八十八話
「3%だな」
「ギャウ」
肯定とばかりにバルトは鳴いてから俺の手に収まって大人しくなった。
少しばかり対抗手段があるっていうのが救いか。
「もう容赦も手加減もしねえ! 卑怯な三下! お前は開けちゃいけない扉を開けたんだよ! 見てろよ! 俺の本気の力を! はぁああああああああああああああああ!」
お前の本気は何個あるんだよ……と思ったが、さすがにあの武器相手にそんな事を考えていられる余裕はなさそうだ。
藤平の胸辺りが発光し始め、全身の刺青に光が走っていく。
「アレは……ユキカズさんが武器を使った時に……」
「フィリンも見た事があるの?」
こんなの走っていたのか? 全然気付かなかった。
「はい。最初は気のせいだと思っていたのですが、ユキカズさんよりもびっしりと着いています」
これはもしかしたら……浸蝕率が影響しているのかもしれない。
「はぁ!」
藤平が纏っていたエネルギーを吹き飛ばす。
すると、藤平の身体に大きな変化が起こっていた。
まず手足が、禍々しい凶悪そうな剛毛が生える人間の物とは思えない強靭な代物に変化していた。
頭には角が生え、髪の色が真っ赤に変化している。
一見すると悪魔の様な造形に変わったとも言えるかもしれない。
「どうだ! 授けられた力ってのはな! こうやって使うもんなんだよ! もう俺はな! お前や他の連中よりも全てにおいて上なんだよ!」
おそらくナンバースキルだ。
浸蝕率が上がるとああ言った変化まで引き起こせるようになるのか。
そして……ナンバースキルとあの武器、ラルオンのカードを駆使してLvを上げたんだろう。
藤平のLvは本人の弁だと90以上か……しっかりと体を鍛えていたら勝てるか怪しい相手だな。
ヒュッと藤平の姿が掻き消え様とする事にこっちも気づけた。
反射的に俺もナンバースキル、Lチャージを放つ。
カッと体中から力が溢れ、周囲の時間がゆっくりと動いて見えるようになる。
藤平の動きもここで見る事が出来た。
すると藤平はブル目掛けて接近している最中だった。
させるか!
藤平の速度に合わせて俺も突撃する。
あの武器が無いのに俺の視界に藤平とブルをターゲットとする十字アイコンが浮かび上がる。
ブルの方は、藤平の速度が大幅に上がったのに対応する為に、狼男へと変身を始めていた。
すると十字アイコンがブルの方で強調表示される。
……登録完了……。
登録? 何を登録したんだ? バルトの表示とは何か色合いが異なる。
バルトのアシストじゃない?
だが、今はそれよりも前に集中する。
「ニーアを傷つけたてめえが先に死ね!」
「おらぁ!」
「バウ!」
斬りつけようとした藤平の腕を強引に剣で跳ねあげ、ブルが藤平の顔面を殴りつける。
「な、何!? 俺の速度に追い付くだと?」
殴られてもへでも無いと言った様子の藤平だったが、俺と変身を終えたブルがカウンターをしてきた事に驚きの声を上げる。
「あ! あの銀色の毛並みと端正な顔立ち、そして筋肉――! ヒデキー! 今すぐやめてぇえええええ!」
んん?
藤平と一緒に居た女が突然、静止を呼びかけ始めた。
どういう事だ?
「はぁ!? なんでやめなきゃいけねえんだよ!」
「その狼男様は、私を助けてくれた初恋の人なの! 殺さないでぇえええ! 話をしましょう!」
「はぁああああああああああ!? 俺が初恋じゃねーのかよ!」
前者は珍しく藤平と意見が一致した。
後者は……俺達の年齢で初恋が自分だと思うのは……まあ、思いたい気持ちはわかる。
藤平の女、ブルに助けられた事があるらしい。
そういえば貴族の令嬢だもんな。
以前ブルのハーレムを作ろうとした令嬢以外にも居たって事か。
そしてブルは各地で……トーラビッヒの所でもやっていただろうし、あの女と遭遇していた可能性は高い。
だからって、突然の裏切り……いや、戦うのをやめようって言ってるだけか。
しかし、藤平にそれは逆効果なんじゃないか?
