第1章 前世の記憶 その1 (舞台:地球)
「ママ、怒らないでね」
シンシア・マークウッドがキッチンでコーヒーを飲んでいると、6歳になる彼女の息子が話しかけてきた。
まだ朝の6時、いつもなら寝ている時間だ。
「どうしたの、ジュニア?」
「あのね」両手をもじもじといじっているジュニアが「オネショしちゃったの…」と消え入りそうな声で言った。
「まあ、大丈夫よ、ジュニア。シャワーを浴びてきなさい。」とシンシアは優しい声で言った。
コクンと頷いてからトボトボとバスルームに向かう我が子を見送りながら、最後にジュニアがオネショをしたのはいつだったかしらとシンシアは考えていた。
あれはジュニアが四歳の誕生日だったわね。
『あのね、僕もうオネショしないよ』
その日の朝オネショをしたことを従兄弟にからかわれたジュニアはバツが悪そうに母シンシアに宣言した。
それから二年余り、彼は一度もオネショをしなかった。
それなのに…理由は分かっている。
2週間前、歩道を歩いていたジュニアと夫のジョンに脇見運転の車が突っ込んだのだ。
ジョンはとっさにジュニアをつき飛ばした。
その為ジュニアはかすり傷程度で済んだ。
しかし、ジョンは両足を骨折して今も入院中だ。
きっと怖い夢でも見たのだろう。
程なくして、ジュニアがシャワーから戻って来たが明らかに気落ちして無言で床を見つめている。
「シャワーを浴びたなら、チョット早いけど朝食にする?それとも、もう少し横になる?」
「布団が濡れちゃったから、もう使えないの」
「大丈夫よ。朝食を食べたらコインランドリーに行きましょう。」
「うん。ソファで横になってもいい?」
「ええ、もちろんよ」
結局いつもより遅めの朝食を食べてから2人はコインランドリーに向かった。
可哀想に、朝のことをまだ引きずっているみたいね。
コインランドリーに併設されたカフェでドリンクを飲みながらシンシアは息子を気遣わしげに見つめた。
「ねえジュニア、今朝の事だけど気に病む事は無いのよ。何かあるならママが話しを聞くわよ」
シンシアの問いにジュニアは何度か話し出そうとした。しかし、その都度口をキュッと閉ざし、話し出しそうになるのを寸での所で堪えていた。
そうね、この話題は一旦お預けね。
シンシアが話題を変えようと考えていると、意を決したジュニアが話し始めた。
「ママあのね…僕、夢を見たの。怖い夢。昔の夢だよ。」
「昔って、孤児院にいた時の事?」
「違うよ。それより前の事。だからね、え〜と、僕がこの世界に来るよりも前の事だよ。
僕はある国の王子さまだったの。でも、怖い怪物に食べられたの。
そしたら光に包まれて、僕の身体が消えて死ぬって思ったの。でも、何かが僕をこっち側に押し出したの。それで、気づいたら僕は赤ちゃんになってて、昔の事を忘れてしまったの。でも、この前交通事故に遭って、その後から昔の事を少しだけ思い出したの」
思いつめた様に話すジュニアにどう声を掛けるべきか分からなかったシンシアは「それは怖い夢を見たのね」と言うのが精一杯だった。