ユーチューバー
ユーチューバー。それはとても楽な仕事に見えて、とても手間がかかり、大変な仕事だ。
確かに一回の動画がヒットすれば、何十万、下手したら何百万と金が入ってくる。しかし、それに至るまでは、編集・企画構成・材料費と実は人が分からないところで、大量のお金が発生しているのだ。そんな楽な仕事ではない。
そんなユーチューバーが体験した物語である。
とある日の事だった。会社経営をしている25歳の男性・伊藤勝也は、いつも通り編集作業をしていた。
彼の職業は会社経営で、いくつもの事業を成功しているやり手だ。そんな彼は副業もこなしている。それがユーチューバーだ。
1年前に始め、数々の動画を世に出していたが、中々ヒットせず悩んでいた。
そんな彼が初めて行った企画がある。それは
心霊スポットに行ってみた
よく人気ユーチューバーにありがちのネタで、実際に都内某所の超有名最恐心霊スポットに伊藤は行ってきて、動画も撮影している。その動画を今編集中だった。
画面の中では、明るいテンションの伊藤が恒例の挨拶をしていた。
「はい!皆さんこんにちーーはーーー。みんなお待ちかねいっチャンネルだよーーー」
ついこの明るさに恥ずかしさを覚えたが、編集を続けていた。
「やばいやばい。ここおかしいぞ」
今回訪れた心霊スポットは、とある廃病院であり、画面向こうの自分も怖がっているが、決して演出ではなく、本当に不気味さと恐怖で一杯だったのだ。
「うわ!びっくりした」
画面越しの自分が驚いている。それもそうだ。あの時手術室と思われる場所にいたとき、変な物音が響いたからだ。しかし、カメラには音は録音されていなかった。
その時だった。
「うん?」
編集していた自分はあることに気付いた。
手術室の奥に誰かが立っている
つい自分はテンションが上がった。遂に本物の心霊映像を撮ったからだ。他のユーチューバーにはこの事例は少ないほどだから余計にだ。
「よっしゃー。まじ写ってるよ」
つい喜びのあまり叫んでしまった。その女性は黒い服を着ており、とてもじゃないほど不気味さを覚えたが、喜びのあまり気にしていなかった。
伊藤は笑顔で
「よし、これを編集して投稿しなきゃ」
そのまま編集作業をして、その日の深夜2時過ぎに投稿した。その日は疲れていたのかすぐに寝てしまった。
翌日の早朝。いつも通りアラームの音で目が覚める伊藤。ふと気になりスマホをチェックすると、YouTubeに無数のコメント及びチャンネル登録の通知が来ていた。
伊藤は笑顔になり、パソコンからYouTubeを見てみると、なんと視聴回数が300万を超えていた。
「マジでかよ」
ついテンションが上がり、眠たかった状況も全て吹っ飛んだ。だが仕事もあるため、そのままテンションが上がりながら、家を出た。
彼はいつも、送迎用の車を手配しており、少し年配の男性が運転手だった。
「今日もよろしくお願いしますね」
伊藤が運転手に笑顔で言うと
「もちろんです。どうぞ」
そう言い、後ろのドアを開けてくれた。礼を言い乗り込むと、後から運転手が乗り込み、車を出した。
「いやー。YouTube見ましたよ」
最初に口を開いたのは運転手だった。実はYouTubeをやっていることは社員のみならず運転手や秘書までが知っていて、会社内でも評判は高い方だった。
「あっ見ました?あの廃墟のやつ」
そこでもテンションを上げて言う伊藤。
「もちろんですよ。あの黒い女。不気味でしたね」
「そうだろ?でも初めて撮った心霊映像だから、正直嬉しいんだよ」
2人は笑い始める。なんか場が明るくなった気がした。その道中、会社に着くまではその話でもちきりだった。
会社の中に入り、テンションはまだ上がっていたが、それを抑えながら廊下を歩いていると、つい気になり営業部に入ると、沢山の女性社員が近づいてきて
「あっ社長。見ましたよ動画」
「あの場所どこなんですか?」
「怖かったです」
正直以前YouTubeを投稿して、こんなに反響があることは無かったが、今のこの光景に少し笑顔になり、若干戸惑っていた。
「あ、ありがとう」
少し困惑しながらも、その部屋を後にした。
「なんなんだ、この盛り上がりようは」
確かに300万回を再生している力は凄いと改めて実感しながら、近くの社長室に入る伊藤。そこには既に男性秘書の大久保がいた。
「社長。おはようございます」
この男は昔から律儀で極めて冷静な男のため、表情が硬いまま言われたが、これはもう慣れっこのものだ。
