六十九話
「いや……お前が話をしろって言うからしてるだけだろ。何か不満でもあるのか?」
「あるに決まってんだろ! なんだよクッキーって言うのはよ! ニックネームなのかよ!」
「そうだが……」
ラスティがあげた俺のニックネームの一つで、ずっとこの名前で俺を呼んでいる。
……ソルインの街の人たちも俺をクッキーの人と呼んでいる。
激しく悲しい俺のニックネームだ。派遣先の店もお菓子も売ってるパン屋だしね。
「異世界地雷十カ条! 露骨な差別! 俺とお前に何の違いがあるって言うんだよ! ふざけんな!」
ああ、なんとなく予想がついていたけれど、やっぱり藤平の奴、妙なニックネーム付けで引っかかったのか。
まあ……ライラ教官やフィリンからしても俺のニックネームはまともな方で羨ましがられているもんなぁ。
「差別じゃねえよ。ラスティの……気まぐれなニックネーム候補で俺に運よくまともな候補があっただけだ」
ちなみに候補の中にはお前が俺を蔑む時に呼ぶ、権力の犬があるぞ。良かったな。罵倒のセンスは同じようなもんで。
「アンタにぴったりなニックネームは直結厨、騒音、オーク、動く傲慢、ロリコンよ」
うわぁ……やっぱラスティのセンスは的確だな。
なんとなく藤平が何を求めているのか分かると同時に名付けられて不快なのが分かる。
妥協できそうな奴が一つもない。
「うっせー! いい加減黙らねえと殺すぞ!」
「YOYO! ヒデキ、落ち着けYO! そうカッカしても良い事ないYO!」
やっとラルオンが藤平を止めようとしてくれた。
しかし、カッカするなって逆にイラッとしそうなものだけど?
「そもそもなんで藤平がここにいるんだ? 俺は国に派遣されてこの街と、ここの警備を任されたんだけど?」
「この街に来て色々と話を聞いてたら個人で人造ドラゴンをくれるって奴がいるって言うから来ただけだ! それがこんな奴じゃこっちが願い下げだ! ふざけんな!」
ああ、藤平の奴、竜騎兵が欲しくてラルオンから聞いてきたのか。
それでラスティの応答に腹を立ててシャウトと……気が短い奴だなぁ。
激しく面倒くさい。
「ギャウ?」
ここでバルトが俺の背中、肩から藤平を覗き見る。
「なんだそいつ」
「ああ、成り行きで俺が世話をする事になったドラゴン、バルトだ」
「ギャウ!」
バルトが自己紹介で鳴くと、藤平の表情がますます不愉快そうになる。
「ふーん……あっそ。お前にはお似合いの下級モンスターだな」
「ギャウ!」
あ、バルトがバカにされて不快に思ったのか歯をむき出して威嚇し始める。
落ち着け、コイツは感情の制御が出来ない奴なんだぞ。
「クッキーの所のバルトは下級のモンスターじゃなくて私の研究対象よ? 色々と研究の協力をしてもらっているし、かなり有能な子なんだから」
ラスティがここで無駄な援護射撃! だから藤平のプライドを刺激するんじゃないっての!
「は! なんであろうとこんな媚びた面した奴じゃ程度が知れるだろって言ってんだよ!」
ってこれでもかとバカにしてくる。
「ギャウウウウ」
バルトもバカにされて威嚇とばかり歯をガチガチ鳴らし始めている。
良いから落ち着け、コイツの相手は面倒なんだから!
「ギャウ!」
バルトを俺は抱きかかえて出来る限り撫でて宥める。
「まあまあ……」
そっと……飛野がバルトの耳元で何か囁くと、バルトはハッと飛野の方を見て藤平への威嚇を止める。
ただ……その代わり、ちょっと気になる目を向けている様な気がした。
ずっと一緒に居るからこそ分かる小馬鹿にする目つきって言えば良いのだろうか?
