09 すべてをさらわれて
時間は少し戻る。
アーサーは聖女タルトたちの一団と別れ、あてもなく山道を走っていた。
途中、ハンドルにある石板を操作して、新たなに増えたスキルを確認する。
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アーサー レベル8 (残スキルポイント4)
サイクルアーツ
1 ブレイドダンス
1 ロードキル
New! 0 チェーンショット
カスタマイズ
1 ギアチェンジ
スペシャル
1 ゴッドブレスユー
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『チェーンショット』というスキルが増えていたのでさっそく取得。
『チェーンショット』
チェーンを射出する。
チェーンは巻き付く性質があり、また地面に射出した場合は埋没する性質がある。
木などに巻き付けたり、地面に突き刺すことにより制動が可能。
なかなか面白いスキルだな、とアーサーは思う。
石板で地図を確認してみたら、道幅の広い峠道を見つけたので、スキルの試用もかねて峠を攻めてみることにした。
自転車のスピードにすっかり取り憑かれているアーサーは、鍛えた脚力にものをいわせてぐんぐん峠道を登る。
平坦でまっすぐな道になったのでさらに飛ばしていると、途中で『GOAL』と書かれた木のゲートを見つけた。
そこには若者たちがたむろしていて、通り過ぎるアーサーを見るなり、
「……のっ……乗ってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
と仰天。
若者たちは追いかけてきたが、絡まれると面倒だと思い、アーサーはスピードを上げて振り切る。
すると大きなカーブにさしかかったので、さっそくチェーンショットのスキルを使ってみた。
……バシュッ!
と放たれた自転車のチェーンが、コーナーの内側にある太い木に巻き付いた。
これでいくらスピードを出してもコースアウトすることはない。
でもスキルでカーブを曲がるのは初めてだから、慎重に行ってみようと、ゆっくり目にコーナーに入ってみると……。
なにやら獣に跨がった若者たちがいて、横滑りしながらコーナーを曲がっている真っ最中であった。
そう、ジャンガリアンとダンゾである。
そのふたりを見て、アーサーは不思議に思う。
――やけにのんびりと走ってるけど、顔つきはメチャクチャ必死だ……。
もしかして、トイレでも我慢してるのか?
そう、ふたりの若者は最速のせめぎ合いをしているつもりなのだが、すでにそれ以上のスピードを体感していたアーサーにとってはスローモーションにしか見えていなかったのだ。
――まあいいや、さっさと曲がってしまおう。
アーサーはもう彼らには目もくれず、そそくさと追い抜く。
するとすれ違いの瞬間、若者たちは叫んでいた。
「……のっ……乗ってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
その声に聞き覚えがあったアーサーは、とっさに若者たちを見やる。
ジャンガリアンとダンゾは驚愕のあまり、口をあんぐりと開けた表情のままコースアウト。
死のコーナーの外側にある木製のガードレールを突き破り、崖に放り出されていた。
「あぶないっ!」
アーサーはとっさに彼らに向けて『チェーンショット』を放とうとする。
しかしこのスキルは、スキルポイントが1につき1本のチェーンしか放つことができない。
アーサーは木に巻き付けていたチェーンを離すと、ドリフトをキメながらコーナーのギリギリを突く。
そして祈るような気持ちで、チェーンを再び撃ち放った。
……シュバッ!
ふたりまとめて巻き付いてくれればよかったのだが……。
チェーンはダンゾの身体だけを捉え、騎乗していた獣ごとグルグル巻きにする。
ジャンガリアンは絶望の表情をさらに色濃くし、そのまま崖下に向かって転落していった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小一時間後、アーサーは峠のスタート地点に戻っていた。
チェーンショットのおかげでダンゾとブルホーンは無傷で助かった。
崖下に落ちたジャンガリアンは木の枝がクッションになってたいした衝撃もなく下の道に落ちた。
しかし上から降ってきたGDに押しつぶされ、ムギュッと大怪我を負う。
仲間たちの手によって救出され、タンカに乗せられて戻ってきたジャンガリアン。
アーサーを見るなり、彼は寝たきりの姿で拳を振り上げていた。
「おい、アーサーっ! なんで使用人のお前がこんな所にいるんだよっ!?」
「そういうジャンガリアンこそ、今日はギルドで冒険者デビューしてるはずじゃなかったのかよ」
「俺はオヤジの言いなりにはならねぇ! 冒険者よりも、走り屋になるんだ!」
「だからこんな所でムハスターに乗ってたのか」
「キャーッ! アーサー様ぁ! まさか自転車に乗れるお方がおられるだなんて!
どうぞ、プパリカを召し上がってぇ!」
「お、おいプパリカ!? お前は俺の女じゃなかったのかよ!?」
「なによジャンガリアン。アンタさっきまで、走り屋に女はいらねぇんだ、って言ってたクセに」
「そ、それはそのほうが女にモテるかと……あ、いや、とにかくお前は俺の女だろ!」
「えーっ、それはないわー。だってジャンガリアンってば最初のコーナーでクラッシュしたじゃん! ダサっ!
それに比べてアーサー様はすごいわ! 自転車ってあんなにスピードが出る乗り物だったのね!
風でスカートをめくりあげられたとき、思わずキュンってなっちゃった!」
「そ、そんな、プパリカ……! 俺を捨てないでくれよぉ!」
「うっとぉしいわねぇ、そういう女々しい男は大っ嫌いなのよ! しっしっ!」
「よくわからんが、女の足にすがりつけるだけの元気があるようだったらもう大丈夫だな。
それじゃ、俺はもう行くよ」
「なんだとアーサー!? 行くってどこに!?
お前はうちの使用人だろう!?」
「ユーサーにクビにされちまったんだ。
行き先は話しあいながら決めるさ。風と、自転車とな」
アーサーの一言に、ひれ伏していた走り屋連中は思わず、「カッコイイ……」と漏らしてしまう。
「か、神の乗り物である自転車を、コイツ呼ばわりなんて……」
「それも、伝説の聖輪『エクスキャリバー』を……」
「ううっ、俺たちは自転車に乗りたくて、でも乗れないから、しかたなく走り屋になったってのに……」
「しかも俺たちのなかでも最速の、ダンゾとジャンガリアンを軽くブチ抜くだなんて……」
「おおっ、神よ……!」
走り屋きどりの若者たちは、世界最速の存在を前に、ハラハラと涙する。
「じゃあな」と走り去るアーサーを、立ち上がって見送った。
「アーサー様は、俺たち走り屋すべての希望の星です!
走り屋最速の称号である『ゲイル・ア・モーメント』はあなた様にこそふさわしい!
アーサー様! ばんざーいっ! ばんざーいっ!」
その場にいるすべての若者たちが、アーサーに心酔していた。
ただ、ひとりを除いては。
――くそっ! なぜだ!? なぜなんだっ!?
『オヤジからの勘当』『風任せの旅』、『仲間たちの尊敬』『プパリカのハート』……。
そして『自転車』に『最速の称号』……。
なんで使用人だったアーサーが、俺が欲くてたまらないものをぜんぶ持ってるんだっ!?
それは元々、俺のものになるはずだったのに!
だが、俺は負けねぇ!
俺の光の道の前に立ち塞がるヤツは、ぜんぶブチ抜いてやるっ!
お前もそうだろう、GDっ!?
あの自転車に追いつきたくて、ウズウズしてるよなぁ!?
見ると、GDは木の実で頬袋をいっぱいにするのに夢中なようで、それどころではないようだった。