八十一話
「バウ」
二人とも喧嘩は止めてって感じで焦るブルと、目の前の女は敵だと睨みあいを始める女子達。
だったのだが……ため息を両方の女子は吐く。
「一人の殿方を奪い合いするのは不毛よ。ここは……この方とみんなで交際をすればいいのですわ」
いや、そんなパンが無ければケーキを食べましょうみたいなノリでみんなと付き合うで良いの?
女性側がハーレムを要求する展開とか、創作物じゃないんだぞ。
いや、待て。ここは異世界だ。
藤平が望む様な展開が実際にあるのかもしれない。
「ねえライラ教官、この国って一人の男性が複数の女性を囲っても良いんですか?」
「……権力や力を持った者なら許可される。それだけ命の危険が多いのでな。戦力となる男が足りなくなる事もあるので、上位冒険者や貴族ではよくある事だ」
よくある話なのかー……良かったな、藤平。
まあ『ハーレム最高だぜー』とか言う奴は俺の友達コレクションには入れないな。
ちなみにブルはハーレムを嫌がるので、そんな勝手に交際をさせられるのは嫌だって顔に書いてある。
「バ――ブウ!」
ニュッと我慢出来なかったブルが自ら正体を明かしてオーク姿に戻った。
「え!?」
「な――!?」
咄嗟の事に驚きを隠せない女性陣。これで恋も冷めるだろう。
「これは一体……」
「彼の正体はオークなのです。人助けをした際に……貴殿達を驚かせない様にあの姿になっていたとの話だ」
「ブー」
だから諦めてくれとばかりにブルは手を合わせて頭を下げ、俺の方に来ようとしたところ、手をガシっと女性二人に掴まれる。
「オークは怖いと教わっていましたが、こんなにも紳士的な方がいらっしゃったのですわね……」
「あなたと一緒にいればどんな所でも怖くありませんわ!」
うわ! 受け入れたよ、この人達!
意外と心が広い!
今までの様な特定の種族ではなくブルをしっかりと見ている。
これも育ちの良さから来ているのか?
人を見る目があるから俺も感心するけど、恋は盲目とも言える。
恋は差別を上回るらしい。
「ブヒャアアアアア!」
あ、ブルが恋する乙女達の猛攻から俺に助けを求めて手を伸ばした。
その助けを求める相手が俺であると言うのはとてもうれしい。
「あらあら……うふふ……ブルトクレスさんがしっかりと評価されて私、嬉しいですわ」
微笑んでいるセレナ様だけど……そんな微笑ましい状況?
とにかく今はブルを助けねばいけない!
「セレナ様……」
「まったく……」
と言う訳で、俺とライラ教官がどうにか間に入ってブルは恋愛よりも国の為、兵士としての責務を全うする使命を優先したいと言う意思がある事を誠心誠意伝えた。
他にも、ライラ教官とセレナ様に一時の恋心かもしれないので時間を置くことと、家の者としっかりと話をするようにとの話をして今回の騒動は大分鎮静化する事になった。
ブルには狼姿の戸籍が別に作られる事になった。
各地で人助けをする狼男の兵士って扱いでね。
ちなみに狼男の登録名はクレストだそうだ。ブルの名前からそれっぽい名前にしたんだと。
ライラ教官の部隊所属って事で……まあ、ブルの内定にプラス評価される事になった。
後は、そうだなぁ……変身したブルの身体能力はかなり上がる。
ライラ教官もブルの猛攻を捌くのが中々大変そうだった。
それとわかった事なのだけど、ブルにも兵士に就くための後見人がいるらしい。
レラリア国の城下町で長年兵士を務めている熟練の兵士だそうだ。
ライラ教官の関係者が話に行くと、どうやらブルが兵士を一度解雇された後、その兵士の元で手伝いなんかをしていたとか何とか。
その際に偽造と言うかブルが狼男姿に成れる夜、兵士の服を着せて自身の巡回の手伝いをしていたと言うのが後に明らかになった。
なんて話を後の報告でライラ教官が嘆いていたっけ。
国の兵士の怠慢だとか、ブルの能力を生かすには良いのかもしれないが……とかブツブツ言っていた。
なんて騒動があった日……依頼を終えてフィリンとブルを外し、セレナ様とライラ教官とで別室で話を俺はする事になった。
「トツカ様の御作りになったお菓子も頂いて……とても美味しいですわね。国内有数のあの料理人から手ほどきを受けたとの話……」
あの人、そんなに有名な人なの?