間違いなく格下って意識でバルトが藤平に視線を向けているのが分かる。
……何を言った? 飛野。
「――だから気をつけろよ?」
「ギャウ!」
なんか飛野の言葉にバルトえらく機嫌が良くなって、そのまま頷いて俺の腕の中で大人しくしている。
「どうやらヒデキの友人が集まったようだNE! 場所を移して話をしたらどうだい?」
やっぱりラルオンも藤平に俺と飛野を会わせて話をしようとしているんだろうなぁ。
ただ、藤平の場合は……なんて言うか何を話しても無駄な気がするんだけど……。
「コイツ等なんかと話をしたって大した事知っちゃいねえだろ! 時間の無駄……」
って所で藤平は俺と飛野の後ろに居るライラ教官の方に視線を向けてから黙り込んだ。
「アイツは?」
「ああ、俺の上司。国の上級騎士でライラ教官。その後ろは飛野の上司」
「ふーん」
「ラルオンから話は聞いている。ヒデキ=フジダイラ。ライラ=エル=ローレシアだ。トツカ上等兵の上司をしている。よろしく頼む」
藤平が注目している事を察したライラ教官が、相手をするのが嫌だという気配を完全に消して応対する。
まあ以前、藤平を見ていたしね。
「よろしく」
って感じで藤平は不思議なくらい大人しい感じで自己紹介をしていた。
ライラ教官の気配に威圧でも受けた……なら良いんだけどな。
コイツの場合、そうじゃない気がする。
「それでラルオン、この街にはどれくらい滞在する予定なんだ?」
世間話と言った様子でライラ教官がラルオンに尋ねる。
「立ち寄っただけだYO。まあヒデキが興味あるって言うからダンジョンに数日は行くかもしれないYO」
偶然を装って連れてきたけど、俺と藤平、飛野の仲があんまり良くないから早めに切り上げようってのがわかるなぁ。
ここで俺が竜騎兵をもらえそうってのがわかると、藤平がますます不機嫌になるはずだ。
ラスティには黙っていてもらいたい。
『おい、コイツを早くこの場から追い出すぞ』
とばかりにライラ教官が俺の脇を小突く。
はいはい、わかってますって。
コイツとは話をするのが面倒だっていうのは。
って感じにいち早く藤平を追い出したいとライラ教官と心で会話していると――。
「やっと見つけました! ユキカズさん! ライラさん! 大変です!」
フィリンが血相を変えて俺たちの所に掛け込んできた。
タイミングが悪いなぁ……藤平にフィリンが目をつけられそうでなんか嫌だ。
「どうしたの。フィリン?」
「ロイリズ上等兵。一体どうしたと言うのだ?」
何やらフィリンの様子から火急的な事が起こっているのが分かるので藤平を無視して答える。
「下水道に街の子供たちが度胸試しと言って入って行って消息不明になっちゃったそうです!」
「なんだって!?」
ソルインの街にはキラーブロブの巣とも言える下水道が無数に伸びている。
そんな所に街の子供たちが入って行った?
「最近、私達が清掃業務で潜って行ったお陰で大分安全になった所で、子供たちが度胸試しで入っちゃって……下水道でキラーブロブに襲われてパニックになって……辛うじて脱出出来た子供が親に報告してギルドに!」
「大変だ!」
「ブルさんを含め、既にギルドの兵士たちも戦える者は救出に向かっています! ライラ教官! 指揮を!」
「わかった!」
ライラ教官が頷く。
「大変な状況みたいだNE! ヒデキ! 俺達もいこうZE!」
「そうだな。やってやるか!」
ここでラルオンと藤平がやる気を見せている。
なんて言うか空気を読まないのが代名詞な藤平が大人しく頷いているって所で気になるんだがなぁ。
「もちろん俺達も手伝うぞ!」
飛野も負けじと立候補してくれた。
ソルインの街の子供たちと聞いて、俺も馴染みのある連中の顔が浮かんでくる。
数時間前に話をした奴らかもしれない。
「助かる! じゃあ行こう!」
「ギャウ!」
と言う訳で俺達はソルインの街の下水道に潜る事にしたのだった。





