一話 「転移」
「……兄さん」
「あ……」
声がして、唐突に目を覚ます。
なんだか頭が痛い。
「大丈夫? 兄さん」
「……立花?」
目を開くと、妹が覗き込むように、こちらを見ている。
俺は眠っていたらしい。
「良かった。起きた」
ほっとしたような顔で、妹はそう言った。
「おはよ」
「おはよう、兄さん」
(何で俺の部屋に……?)
そう思いながら起き上がり、まわりを見回す。
「…………は?」
辺り一面、木。
森の中だった。
近くから、小鳥の鳴き声が聞こえる。
「……なんで、森?」
状況が理解できないまま、妹に聞く。
「それが私もさっき起きて、良く分からなくて……」
立花もきょろきょろと辺りを見回している。
近くに、人の気配は無い。
「……ちょっと歩いてみるか」
「うん」
妹と手を繋いで歩き出す。
幸い、昼間なので森は明るい。
(何が起きて……?)
俺は部屋で寝ていたはずだが。
とりあえず、森を探索してみる。
何か分かるかもしれない。
「動物とかも見当たらないな。意外と山奥じゃないのか?」
「そう、だね」
違和感がして立花を見る。
「大丈夫か、立花」
「う、うん」
うなずきながら笑う。
が、作り笑いだろう。握った手が震えている。
(まだ12歳だもんな)
部屋で寝ていたと思ったら、目覚めたら森の中。そりゃ怖いだろう。
正直、俺も少し怖い。
「なあ立花。俺達夢でも見てんのかな」
「夢……?」
立花は不思議そうにこっちを見る。
「ああ。朝起きたら森の中なんてありえないだろ? 多分これは夢だよ」
「そうかな……」
まだ不安そうだ。
まあぶっちゃけ、感覚がはっきりしてるので、夢ではないだろう。
(でも、安心させなきゃ)
「だから、心配しなくて大丈夫だって。ほら、笑え笑え」
少しおどけた口調で言いながら、立花の両脇をくすぐる。
「わ、アハハ、に、兄さん、ハ、ちょっと、ハハ」
「ハハハ」
立花を笑わせながら、冷静に考える。
少し歩いてみたが、建物は無い。高低差がほぼないので、山ではなさそうだ。
それに、
(なんだこの木……)
見たことがない木だ。でかすぎる。
テレビでしか見たことが無い、原生林のようだ。
木々の根っこのせいで、かなり歩きにくい。
(日本ではない? いや、まさか)
でも、日本にこんな場所あるんだろうか。
あったとしても、家の近くとは思えない。
ふと、音がした。
ガサガサ、と。
立花が笑顔のまま硬直する。
嫌な予感がしながら、音のする方へ振り返る。
そこに、異形がいた。
狼のような、猪のような、虎のような。
どうみても、肉食の獣。
「あ……え…………」
立花が固まっている。
「────走るぞ」
立花を抱きかかえ、全速力で走り出す。
あれは何。何故ここに。何をしている。
疑問はいくつもあるが、とりあえず逃げるしかない。
後ろを振り向く間も無く走る。
だが、やはり、
(追ってきている……!)
速い。
このままでは追いつかれる。
(どうにか、立花だけでも……)
しかし、手が無い。
そして、
「────なっ、あ!」
木の根に躓いて、転んでしまった。
「が、は……」
抱えていた立花が、地面に投げ出される。
「りっ、かぁ、は、走れ……!」
「兄さん……!」
立花が駆け寄ってくる。
(だめだ、立花!)
まずい。
このままでは、二人そろって、
(食われる……!)
その時。
前方から、一本の矢が飛んできて、怪物の目に突き刺さった。