絶対アレが飛び出すぞ。
「異世界地雷十カ条! 後付け! 寝取られ! ビッチな女! 後で殺す!」
ほらな。藤平のメンタルにクリティカルヒットしたじゃないか。
しかし、後付けか……俺の場合、ブルの件があったので伏線はあった訳だが……アイツも大変だな。段々哀れに思えてきた。
こう、なにもかも上手く行っている様には見えないし、人格が歪むのもしょうがない様な気がしなくもない。
元々ああいう奴だけどさ。
そしてブルも災難だ。
人助けをしてこんな飛び火が来るなんて……ああ、ブル、俺はお前が幸せになってほしいと心の底から思う。
「バウウウウ……ワオオオオオオオオオン!」
ブルは声を上げると共に高揚したのか、銀色の毛並みが淡く光る。
何らかのセルフブースト技能だ。
「この豚犬野郎! てめぇだけはぜってぇ殺してやる! クソッ! ちょこまかすんな! さっさと死ね! トルネードエア!」
死ね死ね騒ぎながら藤平が闇雲に武器を剣の形にして振っている。
アクセルエアの構えだったな。
俺とブルは藤平の攻撃軌道を予測して大きく横に飛んで回避する。
すると藤平を中心に竜巻が発生し、その竜巻が一直線に飛んで行った。
横に避けなきゃ当たっていた。
「ウロチョロしやがって!」
技を放った隙なんて無いとばかりに藤平が加速して俺達の側面に回り込もうとしてくる。
その癖は把握済みだよ!
うん。藤平の攻撃はあまりにも早いが避けられない訳じゃない。それがなんでであるのかは俺なりの推測が出来る。
言ってしまえは藤平はターミナルで得た技能頼りの技しかしてこないんだ。
だから単調で非常に読みやすい。
ライラ教官や各地のギルドでの打ち合いをした猛者達との経験が息づいている。
俺達はそれを紙一重で避けつつ隙あらば攻撃を繰り返して行く。
「なんて早さだ……間に入れん……くっ、上官であるこの私が部下の助けを出来ずに足手纏いになるなど……」
俺とブル、藤平の戦いを見てライラ教官が悔しげに拳を握りしめている。
何度か入ろうとしてライラ教官は入れない事を悟っていた。
うん……ライラ教官の挙動一つ一つは俺が意識を向けた際にはゆっくりに見えてしまっていた。
ブルとは違い、速度に追いついていないのだ。
いいえ、貴方が常日頃から俺達に訓練してくれているから、俺達はどうにか戦えているんだ。
無駄じゃない。
実際通常状態ではライラ教官に手も足も出ないからな。
「これが異世界の戦士同士の戦いだと言うのか……それに追い付いているブルトクレスは一体何なんだ?」
「本当……何者なんでしょうね……こんな所でも貴族の令嬢に好かれていますし」
「フィリン、そこは今気にしてはいけない。話を聞こうとする意思が出たのなら、それはそれで良いだろう。後は奴を拘束出来れば良いが……同情は出来んが哀れだ」
変身したブルが追い付けている事に関する謎はわからない。
けれど、ブルが本気で力を出した場合、俺の次くらいの速度で動けている。
数字で現したとすると藤平が100なら俺が85、ブルは80って所だ。
もしもブルの速度が藤平と同速だったらこの勝負は大分楽になっていただろう。
「フルブルクラッシュ!」
剣を大剣モードにした藤平が大きく一回転する軌道で、叩きつける技、ブルクラッシュと言う技を放つがそれも見覚えがあるので大きく跳躍し避けた。
ただ、威力はケタ違いで周囲に蜘蛛の巣の様な亀裂を生みだすと同時に、地面からエネルギー刃の攻撃がさく裂した。
安易に亀裂の上に居ないお陰で当たらずに済んでいる。
「ここだ!」
藤平が高速で俺に向かって近づいて振り被る。
ヤバ! 急いでバルトを振り被って――。
「バウ!」
ブルが背負っていた盾を投げつけて藤平にぶつけて攻撃すると、さすがの藤平もよろけるのでそこで俺は藤平を突き飛ばし、それを軸に更に距離を取る。
くっそ……エネルギー節約のために、鍔迫り合いに出来ないってのが非常に厳しい。
下手に鍔迫り合いになったら間違いなくバルトに蓄積したエネルギーが切れて斬られてしまう。
ただ、避けれる分だけ、藤平の技術が未熟な証拠だな。
ああ、思った場所に盾が出せる力なんて、あったら今こそ欲しい物は無い。





