01 自転車に乗れる
このお話は自転車をモチーフにしたお話だけに、『スピード感』をモットーとしております。
そのため、ありがちな前フリは箇条書きで一気に説明させていただくことにしました。
スキルについて
・この世界ではひとりにひとつ、持って生まれたスキルというのがある
・子供が生まれるとすぐにスキルの鑑定がなされる
その鑑定においては、スキルの強さを示すA~Cのランクのみが判明する
・鑑定結果においてAが出た子供は将来有望とされ、Bは普通、Cは落ちこぼれとされる
・与えられたスキルがどんなものなのかは、生きていくうちに自分の力で気付くしかない
ライダーについて
・この世界には『ライダー』と呼ばれる獣に騎乗して戦う者たちがいる
・『ライダー』にまつわるスキルを持つ者は戦闘能力が高いとされ、特権階級のひとつとされている
主人公について
・このお話の主人公のアーサーは、小竜を専門に騎乗する貴族『ペンドラゴン』一族に生まれた
・ペンドラゴン一族はAランクのスキルだけを持つ優秀な者たちだけで構成されている
・しかしアーサーだけはスキル鑑定にておいて、SSSという今までにないランクと判定される
・そのためアーサーはCランク以上の落ちこぼれだと判断され、一族から廃嫡された後に使用人としての人生を送っていた
・アーサーは一族の使用人だけでなく、兄弟たちの冒険に荷物持ちとして付き添っていた
・兄弟はたちは日常的に獣に騎乗していたが、アーサーだけは歩きだったので脚力が鍛えられていた
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
このお話は、アーサーが16歳となった5月5日から始まる。
その日は『自転車の日』とされ、アーサーのいるクレイン王国の王都はどこもお祭り騒ぎであった。
しかし最底辺の使用人であるアーサーには浮かれているヒマなどない。
歌えや踊れの大騒ぎをしている城下町の者たちを横目に、今日も自分の体格以上もある荷物を背負って運んでいた。
アーサーが『聖輪の広場』の前を通りかかると、彼の父親であるユーサーが祭壇の上に立ち民衆を相手に演説をしているのが目に入った。
「今日は、『自転車』が初めて発掘された記念すべき日!
賢者たちの長年の研究において、『自転車』というものは乗り物だということが判明したのは、皆も知ってのとおりだろう!
それから我々は、この『自転車』に乗るべく多くの者たちとともに挑戦を行なった!
しかし結果は言うまでもなく、誰ひとりとして乗ることができなかった!
歴史が出した答えは、そう!
『自転車は神の乗り物』であるという、絶対的な結論!
やはりこの地には、かつて神々が住まわれていたのだ!
神々は『自転車』を遺物とすることで、我々にご自身の存在を示されていたのだ!
いまのお前たちがあるのは、この『自転車』があるからこそだ、と!
『自転車』を神の依り代として永遠に崇めよ、と!」
この世界では誰もが『自転車』を神格視していた。
家には『自転車』をかたどったミニチュアがあり、毎日祈りを捧げる。
週末は家族揃って、本物の『自転車』が飾ってある聖堂に礼拝に行く。
子供が生まれると、『自転車』に跨がらせるという儀式を行なった。
こうすることにより、無病息災が宿ると信じられていたから。
さらに、ある者は自らの力の象徴として、またある者はその造型の美しさに魅了され、蒐集を行なっていた。
乗ることはできないものの、『自転車』を多く所有する者こそが神に近づけると信じられていた。
そう……。
この世界において、『自転車』というのは何よりも偉大なるものであったのだ。
ユーサーは祭壇の上にある『自転車』に、うやうやしく跪いた。
民衆たちもそのあとに続いて膝を折る。
「この純白の『自転車』は、『エクスキャリバー』!
この『エクスキャリバー』に乗れる者こそが、神々の代行者となり世界を統べるという!
まさに伝説の聖輪にふさわしい、神々しい『自転車』である!」
ユーサーは再び立ち上がると、両手を広げて観衆に向かって叫んだ。
「さぁ、この『自転車』に乗ってみようという勇気ある若者はおらぬか!
もし乗ることができたら、我がペンドラゴン一族に迎えよう!
我ら一族とともに、この世界に絶対なる平和をもたらそうではないか!」
しかし誰ひとりとして名乗りを上げる者はいなかった。
当然である。この世界の人間はみな、幼い頃に『自転車』に乗ることを夢見る。
しかし何度挑戦しても乗れるようにならないので、みなあきらめてしまうのだ。
『人は不可能という言葉を自転車で知る』
『人は憧れという言葉を自転車で知る』
こんな格言が生まれるほどに、『自転車』はすべての人間にとっての最初の挫折であり、また最初の憧憬であった。
そのため、ユーサーは若者たちが『エクスキャリバー』に挑戦しないことに対して失望しなかった。
そもそも、誰も名乗りをあげないことをわかっていての言葉、いわばパフォーマンスに過ぎなかったのだ。
ユーサーは天を仰ぐ。
「おお! 神が降臨なされた! 『自転車』にお乗りになるために!
やはり『自転車』は人間風情には乗ることのできない、神聖なる乗り物だったのだ!
我ら人間がこうして身の程をわきまえているからこそ、今日という日に神々が降りてきてくださるのだ!」
いもしない神に向かって、再び跪くユーサー。
この時ばかりは観衆だけでなく、広場の前を通りかかっていた者たち、露店を営んでいる者たちまでもが膝を折る。
しかしアーサーだけは立ち尽くしていた。
いつもであれば自分には無縁であると、足早に通り過ぎる父の演説に、なぜか足を止めていた。
なぜならば、声を聴いていたからだ。
我が、声を……!
『お前が、我が主か……! さぁ、我に「跨がれ」……! なるのだ、「サイクラー」に……!』
アーサーの身体はひとりでに動く。
人生の枷のようだった背中の荷物を降ろすと、跪く人混みの中を乗り越えて祭壇へと向かう。
突如として祭壇をあがってきた不心得者に、ユーサーは怒りを露わにした。
「無礼者! いまは『自転車』を讃える祭典の真っ最中であるぞ!
……なんだ、貴様は我がペンドラゴン家の使用人ではないか!」
アーサーは怒鳴られても怯むことなく、『エクスキャリバー』に跨がった。
「貴様、なにをしている!?
倒れて無様な姿を晒す前に、いますぐ降りろ!
降りろというのが聞こえないのか! 貴様はクビだ! どこへなりとも行くがいい!」
ガッ! とアーサーの肩を掴むユーサー。
「貴様はその歳になってまで、まだわからんのか!
『自転車』は乗り物ではない! 『崇める』ものなのだ!
だいいち、我ら一族ですら無理だったものを、貴様のような落ちこぼれが乗れるわけが……!」
次の瞬間、ユーサーの掴んでいた肩が、手からすり抜けていく。
何が起こったのかわからなかったが、まるで魂に突き動かされるように叫んでいた。
「……のっ……乗ってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
自転車が発明された当初、誰も乗れなかったんじゃないかと思ってこのお話を書きました。