リス兄弟の真夜中の大捜索
ハムブレッドとバターコーンは仲良しリス兄弟。ニ匹はいつもいっしょです。今日もほっぺたいっぱいに木の実を詰め混んで穴ぐらに帰って来ました。
「あれ?ない!マフラーがない!」
玄関で毛並みに積もった雪を落としていると弟のバターコーンが騒ぎ始めました。
「どうしよう!お母さんにもらった大事なマフラーなのに!」
「ふむ、北のお化け杉の枝に引っかかったのかもしれないな」
いつも冷静なお兄ちゃんのハムブレッドが言いました。お化け杉は枝が尖っていていろんなものが引っかかります。リスをいじめる鳥たちは翼が引っかからないように近づかないので二匹のお気に入りスポットでした。
「探しに行かなきゃ!」
「もう夜だぞ。明日にしよう」
「何言ってるのさ!明日から冬ごもりだよ!あれがなきゃねむれないよ!」
そうです。もう秋も終わり、今日はついに雪が振り始めました。そのために二匹はたくさん木の実を集めていたのです。
「しょうがないな、うーん、何かないかな」
ハムブレッドは物置を探しました。物置にはお化け杉に引っかかってたがらくたがたくさん詰め込まれています。毛糸の玉かなにかあれば冬ごもりの間にお母さんが編んでくれるでしょう。雪が積もり始めた夜に外に出ると毛皮のある体はともかく足が凍りついてしまいます。そんなのはごめんでした。
「お兄ちゃん!これ!」
ハムブレッドが探している間に物置を漁っていたバターコーンがなにか見つけました。と言ってもマフラーでも毛糸の玉でもありません
「長靴か」
バターコーンが掲げていたのは黄色の長靴でした。しかも両手に2つずつです。それは雨の日でもあるけるようにハムブレッドが拾ってきたものでしたが、雨の日はいつも家でくるみを割っていたので使うことがありませんでした。
「これを履いて探しに行こうよ!これなら雪の上でもあるけるよ!」
バターコーンがキラキラした目でハムブレッドを見つめます。ハムブレッドもせっかく拾った長靴を試してみるのも悪くないと思いました。
「仕方ないなぁ、いっしょに探しにいくとするか」
こうして二匹の真夜中の冒険が始まりました。
月明かりの中、4つのちいさな足跡が真っ白なキャンパスの上に踊ります。長靴は見事に雪から足を守り、二匹はどんどんお化け杉に近づいて行きました。
その道中にある公園の噴水のあたりで、一匹の猫に出会いました。真っ黒な毛並みに雪が少し積もって疲れているように見えました。
「やあ、こんな夜更けに何してるんだ?もう冬眠しててもおかしくない時期だろうに」
「探しものさ、そっちはどうなんだ?」
ハムブレッドが探るように猫に聞き返しました。猫は気まぐれで、遊びと称してリスを追いかけ回すことがあるからです。
「そう怯えなさんな、俺も似たようなものだ。うちのチビが帰って来ないんだ。見てないか?」
「いや、今日動物にあったのは君が初めてだ」
猫はがっくりと肩を落としました。背中の雪をみるにかなり長い時間探しているようです。
「そうか……カラスに見つかってないといいんだが」
「カラス?こんな夜中に飛んでるの?」
バターコーンが聞き返しました。カラスが夜に飛んでいるのをバターコーンは見たことがありませんでした。
「今日だけさ。やっこさんも何かを探しているらしい。ご苦労なこった」
「教えてくれてありがとう。じゃあね」
ハムブレッドはそっけなく返し、その場を立ち去ろうとしました。リスを襲うという点ではカラスも猫もそう変わりません。
「バイバイ。もし子猫を見つけたらここに来るように伝えておくよ」
お兄ちゃんのそんな考えなど露知らず、バターコーンは能天気にそういいました。猫はさよならを告げて去って行きました。
「バターコーン、ああいう危ない動物と仲良くしないほうがいい」
「どうして?子供思いのとっても良い猫さんだよ?」
「子猫に優しくてもリスにも優しいとは限らないからさ」
バターコーンは首をかしげます。あの猫がそんな危ない動物とはバターコーンには思えませんでした。
ニ匹はずんずん進んでいき、とうとうお化け杉までたどり着きました。ここまで簡単にたどり着けたのは長靴のおかげです。もし長靴が無ければ冷たい雪に足を取られて進めなかったことでしょう。しかしその長靴ともしばしのお別れの時です。
「滑ってのぼれない!」
長靴では爪を立てられないので木をのぼれないのです。二匹の前に悠然と立ちふさがるお化け杉は雪が垂れ下がって本物のおばけのようです。その枝には確かにバターコーンのマフラーが引っかかっています
「仕方ない、お兄ちゃんが取ってくる」
ハムブレッドは長靴を脱ぎました。凍えるような冷たさが小さな体を貫きます。
カー!カー!
