八十三話
「任された場合、お前に見合った依頼の受注が行われる。今回の依頼書を確認しろ!」
藤平の準冒険者としてのポジションで受けられる依頼というのがある。
具体的には準冒険者が個人で受けられる依頼はEとFだ。
これより上となると上司である冒険者が間に挟まらねばいけない。
「今回の依頼はDランクで、賞金首の盗賊団のアジトを探す、偵察の依頼だ。依頼の難易度も相応に高い。準冒険者が個人で受けられる依頼じゃないし、ラルオン名義で受注してるだろ! 本人を連れてこないと話にならないんだよ!」
「依頼は達成してんだから良いだろうが! 何を意固地になってんだよ! 融通が利かねえな!」
ああもう……融通が効かないのはお前だろうが!
気に食わないからって怒鳴ってんじゃねえよ!
「アーレルアって家を知らねえのか!」
「知らん! ここは冒険者ギルドで貴族の社交場じゃない!」
「てめぇ! そんな事してるからこんな閑職に飛ばされてんだよ! 身の程をわきまえろ!」
何がわきまえろだ!
お前がわきまえろ!
本来こっちは国所属でお前は機嫌を伺わないといけない立場なんだぞ。
「決まりは決まりだ! しかもなんだこれ!」
俺は報告書に目を通して呆れの声しか出せない。
羊皮紙を叩き、提出物を確認して、更にため息だ。
ちなみに提出物は……あまり良い物じゃない。
具体的には人間の生首。どうも食われた跡がある。それと魔石だ。
報告書に書かれた内容によると、藤平達は盗賊のアジトを発見したまでは良いのだが、そのアジトには魔物が襲撃をして乗っ取られており、近くには盗賊の物らしい物品が転がっていた。
藤平達はここで魔物達と交戦、討伐して意気揚々と帰ってきた。
盗賊の討伐報酬と魔物の討伐報酬、それと偵察の依頼の報酬を払えと言ってきている。
「藤平、お前の仕事はなんだ? 偵察だろ。討伐じゃない。これじゃあ仮にラルオンが来て支払うにしたって満額払える結果じゃないだろうな」
「何言ってんだ! お前らにとって得になる仕事しかしてねーだろ! 報酬をケチってんじゃねえよ!」
「だからさっきも言っただろ。お前の受けた依頼は偵察だ。どこに盗賊がいるのかを調べるのが仕事で、倒すのが仕事じゃない。発見されて止む無く倒さざるを得なかったという状況でもないならその分差し引かれる。それでも問題があるがな」
どれぐらいの規模の盗賊であるかの調査を行った後に正式に討伐依頼が決まるんだ。
この段階で倒したら偵察任務の報酬が出せたら良い方でしかない。
魔物の討伐って言ったって魔石の買い取りは出来るけど、賞金首でも無い魔物の討伐となると金は微々たるものだ。
倒された証明は出来ている様なものだが……かなりお粗末な証明だぞ。
「冒険者としての基礎として教えてやる。偵察ってのは文字通りの意味だ。そんな事もわからないんじゃランクにあった仕事をしてないいい証拠だな。これじゃあラルオンの評価に傷が付くな……」
俺は藤平と女が持ってきた資料に不許可の烙印を押す。
「文句があるならラルオンを連れて来い。話はそれからだ」
さすがのラルオンにだって説教できる内容だ。
ライラ教官に見せる書類に入るぞ、これ……。
「てめえええええ! 自分のストレスを俺に当てつけるんじゃねえええ!」
って藤平が俺の胸元に手を伸ばして来たので弾いて睨みつける。
「これ以上の暴力行為はその場で取り押さえる事になるぞ」
全く……相変わらず制度を守れず強引に押し通そうとする奴だ。
なんかゴーレムも受付カウンターに乗ってきやがるし……。
そう思ったら、ゆっくりとした動作で小型の球体ゴーレムが目っぽい部分が点滅している。
どういう反応だ?
