九十話
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
ブルも満身創痍と言った様子で肩で息をしつつ折れたヘルファイアを杖代わりにして呼吸を整えている。
「いい加減、倒れてくれよ」
これだけの一撃を受けて、まだ藤平の奴、生きてはいるみたいだ。
だが……さすがに意識は無いだろう。
後は武器を没収して、薬でもなんでもいいから動けなくして輸送し、しかるべき所で処分を待つだけにしたい。
「まだ……だ」
……ああもう。まだ起き上がるのか。
正直、ウンザリしてきた。
ああ……もう俺がナンバースキルをもっと使って藤平を殺さないといけないって事なのか?
と……思っていると、起き上がった藤平から更にオーラと言うかエネルギーが立ち上る。
藤平の全身に浮かび上がる刺青が更に色濃く出てくる。
「もっと、もっとだ! 俺は、こんな奴に負けない! チートを持っているんだ! 俺を悪く言う奴らに報いを受けさせる力を授かっているんだ!」
藤平は憎悪の表情で俺を睨みつけながら力を解き放って行く。
俺の視界に浮かぶターゲットアイコンがより更に何重にも展開された所で赤く……数字が現れた。
93%……95%……。
!?
おい。まさかこれは藤平の浸蝕率がわかったんじゃないだろうな?
「藤平! その力を使うのをやめろ! お前、もう臨界を迎えるぞ! 浸蝕しきったらどうなるかわからないんだ! もうやめろ!」
俺の理性的な部分が危険だと警告を告げる。これはやって良い事じゃない。
早急に藤平に力を使うのをやめさせて、国の儀式って奴を受けさせないといけない。
この儀式ってのが本当に正しい代物なら……だけどさ。
「浸蝕? そんなのは俺の強さの、チートの前にはあって無い要素だ! いや、違うな。これは覚醒する俺の強さまでの数値――」
と言う所で、ビキっと嫌な音が藤平から聞こえてきた。
まるで何かが千切れたみたいな、嫌な音だ。
「ぐわぁあああああああああああああ!」
藤平が持っていた武器から手を放して胸を掻きむしり、顔に手を当てて転げ回り始める。
「痛い痛い! やめろ! ぐあああああぁああああ! 意識が……あああああああ!?」
「藤平!」
藤平に駆けよると藤平は俺を睨みつけながら助けを求めるように手を伸ばす。
「ギャウ!」
バルトが分離して俺の肩に乗っかり、藤平に駆けよる様に指差す。
その指示に従い、戦闘意識を切り替えると、カッと俺の手足が元に戻った。
「おい!」
悶える藤平を抱き起こす。
痙攣している!?
意識をしっかりとさせないと危ないかもしれない。
……藤平の意識を失わせないために俺が出来る事はなんだ?
いや、もしかしたらもう藤平は助からないかもしれない。
ならここで言える事は言った方が良いかもしれない。
ついでに藤平の怒りを誘発させて、意識を保たせるんだ。
「藤平、もうお前は助からないかもしれないから言わせてくれ。お前を倒した賞金で、お前が払わずにいたクッキー代はチャラにしてやる。俺の懐が温まったぞ。ありがとうな?」
カッと藤平の目が見開き、殺意全開のまなざしを向けてきた。
よし、それで良い。
殺意でも良いから意識を保つんだ。
ちなみにみんなから冷たい視線を感じる。
ライラ教官から『だから貴様はブルトクレスにはなれないのだ』と言われている様な気がしてきた。
とはいえ、こんな酷いセリフがスラスラと出てきたのは藤平に対して溜まっていた物があったからこそだろう。
「ふざけるんじゃ……ねぇ! 異世界地雷……十カ条……自分勝手な理屈を捻る……奴!」
……どこの青狸の石板だ?
ダメな少年が最後に記したルールがそっくり当てはまるぞ。
雷でも受けるのか?
ああ、いつも報いは受けているか。
思えばそのセリフを言う時、いつもお前は自業自得で不幸な目にあっていたな。
とにかく、これで藤平が意識を維持してくれればどうにかなるか?
「あああああ!? 異世界……地雷……十カ条……主人公が負ける……クソ展開……ストレス……」
「……」
……挑発した俺が思うのもナンだが、それも今言わなきゃいけない事なのか?
最後の言葉がそれで本当にいいのか?
というか……やっぱり藤平は自分を主人公だと思っていたんだと納得してしまう。
「……ぁあああああああああ!?」
「藤平! おい! しっかりしろ! フィリン! ライラ教官!」
回復魔法が使える2人を呼んで三人で手当てを試みようと倒れた藤平を抱き起そうとしたその時。
「あああ――フガ……ブファ……ンブファ!」
藤平の造形が崩れ――全身に剛毛が生えると同時に小型の豚の様な、チンパンジーの様なナニカに変わった。
「は……?」
俺達はそんな藤平の変化に唖然とした表情で見つめる事しか出来ない。
「ンブファ……ブフィ!?」
藤平はブルのような鳴き声とも微妙に異なる怪しげな発音をしながら、今までの痛みなんて無いかのようにムクリと起き上がった。
それから俺達に怯えるように背を向ける。
アレは……なんだ?