まあ、色々と裏技的なお菓子作りの方法を教わったけど!
「自分は非常要員として軽く教えられたにすぎませんよ。本格的に修行をしないと弟子を名乗る事すら出来ません」
……技能としてしっかりとステータスに反映するくらいには教わってしまっている事は言わないでおこう。
じゃないといずれ冒険者になる兵士じゃ無くてお菓子屋に就職する羽目になってしまう!
「トツカ様、この度は私の依頼を達成してくださり、感謝いたしますわ」
「お気遣い感謝いたします」
「ウフフ……」
優雅に紅茶に口を付けていたセレナ様がカップを皿に戻して、先ほどの柔和な笑みから少しばかり締まりのある表情に変わる。
「今日、私が来たのは何もブルトクレス様の案件だけではありません。本題はこちらに……なるでしょうね」
やっぱり何かあったのか……?
「異世界の戦士としての役目を断り、私達の国で兵役に就いて正当に冒険者になろうとしているトツカ様や他の方々を、暗に異世界の戦士に戻るように誘導していないか……お父様にお尋ねしました。この件は、トツカ様が城に一度いらっしゃった際に既にお聞きしていますね」
ああ、やっぱりそうなんだ?
「お父様の返答は初耳と言った様子でした。当然の事ながら、私の提案に関して全体的に受け入れ、トツカ様達に無理強いをしない様に話を取りつけました」
つまり王様は無関係なのか?
王女様の意見がしっかりと通ったのなら安心かな?
「お父様は誘導を画策した者に相応の罰を与えると仰いました。であると同時に、内密に犯人の捜索を行いました」
どうやら王族もこの件は初耳だったって事みたいで安心だ。
これで多少は安心して俺も兵役を続ける事が出来るな。
「一応にして責任者がそのように誘導を指示したとの証言を得て……首謀者を罰する事は出来たのですが……」
セレナ様の返答が何やら困った感じの発音に聞こえる。
「どうも嫌な感覚が残っていると、私は感じている状況です。引き続き調査を続けますので、トツカ様もお体を大事に、何か事が起こっても無茶をしないよう、よろしくお願い申しあげますわ」
「セレナ様に心配してもらい……光栄の極みです……」
言葉使いに困る人なんだよなぁ……。
なんかポヤーッとした感じの人なんだけど、こう……鋭い視線を向ける時があると言うか。
ここ等辺は政治の世界に生きる人って事なのかもしれない。
「フフ……フィリンも楽しそうでしたし、特に大きな問題も無いようで、安心していますわ」
「ギャウウウ……」
バルトの顎を微笑みながらセレナ様は撫でる。
なんて言うかお姫様とドラゴンってやっぱり絵になるなぁ。
「セレナ様直々に、色々と報告をして下さってありがとうございました」
「いえいえ、こう言った名目を立てないと、フィリンやトツカ様達に会いに行けないんだもの……」
なんて言うか、おちゃめな所も忘れないお姫様だなぁ。
「後はー……ああ、そうそう……フィリン達もそうなんだけど、ここ最近の勤務態度があまりにも良かったから皆、階級が一個上がる事が決定したの」
なんと! こんな短い間に階級が上昇するなんて事まで認められるわけ?
ライラ教官の方に顔を向けると頷かれた。
「勤務態度は勤勉で、飛空挺での仕事もしっかりと行い、他の町々でもしっかりと結果を残して来た。Lvも十分に上がっているのを含めて、当然のことだ」
おお……この手の階級ってそう簡単に上がったりしないイメージだ。
年単位で就労して上がる感じ。
日本とかで前に調べた際の印象からなのは自覚がある。
「まず、フィリンとブルトクレス様はそれぞれ一階級の上昇で上等兵から兵長にランクアップですわ」
兵長……ポジション的には下士官未満、兵士より上の熟練兵士のポジションになるんだよな。
このレラリア国でもその辺りの意識は変わらない。
場合によっては長年、このポジションに収まる兵士もそれなりに多い。
だから、兵役に入って半年に満たない期間でここまで来るのは破格の扱いだと見て良い。
「であると同時にフィリンは準整備兵見習いの資格を与えられますわ」
俺達は魔法が使えるので魔法兵と言う役職も持っている。
フィリンはここで更に整備兵という夢に一歩近づいた資格を与えられる。
「これはラスティ様の所での功績が評価された形ですわね。色々とラスティ様からの書状に記されておりましたわ」
おお……あの酷いニックネーム研究者に発言権があるのは本当なんだな。