「おはよう」
笑顔で言い、席に座りパソコンを起動させる。
「あの社長」
「どうした?」
するといつもは表情の硬い大久保が、見たこともない笑顔で
「見ましたよ、YouTube」
「え?」
その笑顔に、伊藤は若干不気味さを覚えたが、自分も笑顔になりながら
「見たのか?」
「はい。廃墟の不気味さが何とも言えなかったです」
「そうか」
「それに、社長が映っていた霊のことを、泣きながら語ってるのを見て、僕まで泣きそうになりました」
「え?」
なんのことだ。霊のことを泣きながら語っている。そんな動画を撮影した覚えはないし、あの後にすぐに締めの言葉を言って、動画は終わっているはずだ。泣きながら語った覚えもない。しかし、大久保が嘘を言っているようには見えない。そう思い
「仕事始めるから、外してくれないか?」
大久保が変わらずの笑顔で
「分かりました」
部屋を出ていくのを見て、すぐにパソコンでYouTubeを開く。自分のホーム画面を開いたとき、度肝を抜いた。
そこには「霊は悪くない」というタイトルで一本の動画を投稿していた。
こんなの投稿した覚えがない
そう思いながらイヤホンを付け、動画を開く。
画面の向こうの自分は、自分の自宅部屋の中で確かに泣きながら
「あの霊は、殺された霊なんです。みんなは霊などは悪いものだと思ってるかもしれませんが、違います。霊はみんな秘めた心を持ったまま、この世をさ迷っています。皆さん分かってください」
何だこの動画。確かに顔は俺、声も俺、全て俺自身だが、こんなの本当に撮った覚えがない。
もしかしたら酔っ払った勢いで撮ったのか?
いや違う、俺は最近禁酒をしており、まず飲むことは無い。じゃあこれは一体誰なんだ。
「誰だこれは」
その日は一応仕事を終えて、自宅に戻る。
彼は独身だが、やけに大きな家に住んでいたため、少し贅沢な生活もしていた。食事もキャビアやフォアグラなどを使った料理もしばしばあった。今日もそんな料理だ。料理人を雇っているため、そんなのも作ってくれるのだ。
孤独な食事も今は慣れっこ。すぐに料理を食べ終え、部屋に戻るとすぐにパソコンでYouTubeを開いた。
まだ見覚えのない動画は載っていたままだった。それどころか、視聴回数は心霊映像の動画より上を行く500万回を超えていた。
「どういうことだよ」
まさか見覚えが無い動画が一番見られているとは思っていなかった。
さすがに気味が悪いと思い削除しようと思ったが、一番視聴者が多い動画なため、その動画を削除しなかった。
いつもは撮影の時間だが、さすがに眠たくなってその日は眠ってしまった。
翌日、アラームの音で目が覚める。いつもはスマホでYouTubeの通知を確認するが、何故かする気にもなれなかった。
すぐに家を出て、いつもの送迎者に乗り込む。
その道中
「社長。あんなこと言って大丈夫なんですか?」
「何が?」
運転手が何食わぬ顔で聞いてきたため、最初何事かと思い聞いたが、運転手は
「いや、私はねスカッとしたんですけどね。流石に言いすぎな部分を感じちゃって」
最初は笑顔だったが、次第に暗い顔になる。伊藤は一切見覚えがないし、何のことだと思いながら
「何のことだ」
「え?わかんないんですか?」
すると運転手が車を路肩に止め、スマホをいじり、YouTubeの画面を伊藤に見せる。
何だこれは…
そう思うのは無理もない。それにはまた見覚えがない自分の動画が載っていた。
その動画は前の動画と同じで、自分の部屋にいて、動画タイトルが「女性の馬鹿さ加減」で画面向こうの自分は
「女性はね。気まぐれのクズな動物ですよ。たまには甘えろって言うくせに甘えたら気持ち悪いとか、どんだけ自分勝手やねん。馬鹿さ加減にも程がありますよ。本当に滅んでほしいですよね」
明らかに女性蔑視の発言をしていて、見ているこっちも気分が悪くなるくらい、酷いクオリティだった。
「なんだこれ」
「おかしなこと言いますね。社長が言ってるんですよ」
「でも、こんな動画撮った覚えがない」
必死な顔で言ったが、運転手は終始信じてもらえず、車は会社に着いた。
信じられない思いで会社の中に入ると、明らかに女性から白い目で見られている感覚がした。
いつもの感じで営業部の中に入ると、女性社員は一切伊藤に近づかないで、逆に遠くから嫌な目で見ていた。全てを察しながら近くにいた男性社員に声をかける。
「どういうことだ」
男性社員は怯えながら
「い、いや。例の動画を見たらしいです」
