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俺と駄犬

「春義!おきなさい!」


 声とともに布団がもぎ取られ、一気に冷たい空気に体が晒される。


「寒い!」

「寒い?まだ夏が終わったばかりでしょ?何言っているのよ!」


 布団を片手に仁王立ちしていたのは、姉の伊予子だ。

 化粧をばっちりした顔は、別人としか思えず、女は妖怪だなあと思ってしまう。


「ほら、早く起きて。クロの散歩に行ってよね。今日はあんたの番なんだから」

「なんで俺なんだよ。俺はあの駄犬を飼う事に反対してただろ?」

「駄犬って、あんなに可愛いクロちゃんのことのことをそんな風に言うなんて。あんた朝飯抜きね。母さんに言ってくるから」

「待った、まーた!だ、じゃなかった。クロの散歩行ってくるから」

「よしよし。いい子だね。じゃ、よろしくね。私は今日は早く学校に行かなきゃいけないから」


 姉ちゃんは満足そうに俺の頭をなでるとバイバイと手を振って部屋からいなくなる。

 犬みたいに頭をなでやがって。

 あの駄犬と俺を同じレベルだと思ってるんじゃないか?


 そんな風にイライラしたが、姉に散歩をすると言った手前しかたなく、俺は歯磨きをすると、身支度を整えた。

 階段を降りると、父さんが駄犬を抱きしめ、なにやら話しかけていた。


「父さん、おはよう」

「あ、春義。おはよう。クロが散歩行きたいってごねってるぞ」

「……そう」


 この駄犬め。

 俺は尻尾を可愛らしく振っているクロを睨み付けた。


「ほら、いくぞ」


 首輪をつけたクロに紐をつなぎ、俺は出かける。

 ちょっと歩くと立ち止まり、止まった駄犬にイラついて、引っ張るとうなり声を上げた。


「ああ、うるさいなあ。止まるから悪いんだろう。さっさと散歩終らせて帰りたいんだから」


 俺は駄犬の抗議を無視して、自分のペースで進む。

 すると抵抗しても無駄だと思ったのか、奴は止まることなく俺の前を歩いた。


 クロと呼ばれる駄犬は、シロが死んでから1週間後に見つけた拾い犬だ。

 多分ハスキー犬だと思う。拾い犬なので、本当にそうなのかは知らないが。


 シロというのは、家族で飼っていたラブラドールで、俺が赤ちゃんのころから一緒に暮らしていた犬だ。

 ラブラドール・レトリーバーという種類で、体も大きかった。

 おじいちゃんになってからはどんどん細くなって、最後は老衰だった。

 

 十七年前、俺が生まれる前の年にシロは家にやってきた。

 犬の歳ではおじいちゃんだが、赤ちゃんの時から一緒だから俺にとっては兄弟みたいなもので、シロが亡くなって本当やる気がなくなった。

 家族もそうかと思ったんだけど、割りにみんな元気で、新しい犬を拾ってきやがった。

 拾い犬で可哀想だったからということだけど、俺はこのクロが嫌いだ。

 狼みたいな顔をしていて、生意気そう。

 俺は飼う事に反対したのに、家族は無視して飼う事にしたようだ。拾い犬だから主がいるかもしれないと、SNSとかで探してみたけど、それらしい犬を探している人はいなかった。

 この駄犬は、犬なのに犬ぽくなかった。

 トイレトレーニングをしようとしたら、なぜかトイレトレーではなく、人間のトイレに行きたがる。

 家族はおかしな子といって笑っていたけど、俺には不気味にしか思えなかった。

 飯もドックフードは嫌がり人間の、しかも猫飯っぽい奴じゃなくて、人間と同じ配膳を好んだ。

 姉ちゃんなんかは、「この子は前世が人間かもね」とライトノベルのようなことを言っていた。そんなことあるか。

 どうみても犬だ。

 話すこともできないし。

 

 おかしな駄犬はどんどん家族になじんでいったが、俺はその分このクロが嫌になっていった。シロの場所を奪っていくような気がしたからだ。

 

 シロは俺にとってバディみたいな存在で、いつも寄り添ってくれた。

 こんな気味の悪い犬とは違う。


「こら駄犬!また止まって。ほら行くぞ!」


 俺が声をかけると、クロはまたうなり声をあげた。

 こいつはやっぱり嫌いだ。

 俺以外の奴には可愛いそぶりをみせるのに、俺にはいつもこんな態度だ。

 だから、俺は思いっきり紐をひっぱって前に進む。

 抵抗なんて無駄だ。 

 まだ成犬になっていない駄犬の踏ん張る力は弱い。

 俺は力任せに紐をひっぱり、先を急いだ。


 ふいにやかましいクラクションの音が耳をつんざき、俺は反射的に振り向く。

 物凄い勢いでトラックが迫ってきていた。


「クロ!」


 クロがシロの見えたのか、俺はなぜか駄犬に手を伸ばしていた。


 ――愚か者が!


 駄犬を胸に抱きしめた瞬間、そんな声が聞こえた気がした。

 次の瞬間、衝撃が全身を貫いた。



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