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07 なにもしてないのに改心

 聖女と山賊たちの視線は、小高い丘の上で停車したアーサーに釘付けになっていた。


 アーサーはドリフトで停車していたので、街道には隕石が転がり落ちたような軌跡が残っている。

 彼が跨がっている白い車体は、あらたなる夜明けを継げる朝日のような光を放っていた。


 もうもうとあがる土煙、はぁはぁと荒く息をするアーサーの身体からは、湯気がたちのぼる。

 その姿はまさに、天から降臨せし者のような神々しさであった……!


 聖女と山賊たちはすっかり言葉を失っていたが、


「はっ……はあああっ!? ままっ、まさかまさかまさか、自転車に乗れるヤツ……いや、お方がいるだなんて!

 かみさまっ、かみさまぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」


 山賊のボスが真っ先にひれ伏し、頭をガンガン地面に打ち付けはじめた。

 赤く腫れあがった額で、おいおいと泣く。


「おおっ、俺はガキの頃から自転車に乗るのが夢だったんだ!

 普通のヤツなら小学校にあがるまでにあきらめる夢だが、俺はあきらめきれずに、ずっと練習してたんだ!

 親や先生から注意されても、まわりからバカにされても、どうしてもあきらめきれなかった!

 そしたら落ちこぼれになっちまって、グレて盗みを働くようになっちまったんだ!

 誰も自転車には乗れないと思ってた! だから神様もいやしないんだって思ってた!

 でも、でも……神様はいた! いま俺の前に来てくれたんだ!

 なのに、なのにっ!

 あああっ、俺はなんてことをしちまったんだぁ! うわぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」


 アーサーは拍子抜けする。

 てっきりゴブリンのときのように戦闘になるかと思っていたら、相手は武器を投げ捨ててあっさり降伏した。


 盗賊たちは泣きながら、お互いの身体を縛り合っている。


「うっ、うっ、うううっ……神様は、神様はいたんだ……」


「俺、目が覚めたよ……罪を償おう……。これからは、まっとうに生きるんだ……」


「俺もだ。刑期が開けたら、みんなでドブさらいでもなんでもやって、やりなおそうぜ……」


「ああ、神様は俺たちのために教えてくれたんだ。『自転車に乗れる』って……」


「やる気になれば、なんだってできる……それに、いつだってやりなおせるんだ……」


 盗賊たちはお互いを縄で数珠繋ぎにすると、聖女たちに一礼する。


「聖女様、俺たちはこれから王都で自首してくるよ。

 神様はいないなんて言って悪かったな」


 そして、丘の上に向かってもう一度膝を折ると、


「神様、ありがとうございました! 俺たちに『自転車に乗れる』って教えてくださって!」


「俺たちは心を入れ替えて真っ当になります! 神様のことは一生忘れません!」


「よーし、野郎ども、行くぞっ! 俺たちは生まれ変わるんだ!

 聖女様からもらった石鹸で身体を洗って、身も心も綺麗になって神様に仕えようぜ!」


「おおーっ!」


 彼らは晴々とした表情で立ち上がり、王都に向かって走り去っていった。


 あまりの変わりようにアーサーはポカンとしてしまったが、気を取り直して聖女たちの元へと向かう。

 すると聖女たちは居住まいを正し、ただちにしゃがみこんで祈りのポーズを取る。


「ああっ、まさか神様が本当にわたくしたちの前にお越しくださるだなんて!」


 聖女たちは感涙の涙を流す。

 彼女たちのリーダーに向かって、アーサーは声をかけた。


「セフォン、俺だよ」


 呼びかけられた少女は「えっ?」と顔をあげる。


「どうして、わたくしの名前を……あっ!? あなたは、アーサーちゃん!?」


 セフォンは王都にある聖堂で働いている聖女である。

 聖女らしい慎みと慈悲深さにあふれる人物で、使用人であるアーサーにもやさしくしてくれた。


 アーサーにとってはお姉さん的存在で、初恋の相手でもある。

 セフォンは弟のようにかわいがっていた少年が見違えるようになっていたので、すっかり冷静さを失っていた。


「あっ、ああっ、なんということでしょう!

