05 自転車無双
アーサーに向かって土下座するポメラ。
彼女はいくら王位継承順位が低いとはいえ、この国の王女である。
それが一介の使用人、いや今は無職の少年にひれ伏すなどとはありえない話であった。
パッと顔をあげたポメラの顔は土にまみれ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「アンタはいつでも手に入る存在だと思ってた!
でもまさか、『自転車に乗れる』だなんて!
城下町のみんなは、もうアンタの噂でもちきりなのよ!
そしたら急に、手の届かない存在に思えてきて……。
アタシを置いていなくならないで! 連れてって、連れてってよぉ!
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
恥も外聞もなく泣き叫ぶポメラ。
王女という地位をかなぐり捨て、幼子のように泣きじゃくっている。
その姿を天上のごとき高み、すなわち車上から見下ろしていたアーサーはこう賜う。
「お前もやっぱり『自転車』か」
「えっ?」
「俺が『自転車に乗れる』とわかった途端、態度を変えやがって……。
お前が欲しいのは俺じゃなくて、『自転車に乗れる』というスキルなんだろ?」
「ちっ、違うわ! アンタが『自転車に乗れる』のはたしかにビックリしたけど……。
自転車がなくてもアンタへの気持ちは変わらないわ!」
……ピコーン!
ふと、エクスキャリバーのハンドルのあたりから音が聞こえた。
この世界に長いあいだ存在していなかったその奇妙な旋律に、アーサーは思わず視線を奪われる。
それは石板が発している音だった。
さらに石板には、絵が浮かび上がっている。
絵はどうやらこのあたり一帯の地図のようで、驚くほどカラフルで見やすかった。
現在地である高台を中心として、すこし離れた場所にある村に「!」マークが付いている。
地図の下には文字がスクロールしていて、
『緊急事態発生! マチカの村がモンスターの襲撃にあっている!』
アーサーは地図の表現力の高さに驚いていたが、この警告表示には「なにっ!?」と声を荒げる。
そして反射的に、ペダルを踏み込んでいた。
……バウンッ!
高台からジャンプし、道なき段差を駆け下りていく。
背後からは、絶叫が追いすがる。
「まっ、待ちなさいよぉーっ!
アタシがここまで頼んでるのに、無視するだなんて!
ゆ、許せないっ! 王女であるアタシにこんな態度を取ったのは、アンタが初めてよっ!
見てらっしゃい! アタシはなにがなんでも、アンタを手に入れてみせるんだからーっ!!」
アーサーは困惑していた。
今まで自分を拒絶し、虐げられてきた者たちの変わりように。
そしてその激変から逃げ出すように、ペダルを漕いでいた。
普段であればモンスターの襲撃があってもひとりでは向かうことはないのだが、今は違った。
とにかく力がみなぎってくるのだ。
銀輪の回転にあわせ、自分の血のめぐりが加速するかのように。
いろいろな感情がないまぜになって、いてもたってもいられない感覚に変わる。
それこそが、いまのアーサーの原動力であった。
王都の近くにある村へは、ほんの数分でたどり着いた。
山から下りて来たのであろうゴブリンたちが、ショートソードや棍棒片手に村を襲っている。
アーサーはゴールアーチのように村の門をくぐると、近くにいたゴブリンに猛然と体当たりした。
ゴブリンはゴシャッ! となにかが砕けるような鈍い音とともに吹っ飛んで地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
アーサーとしては『ロードキル』のスキルを試したつもりだった。
ゴブリン程度なら即死させられるほどの威力があるらしい。
ゴブリンが手放したショートソードが宙を舞う。
アーサーはそれをキャッチすると、ゴブリンの群れに自転車ごと躍り込んでいった。
ゴブリンたちと戦っていた村人たちは、思わず武器を落としてしまうほどに仰天する。
「……のっ……乗ってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
アーサーは村の中を縦横無尽に駆けめぐり、ゴブリンたちを葬っていく。
自転車に乗っての戦闘は初めてだったが、それによるぎこちなさは全くない。
アーサーはもともと冒険者として剣術の心得がある。
それに加えて『ブレイドダンス』のスキルが補助してくれているのか、まるで手練れの武将のように付け入るスキを与えない。
まさに人馬一体の活躍であった。
ゴブリンの群れを駆け抜け、弾き飛ばす。
剣を左右に薙ぎ払い、首を掻き斬る。
もはやどちらが襲撃した側なのかわらなくなるほどの一方的な戦い。
ゴブリンたちはあっという間にその数を減らし、巣のある山へと退散していった。
……ズシャアッ!
ドリフトで停車したアーサーは、「ふぅ」とともに戦いの汗を拭う。
これほどの数のゴブリンと戦って勝ったのは初めてだった。
かなりの快挙であるが、今のアーサーにとっては小事にすぎない。
驚きはしたものの、今朝からありえないことの連続だったので、もはや表情に出ることもなかった。
ハンドルにある石板には、
『戦闘と、緊急事態の解決によりレベルが2アップしました!』
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アーサー レベル4 (残スキルポイント2)
サイクルアーツ
1 ブレイドダンス
1 ロードキル
カスタマイズ
New! 0 ギアチェンジ
スペシャル
New! 0 ゴッドブレスユー
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「走行距離だけじゃなく、緊急事態の解決や戦闘でもエクスキャリバーはレベルアップするのか」
アーサーは息を整えながら、スキルを眺める。
すると、『カスタマイズ』と『スペシャル』というスキルツリーが増えていて、そこに『ギアチェンジ』と『ゴッドブレスユー』というスキルを見つけた。
ちょうどスキルポイントが2ポイントあるので、さっそく1ポイントずつ振ってみると、
『ギアチェンジ』
ギアチェンジによる変速ができるようになる。
『ゴッドブレスユー』
一定確率で神風を起こす。
「変速? 神風? なんだそりゃ?」
「おお、神よ……!」
ふと気付くと、周囲には村人たちがひれ伏していた。
「今日という『自転車の日』に、まさか本当に自転車に乗った神が起こしくださるとは!
しかも村をゴブリンたちの手から救っていただき、本当にありがとうございます!」