やはりな。多分そう思っていたがただ黙ってその部屋から離れるしかなかった。廊下を歩きながら、原因はすぐに察した。
“あの霊が操っている”
それしかないと思いながら、すぐに社長室に駆け込み、ただパソコンに食いついていた。
やはり、YouTubeは大炎上しており、厳しめのコメントが多かった。少し心を痛めながらすぐに削除しようと思い、すぐに削除ボタンを押した。だが
“削除できない”
すぐにエラーが起きて削除できない。何回クリックしてもエラーが出る。
「ちくしょう。なんで削除できないんだ」
少し怒りを覚えながら、諦めた。恐らくただの調子不良だろう。そう思い、なんとか仕事をこなして、その日は何事もなしに帰った。その日に会議や出張が無かったのが、不幸中の幸いだ。
帰りの車の中でも気になったのか、動画のコメントを見ている。流石に「死ね」「消えろ」の文字が目に飛び込むと、穴があったら入りたいという気持ちでいっぱいだった。
夕食はあまり口に入らなく、すぐに部屋に戻った。どうしてこんな思いをしなきゃいけないんだ。そう思い、思いついたのは釈明動画を上げることだ。
違うと視聴者に言えば、何とか助かるんじゃないか、そう思い、いつものYouTubeの準備をして動画撮影を始めた。
「皆様、昨日アップロードされた。女性蔑視動画に関することですが、私は全く見覚えがありません。信じてもらえないかもしれませんが、あの心霊スポットに行ってから、何かがおかしいです。不快に思った方々には申し訳ないですが、今は何故か削除が出来ません。助けてください」
少し泣き目になりながらも、なんとか撮影を終えてパソコンからアップロードしようとしたとき、
“アップロードが出来ない”
何をしても出来ない。
「どうしてだ。なんで」
すると、勝手に動画がアップロードの準備を始めた。その動画は全く見覚えのない自分の動画で、動画タイトルが「総理を殺す」という過激な内容だった。
とっさに思った。
“まずいことになる”
これを投稿したら多分警察が動く。そう思いキャンセルボタンを押すが、全く反応がない。焦りながら必死にマウスをクリックするが、反応がなく、結局動画は投稿されてしまった。
視聴者の反応は早く、一気に視聴回数は万を超えた。
「なんで、なんでこんなに視聴回数が行くんだよ」
少し怒鳴りながらも削除ボタンを押すが、反応は無い。当然コメント欄も荒れている。動画は恐怖で見れるもんじゃない。
少し絶望しながらも、その日はいつの間にかその場で寝てしまい、気づいたら朝になっていた。
自宅のインターホンが鳴っているのに気づき、寝ぼけながら出ると男性らが3人ほど立っており
「伊藤勝也さんですよね」
「は、はい」
「警視庁新宿署の者です。あなたを強要未遂及び名誉棄損の容疑で逮捕します」
刑事の一人が逮捕状を見せて、伊藤に手錠を掛けようとする。
伊藤はやばいと思い、刑事の手を振り払い逃げ始めた。ベランダから外を出て外を必死に逃げた。
なんでだよと思いながら、近くの森に逃げ込んだ。奥地に行ったときに相当疲れたのか、体力が無くなり、その場に座り込んだ。
するとあることを思いついた。
“あの動画を消せばいいんだ”
女性蔑視動画・総理脅迫動画など、消せない動画があるけど一つだけまだ削除を試みない動画があった。
それは例の心霊スポット動画だ。もしかしたら動画を消すと、他の動画も消えるかもしれない。そう思い、スマホを取り出し、YouTubeのアプリを開く、するとまた新着の動画が投稿されていた。まだ投稿されて間もなく
タイトルは
「さようなら」
なんだこれと思いながらその動画を見る。するとまた部屋にいる自分が
「俺は馬鹿だ。そしてクズだ」
すると画面向こうの自分が微笑みながら
「さようなら」
すると自分は、拳銃を手にしてそのまま頭に突きつける。画面を見ている自分は怯えながら
「や、やめろ。やめろーーー」
すると画面向こうの自分が頭を撃ち抜き、画面から消えた。
すると自分の体が次第に消えていき、叫んだがその声は森にただ響いただけで、すぐに静寂になる森の中。
その次の日、大型ビジョンにニュースが始まり
「えぇ会社経営者である、伊藤勝也容疑者が自宅で亡くなっているのが発見されました。自殺と思われています。えぇ伊藤容疑者はユーチューバーとして活動しており、最近では女性蔑視や脅迫動画を投稿し、警察が捜査をしていました。最後は自身のYouTube動画で自殺の様子を投稿し、自殺が発覚しました」
~終わり~