九十七話
「コイツの名前はドーティス。ブルトクレスの母親でオークだってのはわかるだろ」
「ブー」
ブルのお母さんがペコっと頭を下げる。
俺も魔獣兵から降りてブルのお母さんであるドーティスさんの前に立って頭を下げた。
「兎束雪一伍長です。同僚のブルトクレスには何時も助けられております。ブルのお母さん」
そう右手を差し出すと、ブルのお母さんは俺の手を見てから顔を見る。その動作、ブルを思い出すね。
それから可愛らしい手を差し出して握手をしてくれたので左手を添えて何度も振る。
「ブー」
ブルが何処となく渋い顔をしている。一体どうしたと言うのか。
「ドーティスさんでしたっけ。もしかしてここが貴方の住む街なのですか?」
「ブブ」
ドーティスさんは顔を横に振る。
「村で獲れた品を街に持って来てたって所だろ?」
「ブウ」
アサモルトの言葉に頷かれる。
なるほど……行商に来ていたのか、卸し先とか決まっていたのかな?
「色々と話がしたいってのはわかるが、まずは、けが人の手当てとオーク共の死体の処理をしてからで良いのではないか?」
ライラ教官の言う事はもっともだ。
と言う訳で俺達は手分けして街の人たちの救助を行ったのだった。
懸念としてブルとそのお母さんがオークって事で怖がられないのかと思ったけれど……今回襲撃してきたオークとは全然違う種類だったからか、街の人たちも敵対的な様子は無い。
むしろブルのお母さんに感謝している様だ。
「この街の人たちってブル達に理解があるんですか?」
俺の質問に街の人達は頷く。
「あー……まあ、最初は警戒はしたさ。けど付き合いも長くなりゃ悪いオークじゃ無いってわかるもんさ。過去のオーク共の進軍に率先して前に出て戦った戦士でもあるしよ」
アサモルトが言っていたブルの父親が参戦していたって話ね。
「しかも外見も違うしな」
確かに……敵として襲ってきたオークとブル達はオークとは言え、種類が違う。
これなら見分けもつきやすい。
「稀にはぐれオークとかが出て来てもドーティスが仕留めるんでこっちは安心してるんだ」
……それは、良い事なんだろうか?
オークであるブル達にオークを殺させるって……何か、違うんじゃないかと俺は感じてしまう。
「……」
口出しして良い問題ではないのだろう……。
とにかく、そんな街の事情を聞いている内に救助とがれきの撤去は終わった。
こういう時に魔獣兵は便利だ。
ラスティも飛空挺から魔導兵を出してライラ教官とフィリンに預けて救助活動に貢献してくれた。
ちなみにこの魔導兵は藤平が乗っていたラルオンの魔導兵に搭載されていたパーツを使用している。
あのボールみたいなゴーレムをラスティが調べると、まだ使えるとの事で修理してくれたのだ。
で、あのボールみたいなゴーレムは元々ラルオンの魔導兵のコアユニットに藤平が何処からか持ってきた機材を埋め込んでボール状の小型ゴーレムボディを換装した代物であるらしい。
ハッキングして主を藤平に書き換えて従わせていたとか何とか。
一応、魔導兵にも擬似人格が搭載されていて、意思は強くは無いが、ラルオンに自ら従っていた。
藤平にラルオンを殺され、謎の機材で操られていたが、なんとかバルトに情報を送信したとか。
結果として藤平を俺達に倒させる形で悲願が達成され、その後はどうするかと言う所で、ラスティが主人登録を申請し、俺達用の魔導兵として使用する事になった。
俺はバルトがいるので、ライラ教官、フィリンとブルが乗れる様に登録されたらしい。
「ふう……こんな所かな」
救助活動を終え……俺達は街のギルドで厄介になる事にした。
もちろん、救助活動に貢献してくれたブルのお母さんも一緒だ。
ブルのお母さんは料理が出来るのか自発的に厨房に向かい、下ごしらえをしている。
なので、俺も一緒に参加する事にした。
団体食作りはもう慣れた。
ギルド内の倉庫には食料が十分にあるので、厨房の方々と一緒に料理をした。
……もちろん、俺のメイン担当は食後のデザートだったけどさ。
ちなみにドーティスさんは料理が出来るらしく、厨房でも色々と手際よく動いていた。
とても働き者のようだ。
炊き出しの意味もあるので、被害を受けた町人が擬似的にギルド内で宿泊をしている。
出された料理に関して、みんなホッとした様な表情だ。
……出来れば復興の手伝いをしたいのだけど、あまり長居もしては居られない。
非常にもどかしい。
なんて思いつつみんなが集まっている所へと向かう。
賑やかな食事を行い、食後の自由時間となった。
灯りを頼りに思い思いにみんな寛いでいる。
「ドーティスさんも食べました? いっぱい働いたんですからしっかり食べなきゃダメですよ」
俺はまだ残っているデザートをブルのお母さんに勧める。
「ブー」
大丈夫とばかりにブルのお母さんは頷いている。
それなら良いのだけどさ。
「ブ!」
で、ブルが食後の腕立て伏せ等の鍛錬をし始めると、ドーティスさんも合わせて腕立てを始めた。
ああ、やっぱり家訓と言うか実家の風習だったんだ!