「ギャウ?」
パクッとゴーレムの手を銜えたバルトが小首を傾げる。
「キィイイイイイイイイイイイイイイ! 何よコイツ! 調子に乗り過ぎよ! パパに言って絶対に首にしてやるわ! アーレルアを敵に回した事を身を持って知りなさい!」
「異世界地雷十カ条! 融通が利かない奴! ギルドを私物化する不快なクズ野郎!」
ああもう、うるさいな!
払えるもんじゃないから払えないって言ってんだろ。
藤平が二人に増えてやかましくてしょうがない。
「……アーレルア家か、知らんな。どこの貴族だ?」
そこにライラ教官がやってきて腕を組み、殺気を放ちながら藤平と女を睨みつける。
この流れ……見た事ある!
トーラビッヒの時だ!
ライラ教官ゼミでやった奴だ! これで満点間違いなし。
武術も魔法も仕事もブラック職場の改善も何もかも上手くいきました。
やっちゃってください、ライラ教官。
「あ、てめえは……」
「ヒィ!?」
藤平が不快な顔をしながらライラ教官を睨みつけ、一緒にいた女はライラ教官の顔を見て青ざめる。
おお? ライラ教官を知っていたか。
家柄凄いらしいもんなー!
「ババア……てめぇまで出てきやがるのか」
「……先ほどから私の部下に無礼な事を繰り返している様だな。ラルオンに貴様の教育をどうしているのか問わねばならんな。トツカ伍長の言う通り、ラルオンに減点をせねばならん」
「ちょっと……」
ぐいぐいと女が藤平の腕を引っ張り耳元で囁く。
ますます藤平の眉が跳ね上がる。
「チッ! 白けた! 今日はこのぐらいにしておいてやる! 調子に乗るんじゃねえぞ! ここはケチ臭い連中ばかりだ! ウンザリする!」
風向きが悪い事を察したのか藤平の奴、女を連れて背を向けて去って行く。
「……」
「ギャウ」
プッとバルトに手を銜えさせていたゴーレムも藤平に続いて一緒に歩いていく。
「まったく……やかましい奴だ。ギルド中に響いていたぞ」
だろうなぁ。あんな大声でぶっ放していたら嫌でも聞こえるか。
で、ライラ教官は俺を見てくる。
「トツカ伍長は間違っていない。本来、ラルオンが報告に来なければいけない案件であるのだ。引き続き業務を続けてくれ」
「はい」
「しかし……妙だな。あんな基礎的な事すら教えもせず、こんな問題になったにも関わらずラルオンが来ないとは……」
確かにそうだ……としか言いようがない。
ライラ教官は受付で調べられる機材で藤平ではなくラルオンの登録情報を引き出す。
「……最近、この近隣の町々で同様に脅迫まがいの報酬受け取りを行っている様だな……ラルオンの仲間である冒険者のカード情報に含まれているぞ……複数人のカードを各地で提出して、代理で報酬を受け取る? このパーティーは一体何をしているんだ?」
「ギャウギャウ! ギャウ!」
なんかバルトが焦った様に鳴いて機材に手を置き、文字を記している。
「……」
そこには所持者殺害、救難要請と描かれている。
所持者の殺害……。
「……まさかな。そもそもあのゴーレムの所持者は誰だよ。ライラ教官知ってます?」
「わからんが、調べた方がよさそうだ」
「ところでアーレルアってどこの貴族なんでしょうね」
「ちょっと待て……ああ、準冒険者登録時の情報から調べられるな……」
ライラ教官が先ほどの女の子の情報を調べて固まる。
そこから無言で俺に登録情報を見せてきた。
貴族故にこんな情報もわかるんだな。
スッと……見たくない名前が記されていた。
トーラビッヒ・セナイール。
「ゲ……」
どうやらあの女はトーラビッヒの従姉妹の子供らしい。
トーラビッヒの母方の姓がアーレルアと記されている。
遠縁故に前回の爵位剥奪を免れている様だ。
こんな所でもトーラビッヒの名前が出てくるなんて……血か? これは。
「不吉な予感しかしない。早急に調べるとしよう」
と、ライラ教官がそう呟き、調査を命じたのだった。
三日後……非公開ではあるが、藤平に賞金が掛り、国から討伐の指定依頼が来た。