 まさかアーサーちゃん……いいえ、アーサー様が『自転車に乗れる』だなんて!

 そうとは知らず、わたくしはなんという失礼なことを! 今までのご無礼、ひらにお許しください!」


「許すだなんてそんな。

 それにアーサー様はやめてくれよ、いつもどおりアーサーちゃんでいいよ」


「いいえ、そういうわけにはまいりません!

 わたくしたち『自転車教』にとって、『自転車に乗れる』アーサー様は神様なのですから!」


 『自転車教』。最大の信者数を誇る、世界標準の宗教である。

 自転車を、神が宿ったご本尊として崇拝する。


 自転車を信じて清く生きた者は、死後に自転車に乗った神様が迎えに来てくれて、ふたり乗りで天国につれて行ってくれると信じている。

 逆に自転車を信じず人の道に外れた生き方をした者は、死後に地獄に引きずり込まれ、スポークで滅多刺しにされ、チェーンで首を絞められ、自転車で引きずり回されると信じていた。


 セフォンはいつも、穏やかな湖のような瞳でアーサーを見る。

 しかし今は違っていて、太陽の光を受けた湖面のようにキラキラと輝いた目でアーサーを見つめていた。


「わたくしたち『自転車教』のクレイン王国支部は、本日より『アーサー教』に改名いたします。

 そしてアーサー様のために、この身を捧げさせていただきます」


 ……ピコーン!



『緊急事態の解決と、信者の獲得によりレベルが2アップしました!』



 憧れの人に崇拝されるのは嬉しかった。

 しかしその変わりように、アーサーは一抹の寂しさを覚える。


「まあ、好きにしてくれ。それじゃ、俺はもう行くよ。

 これから旅に出るところだったから、ついでに挨拶できてよかった」


「えっ、ご行脚に!? そういうことでしたら、わたくしたちもお供させていただきます!」


「いや、いいよ。俺はひとり旅をするつもりなんだ。じゃあな」


「そんな、お待ちください!」


「危ないから、離れてろ!」


 一斉に立ち上がってすがろうとする聖女たちをアーサーは一喝。

 片脚を軸にして、その場で自転車の方向転換をした。


 ……ズシャァァァァッ!


 すると、いままで感じたことのない不思議な風が巻き起こる。

 それは春風のようにやさしくてあたたかく、そして神秘的であった。


 次の瞬間、アーサーは信じられない光景を目の当たりにする。


 ……ふわっ。


 アーサーを取り囲むようにいた聖女たちのローブのスカートが、いたずらな風に舞い上げられ……。

 お揃いの純白の下着が、これでもかと……!


 しかし少女たちは誰も、めくれあがったスカートを押えようとしない。

 まるで地下鉄の通気口の上に立ったセクシー女優のように、さるがままとなっていた。


 なぜならば、彼女たちはそれどころではなかったからだ。

 身体をくすぐる『神風』があまりにも甘美だったので、少女たちはすっかりとろけていた。


「こ、これが、自転車の風……」


「自転車が起こす風を受けるのは、我ら聖女の永遠の憧れでした……」


「ま、まるで神様の腕に抱かれているみたい……」


「すっ、すごい、抱擁力……」


「ああっ、神よ……!」


 とうとう聖女たちは立っていられなくなり、次々と腰砕けになる。

 初めての感覚に、誰もが恍惚とした表情を浮かべていた。


 ……ピコーン!



『神風を発生させたことにより、レベルが1アップしました!』

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― 新着の感想 ―
[良い点] なにもしてないのに改心! 珍しいパターンですね!(笑) そして まさに神風!(ニヤリ) 今後も是非 神風を起こしまくってください!(期待) むしろ喜ばれてるみたいですしね!(ニヤリ)
[良い点] 戦わずして改心させる、正に神の御業。 レベルアップしていったらモードチェンジとかするのかなぁ。 [一言] 神風……ずいぶん昔の学園忍者マンガの主人公が得意としていましたねぇ(遠い目)
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