二匹は空を見上げました。カラスがこっちに向かって飛んできています。危ない!
「バターコーン!靴を脱いでのぼれ!」
バターコーンも長靴を脱ぎ捨て、二匹は急いで木を駆け上がります。
「お兄ちゃん!あったよマフラー!」
「しっ!」
はしゃぐバターコーンをハムブレッドが注意しました。カラスは脱ぎ捨てた長靴のあたりに止まって、周囲を探しています。このままでは降りられません。
「バターコーン、なにかあいつを追い払えるものがないか探してくれ」
「にゃー」
「え?」
突然の声に振り向いた二匹。視線の先には小さな黒猫がいました。大事そうに何かを抱えています。
「宝石かな?」
手の中を覗き込んだバターコーンが言いました。紐のついた宝石のおもちゃです。いかにもカラスが好きそうなものです。しかし子猫は宝物のようにしっかりと握っています。
「なあリスさん、話をしないか?頼みたいことがあるんだ」
カラスが二匹に問いかけます。ハムブレッドは警戒して答えません。見つかったら食べられてしまうかもしれません。
「なーに?」
しかしバターコーンは答えてしまいました。
「探しものをしているんだ。小さな宝石なんだが、このあたりで落としてしまって。どこかに引っかかってないか?」
ハムブレッドがあたりを見回して枝に引っかかっていないか探します。どこにもありません。猫の手の中以外には。
「ねぇこの子、あの猫の子供じゃないかな」
確かにあの猫と同じ、黒い毛並みでした。子猫は風ではためくバターコーンのマフラーに夢中になっています。
「そうだろうな。そしてこの子が持ってるのがあのカラスの探しものというわけか」
ハムブレッドは考えます。猫から宝石を取り返してカラスに返さなければなりません。しかし子猫は言葉を話すには少し幼すぎるようです。気づかないふりをしてカラスに嘘をついて帰ることもできます。あるいは猫をカラスに差し出すか。でもそれでいいのでしょうか。迷うハムブレッドを尻目に決心したようにバターコーンが立ち上がります。
「猫さん、このマフラーとその宝石を交換してくれるかい?」
バターコーンはそう言って猫にマフラーを渡しました。猫はすぐに飛びつきました。バターコーンはすかさず宝石を取り、地面に投げました。
「カラスさん!これじゃないかな」
「ああ、これだよ、これ!子供にプレゼントするための大事な宝石なんだ。ありがとう!」
カラスはそう言って飛び立って行きました。
「……ほんとにいいのか?」
「うん、きっとこうするべきだったから」
バターコーンは少し寂しそうに言いました。
「りっぱだよ、お前は」
「ありがとう。さぁ、子猫をお父さんのところに連れて行こう」
ハムブレッドがマフラーの片方を掴んで子猫を誘導します。子猫は夢中でマフラーに飛びつきます。ハムブレッドはまだ猫が怖かったのですが、弟があれほど大事なマフラーを渡したのに兄の自分が弱音を吐いてなどいられません。
バターコーンはお兄ちゃんの後をとぼとぼついてきていました。お母さんに貰ったマフラーは噴水の元につく頃にはボロボロになってしまいました。もう巻いても暖かくはないでしょう。
猫のお父さんは噴水の近くで座っていました。二匹と子猫を見るなり嬉しそうに駆け寄ってきました。
「おお、おお、本当に連れてきてくれたのか!ありがとう!」
「礼はバターコーンに言って上げて下さい。お母さんに貰ったマフラーを連れてくるために使ってくれたのですから」
「そうなのか!本当にありがとう!」
「どういたしまして」
バターコーンはちょっぴり照れくさそうにそう答えました。
猫たちと別れを告げて二匹は穴ぐらに戻ってきました。バターコーンはまだ悲しそうです。疲れていたこともあって、二匹はすぐに眠ってしまいました。
翌朝、冬ごもりの前の最後の確認のために、二匹は玄関を開けました。そこには二つの贈り物がありました。毛糸の玉と編み棒です。
「これは…」
バターコーンが声をあげます。ハムブレッドがバターコーンの肩をポンと叩きました。
「きっとあの猫からの贈り物だな。早速これでお母さんにマフラーを編んでもらいに行こう」
二匹は走ってお母さんの元に向かいました。