俺の視界には藤平の名前が浮かんでいる。
強さは遥かに格下の雑魚扱い。
鑑定を使って見るが……魔物? って疑問符が出てくる。
豚の様でチンパンジーの様で……それでありながら小柄な何か。
「おい、藤平。そんな姿で大丈夫なのか?」
「ブフィ、フゴフゴ」
僕知りませんって感じで俺の言葉を無視し、少し離れた所で周囲をキョロキョロを見ていた藤平? は捕えられたヒステリー女の声に気づく。
「ヒデキ! ちょっと! 何してるのよ!」
「ンブファ……ブフィ……」
で、ペロッと舌舐めつりをしたかと思うと、動けないヒステリー女に近づき……鼻を近づけて匂いを嗅いだかと思うと、女の服をずらし上げて……腰を振り始める。
……おい。それは何の真似だ?
アレは本当に藤平なのか?
「ちょ! やめ! キャアアアアアアアアアア! 誰かぁあああああああああ!」
ヒステリー女が藤平だったモノに犯されそうになっている。
「バウ――ブウ!」
ここでブルが狼男姿からオーク姿に戻って藤平を引っぺがし、後頭部にチョップする。
「ブフィ!?」
ガクッと藤平だった者はそれで動かなくなった。
意識を失っているのがわかる。
「助けてくれてありがとう! 狼男様!」
……今は無視する。
お前にブルは絶対にやらないから安心しろ。
「これは一体……」
「オークのようでありながらあまりにも脆弱で歪な……」
「こんなオークがいるんですか?」
俺の知るオークはブルが全てだからよくわからない。
「ああ……魔物として認識されるオークに似た部分が見受けられる。おそらくは亜種の類だろう。ただ……あまりにも脆弱なので違うとも言えるが……」
そんなに似ているのか。
まあ藤平は割と伝聞に聞くオークと似た行動を取っていたが……いきなりヒステリー女に無体な事をしようとしたし。
「いや……これは……悪い夢よ。ヒデキが……ああ、いや! ああああああ!」
ヒステリー女は犯されそうになった影響で精神的ショックを受けたのか叫んでいる。
さすがにブルの方に鞍替えはしないか。
そこまでクズではないらしい。
なんだかんだで藤平と波長が合っていたのは本当みたいだ。
「トツカ、お前は何かわかっているんじゃないか?」
「……推測の域は出ませんし、ライラ教官も想像出来る範疇かと思います」
「ユキカズさん……」
「ブー……」
「ギャウ」
そう。俺にとって最悪の未来が今、提示された様にしか見えない。
考えなかった訳じゃない。
侵蝕率なんて単語が出ていた時点で、何か悪い事がある可能性は考えていた。
いや、今にして思えばそれすらも楽観的過ぎたか。
つまり……浸蝕率が最大になった場合、藤平の様になってしまうと言う事だ。
「先ほどまで俺に向けていた憎悪を微塵も感じさせていない。あの藤平が仮に姿が変わっても、そんなすぐに怒りを忘れる事は……ありえない」
こう……藤平って不平不満を一生覚えているタイプだと思う。
そんな奴が敵視している俺を見て、あんな呑気な反応は取れないはずだ。
「見た所、理性的な動きをしている様には見えなかった。最初から理性的だったかと言うと別だが、人間としての受け答えすら無い様に見える」
「つまり……浸蝕しきると異形化し、自我すら喪失する……」
ゾクっと俺自身の浸蝕率を思い出して背筋が凍りつく。
使ったら浸蝕率が増えるだけではなく、日々僅かずつ増えていくんだ。
つまり俺自身の命の火が目に見えて表示されたのと同じだ。
藤平を抑え込む為に、俺はどれだけ力を振った?
死の恐怖が心の中で膨れ上がっていく。
冒険で死ぬよりも明確に恐怖が膨れ上がっている様に感じた。
「ともかく……この事実を早急に国に伝え、フジダイラに持たされていた武器を……あの武器はどこだ!」
ライラ教官が周囲を見渡し、俺も見渡す。
すると先ほどまで地面に転がっていた武器が影も形も無くなっていた。
「予想より早かったが……目的は果たせたのだから良いとしよう」
という声に俺達は振り向く。
するとそこには藤平と一緒にいた全身ローブを羽織った奴が藤平の武器を持って立っていた。





