったのだ。