第3章 砂漠の民 その1(舞台:アスタナ)
「慈悲深き女神タマラの子らよ」
カラカラに乾いた喉に鞭打ってありったけの声でベナーは呼びかけた。
彼の眼前には7頭のラクダと3人の男たちの姿があった。
数刻前、地球からアスタナへやって来たベナーが見たのは一面の砂漠地帯だった。
光の先は自分の祖国であるアラヤ王国か、13歳の時から人質として生活したアスタナ帝国の何処かに繋がっていると思ったのだが…
まさか、アラヤ王国とアスタナ帝国を隔てる広大な砂漠地帯に到着するとは思わなかった。
辺りを見渡しても民家らしきものは無かった。
冷静になれ、と自分に言い聞かせた。
必ず道は開けるからと。
それに、砂漠の民は遊牧と交易で生計を立てている者が多く、彼らに出会えればアラヤ王国かアスタナ帝国まで行ける可能性が高い。
闇雲に動かない方がいいだろう。
水筒に入れた水は可能な限り手を付けないようにしよう。
そう考え、目を凝らし人影を探した結果見つけたのが件の男たちだった。
「旅人よ、このような場所でどうされましたか?」
ベナーの呼びかけに一番年かさの男が答えた。
「私の名はベナー。市場に荷物を運ぶ途中、道に迷いラクダにも逃げられました。どうか助けてください」
ベナーの言葉を疑っているのか、年かさの男はそれには答えず、仲間たちと相談を始めてしまった。
数分の後、年かさの男がベナーと目線を合わせるために跪き、
「私の名前はゲオル。向こうの2人は私の兄弟で、今から家に戻るところです。もし貴方が望むなら我が家の客としてお迎えしたい」と言いました。
「ありがとうございます」
ベナーが礼を述べると、ゲオル達は手早くベナーの荷物をラクダに背負わせ一行は出発した。
「あのゲオルさん、質問してもいいですか?」
「もちろんです。それと、私のことはゲオルと呼んでください」
「でも、貴方の方が年上だし、呼び捨てなんてできません」
そう言ったベナーに対し、
「貴方は私たちの客人です。呼び捨てで構いませんよ。それで、質問とはなんですか?」
と聞いてきた。
ベナーは何故ゲオルが呼び捨てにこだわるのか分からなかったものの、それ以上追求する事はしなかった。
代わりに当初の質問に戻り、
「実は市場で商品を売るのは今回が初めてでして、何クリットで売れるのか分からないので、後で一緒に見てもらえないでしょうか?」と聞いた。
その言葉を聞いたゲオルは一瞬奇妙な目でベナーの事を見つめたが、直ぐに
「もちろんです。夕食の後で商品を確認して見ましょう」と言ってくれた。
「あそこに見えるのが私たちの家です。ここで少しお待ちください。私たちの妻に旅人が来た事を伝えに行きますので」
ゲオルがそう言って指差した先にはモンゴルの遊牧民が住むゲルによく似た家があった。
「分かりました」
ベナーが同意すると男たちはラクダを連れて家へと帰って行き、しばらくするとゲオルが迎えに来た。
「お待たせしました。私たちの妻は旅人を歓迎すると言っています。ただ、体調が優れないので姿を見せる事が出来ません。ご容赦ください」
ゲオルの丁寧な言葉にベナーは恐縮しながら、
「こちらこそ突然の訪問にも関わらず、受け入れていただき感謝の言葉しかありません。ありがとうございます」と言った。