俺も合わせて腕立てや腹筋をして手伝いをする。
「いっち・にー! いっち・にー!」
「ブー!」
「ブー!」
おお……ブルが増えたみたいな良い状況。
楽しくなってきた!
「ギャウ」
バルトが俺に引っ付いたまま抗議の声を上げているけど気にしなーい!
「ユキカズさんが凄く楽しげに二人に混ざっていますね」
「兵士として模範的な自主鍛錬ではあるが、アイツらはなんか異様だと私は最近、感じ始めている。何がおかしいのだろうな?」
「訓練ではなく、好きでやっていると言う所じゃないでしょうか?」
「なるほど……」
「くく……」
なんかアサモルトがずーっと俺とブル達を見て笑いを堪えているのだけど、何がそんなに面白いんだ?
そうこうしている内に、母子の日課である鍛錬が一区切り付いてしまった。
「ブー……ハー……」
最後は深呼吸の後のクールダウン。
「さてと……それでドーティスさんは本日は何処に泊まる予定で?」
「ブ」
ブルのお母さんは地面を指差した。どうやらギルドの解放された部屋で泊る様だ。
「じゃあ、今回の戦いでの立役者だったドーティスさんに個室を用意出来ないか話を付けてきますね」
俺の階級は伍長で、ギルド内でも多少は発言権がある。何処かのゲストルームや個室位は許可させられるはず。
最悪、がれきを撤去した所に魔獣兵で迅速に家を組み立ててくれる。
「ブウ……」
「気にしないでください。俺はブルのお母さんがそれに見合う活躍をしていると判断したに過ぎませんから」
と言った感じでブルのお母さんに気を使っているとブルが俺とお母さんの両方を少しだけ眉を寄せつつ小さく鳴いた。
一体どうしたんだ?
「ブブー……」
ドーティスさんが頬に手を当ててからブルに何か言うと、ブルの表情がますます渋くなっていく。
ああ……二人の会話が分からないのは非常にもどかしい。
オーク語ってなんで習得出来ないんだよ。
「くく……やっぱそうじゃねえか。ドーティスもそうなんだろ? コイツ、似てるよな?」
「ブー」
なんかアサモルトの台詞を聞いて、ブルのお母さんが頷いてしまう。
「いやぁ……わかるぜブルトクレス。お前の気持ち」
「ブ! ぶー!」
ブンブンとアサモルトの言葉にブルが頭を横に振っている。
おおう。耳が揺れて可愛いな。
「……なんとなく私達もブルトクレスが何を気にしているのか分かって来た」
「そうですね」
「ギャーウー」
いや、そんな察しているみたいな態度で言われても俺が困るんだけど?
それとも俺はわかっちゃいけない類の代物なのか?
「俺も姉ちゃんをアイツに取られそうになった時に同じ気持ちになったからなー……くく……」
いや、何を笑ってるんだよ。





