02 それは神人
それは、この世界において、誰もが憧れ、誰もが夢見たことであった。
『大空を飛ぶ』と等しいほどの、人間にとっての永遠なる想い。
そう、『自転車に乗る』っ……!
「……のっ……乗ってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
その衝撃のあまり、祭壇の下にいた観衆たちはドミノ倒しのようにバタバタと倒れていた。
自転車に乗ったアーサーは生まれたての子鹿のようにフラついている。
自分でやったことなのに、信じられないようにつぶやいていた。
「お……俺が、自転車に『乗った』……!? まさかこれが、俺のスキル……!?」
アーサーの頭の中にあった、SSSスキル。
わかっているのはランクのみで、スキル名にはずっとモヤがかかっていたのだが、それがついに判明した。
『自転車に乗れる』っ……!
その瞬間をもっとも近くで目の当たりにしていたユーサーは、開ききった瞳孔のままこう叫んだ。
「か……神よ……!」
そこにあったのは落ちこぼれの我が子などではない。
強靱で、美麗で、荘厳なる、神人……!
彼はしわがれた手を震わせながら、夢にまで見たそれに触れようとした。
しかしそれは再びするりとすり抜けていく。
アーサーが自転車をひと漕ぎし、前に進んだからだ。
その推進力に、アーサーは高揚する。
さらにひと漕ぎ、もうひと漕ぎして、
「いーやっほぉーーーーーーーーーーっ!!」
……バウンッ!
祭壇から大きくジャンプ。
広場に芝生に着地すると、彼は振り返って叫んだ。
「あばよ、オヤジ! いや、もう親でも子でもなかったよな! あばよ、ユーサーっ!」
「ま、待て、アーサーっ! い、いや、我が息子よ!」
親子の縁を吹っ切ったアーサーと、慌てて親子の縁を繋ぎ止めようとするユーサー。
しかしアーサーはそれすらもブッちぎるように走り出していた。
腰が抜けたままのユーサーは、這いつくばって追いすがる。
しかしもう手の届く所に息子はいない。
ユーサーはステージの下で控えていた使用人たちを怒鳴りつけた。
「なにをしている! お、追え! 追うのだ! アーサー様を我が一族の主としてお迎えしろ!
そうすれば、この国は……いや、この世は我がペンドラゴン一族のものとなるのだ!」
この時すでにアーサーは城下町を爆走していた。
まさに旋風が通り過ぎていくかのようなその速さに、街は大パニック。
「うわあああっ!? あっ、あれは!?」
「自転車だ! 自転車に乗ってるヤツがいるぞっ!?」
「す、すげえっ!? 自転車って乗れるんだ!?」
「な、なんて神々しいお姿なの!? それに……」
「はっ、はぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!?!?」
今日は祭りのため大通りは人で埋め尽くされていたが、自転車が来たとわかるや誰もが道をあける。
海割りの奇跡のような人垣のなかを、アーサーは邁進していた。
鍛え上げられた脚でひと漕ぎするたびに、自転車はぐんぐん加速する。
まるで自分がエンジンになったような感覚に、アーサーはすっかり興奮していた。
「す……すげえすげえすげえっ!? 自転車すげぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!」
ふと、神殿のような建物の前を通りかかる。
この建物はAランクライダー専門の『冒険者ギルド』。
Aランクのスキルを有し、さらにライダーとう特権中の特権階級だけが所属できる、最高ランクのギルドである。
たしか今日は一族の兄弟たちがギルド登録し、正式に冒険者デビューを果たす日だった。
アーサーはハンドルを切り、自転車のまま階段を駆け上がる。
神殿の中に突っ込んでいくと、ギルドではステータスオープンの儀式の真っ最中であった。
いままで主人としてアーサーをこき使っていた兄弟たちは、カンガルードラゴンという一族に伝わる小さな竜にまたがっている。
今日の冒険者デビューのために新調した派手な装備をまわりに見せびらかすようにして、受付カウンターに列を作っていた。
彼らはライダーとして名高いペンドラゴン一族の子息。
いわゆるボンボンなので、受付嬢に対して横柄な態度を取っていた。
「おい、さっさとしろよ、このメスブタが!」
「俺たちはさっさと登録して、冒険に行きてぇんだよ!」
「ペンドラゴン一族のみなさん、本当にすいませんね。うちの受付嬢はノロマばっかりで……おい、さっさとせんか!」
ギルドの支配人も兄弟たちにはへーこらしており、いっしょになって受付嬢を罵倒していた。
……シャーッ!
しかし軽快なる銀輪の音色とともに乱入してきた人物を目にした途端、誰もがひっくり返るほどに驚く。
「……のっ……乗ってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「あ、アイツは使用人のアーサーじゃないか!?」
「なんでアーサーなんかが自転車に乗ってるんだ!?」
「Aランクのライダーである俺たちですら、いくらやっても乗れなかったのに!?」
アーサーは兄弟たちの前でドリフトしながら止まる。
さすが『自転車に乗れる』スキルがあるだけあって、もうすっかり乗りこなしていた。
「俺も、ギルドに登録させてくれ。この通り、乗り物もある」
アーサーは今日の仕事が終わったら、冒険者ギルドに登録をするつもりでいた。
しかしそれは下級冒険者ギルドに過ぎず、ライダーという一流での登録こそが、彼の幼少の頃からの憧れであった。
ギルドの支配人が揉み手をしながら近づいてくる。
「も、もちろんですとも! 自転車に乗られているほどの偉大なるお方でしたら大歓迎です!
さぁ、お前たちはみんなどくんだ! お前たちのような凡庸ライダーは後回し後回し!」
支配人は急に手のひらを返し、列に並んでいた兄弟たちを野良犬のように追い払う。
兄弟たちは不服そうであったが、自転車に乗っている者には逆らえないと、しぶしぶ列を明け渡す。
通常、ライダーというのは何事も騎乗したまま物事をこなす。
アーサーも自転車に乗ったまま受付カウンターに向かうと、応対をしてくれた小柄な受付嬢はガチガチに緊張していた。
「はっ、ははっ、はじめまして! ジョーともうしますっす!
まっ、ままっ、まさか、自転車に乗られている方の、ギルド登録ができるだなんて!
ぼっ、ぼぼぼっ、ボク、嬉しすぎて死んじゃいそうっす!
ちっ、小さい頃の夢は、自転車に乗れる方のお嫁さんになることでしたっす!
すっ、好きな食べ物は蒸しパンっす!」
「まあ落ち着けって、これで少しは緊張がほぐれるだろう」
アーサーが受付嬢の手を取ると、受付嬢はショックのあまり泡を吹いてブッ倒れてしまった。
「か、神様に、手を握ってもらっちゃったっす……し、しあわせ……」
と目を回す彼女は奥に運び込まれてしまい、かわりに別の受付嬢が応対する。
しかしアーサーはこのあとも次々と受付嬢を失神させてしまい、とうとうギルド内にいたスタッフを全滅させてしまう。
結局、最初に応対してくれた受付嬢が回復してようやく、ステータスオープンの手続きまでこぎつけた。