五十四話
「ブル!?」
俺は脊髄反射で飛び上がってそのまま声の方角へと駆けだし、扉を開けて向かう。
「お、おい! く、トツカはブルトクレスの事になると私よりも反応が早いな」
「大切な相棒だそうですから」
「信頼しているんだな」
ライラ教官達が何か話をしているけれど、今はブルが心配だ!
いったい何があった!?
と、ブルの声がする方向に向かうと、そこには……ブルを後ろから羽交い締めにして首筋に、今まさに牙を突立てんとする小さなドラゴンがいた。
小さい体で絶妙にブルの腕と足を掻い潜って尻尾を天井の配管に引っ掛けている。
「ブブウウ!?」
ジタバタとブルが暴れているが上手く引き剥がせないようだ。
「やめろ! ブルに何をする気だ! 放せ!」
「ギャウウウウウ!」
俺の言葉にドラゴンが殺意のまなざしを向けてブルに噛みつかんとする口を更に開く。
「俺の性格イケメンの親友を傷つけるような真似をしてみろ! 絶対に許さんからな! ブルはオークだが食い物じゃない!」
く……咄嗟に投擲する物が見当たらない!
いや、手立てはある!
俺にだって使える魔法があるじゃないか! スターショットだったか。
って魔法の詠唱をしようとしたら俺の腕にピンポイントでドラゴンが光の細い息を放ってきた。
バシッ! っと当たって痛みが走る。
「あいた!?」
「大丈夫か!? って……怪我まではしていないみたいだな」
ライラ教官の言う通り、俺の手を確認、怪我はしていないみたいだ。
「なんだ?」
「騒がしいな。客に聞かれないようにしろよ」
と、どんどん人が集まってきて、事態の重さに驚きの声を上げている。
「さっき、ユキカズさんの本音が聞こえましたよね」
「性格イケメンって……言われた方は恥ずかしいんじゃないか?」
フィリンとライラ教官が気の抜けたセリフを言っているが、今はブルの命に危険が迫っているんだぞ。
悠長にしていてどうするんですか!
ライラ教官ならあんなドラゴン容易く倒せるでしょうに!
「ブ?」
「ギャウウウウウ……」
なんかドラゴンがこれでもかと殺意のある目をしているが、その目には涙が溜まっている。
泣いている?
なんで泣いているわけ? それよりブル。お前も抵抗して早く抜け出せよ。
「ブー! ブー! ブブヒ!」
ブルがドラゴンを小さなあんよで指差した後、俺を指差している。
何を伝えようとしているんだ?
「ギャウウウウ! ギャウ!」
そうドラゴンが鳴いたかと思うと……液状化して球体となり、ブルの上半身を包んでそのままぶら下がっている。
「ブクブブ……!?」
「コイツは……見覚えがあるぞ! ここ最近、俺の周囲で見た謎の大きなガラス玉だ! ドラゴンだったのか! ブルを溺死させる気だな! そうはさせないぞ!」
「アレは!? ユキカズさん待ってください! アレは竜騎兵のコアユニットですよ! あんな可変機構あるなんて知りませんでした!?」
フィリンがこんな所でも知識を披露している。
いや、君が詳しいのは知っているけどさ。もう少し事態を飲み込んでくれ!
ブルの命を奪おうとしている敵だぞ!
「ブヒー!」
ん? ブルが溺れずに鳴いている?
ジタバタしているが……まさかこのまま人質として連れていく気か!?
それともどこかでブルを食事として食う気なのか!?
「ユキカズさんはちょっと落ち着いてください。この子の名前、わかりますか?」
フィリンが構える俺を何故か注意してライラ教官に目で合図を送った後に近づく。
「え?」
言われて改めて意識をしてドラゴンを見てみる。
試作第一世代バイオモンスター・ホワイトパピー:グロウアップ(コア)
あ、コイツ、迷宮で乗り込んで一緒に戦った竜騎兵……のコアって事なのか?
「えっと……」
「私達を乗せてくれた子なんじゃないですか? ブルさんもその辺りわかったんですよね?」
「ブー!」
ブルが上半身が取り込まれた状態でコクコクと頷いている。
ブルが暴れない事を理解したのかドラゴンのコアはドラゴン形態になってブルの背中に乗っかる。
「やっぱり。竜騎兵のコアにこんな機能は無いと思うのですけど……国に没収されちゃったあの子なんですね」
「ギャウウ」
敵意が無いのを察したフィリンが手を差し伸べるとドラゴンがフィリンの手に自ら撫でられに行く。
「ブー」
「ギャウ!」
ペシペシとブルには敵意ある感じで尻尾で叩いてはいるけれど、ブルは微動だにしていない。
本気ではないということなのか?
「どうなっているんだ? フィリン」
「この子は私達が迷宮で見つけてテイミングした子……って言えばわかるかと思います。どうやったのかわかりませんが追いかけてきたのでしょう」
「そ、そうなのか……じゃあ問題は無いのだな?」
「はい。ブルさんも怪我はしていませんし。こうして可愛らしく撫でられてくれています」
「ギャウ!」
っとフレンドリーな様子でフィリンに甘えるドラゴン。
「なんだよ。ペットを連れこむなよな……まったく」
「上級騎士様のペットって事なんだろ。密輸なのか?」
「いや……報告が遅れたということだ。ということなので各自持ち場に戻れ」
ライラ教官の言葉で集まってきた船員たちが去っていってしまう。
そんな安心できる状況なのか?
「ギャ!」
で、俺が近づくと歯をむき出しにして威嚇してくる。
触るなって感じだぞ。
しょうがないからフィリンとブルとは少しばかり距離を取るのだが、このドラゴン、ずっと俺を睨んでいてブルを掴んで離さない。
「ユキカズさんに対して怒っている感じですね。嫌っているとかそんなんじゃないと思いますよ」
「ブーブー」
「確かトツカ上等兵は竜騎兵を操縦したのだったな。竜騎兵のドラゴンは気難しい個体がいるが……この様子だと根に持っているというのが正しいかもしれん」
「そうは言っても一介の兵士にどうしろって言うんですか!」
「ギャウウウ……」
あ、ドラゴンがライラ教官に、俺が前にやった震えるチワワな目をしやがった。
何を訴えているんだ。
「……登録者に似ているな。隠れて観察していた可能性が高い」
なんで納得しちゃうんですか!
「ギャウウウ!」
バッとドラゴンはブルの背中から飛びだして俺に突進してきた。
ぐっふ!
「ギャウウウウ……」
すりすりと俺の腹と胸に頭をこすりつけてくる。
懐いた猫みたいな反応だ。
「やっぱりユキカズさんに置いてかれた事を怒っているんですよ。きっと迎えに来てくれるんだと思っていたのにいつまで経っても体の方に行かないから、こうして怒って……」
フィリンが事情を察したみたいに言う。
「ブルさんを襲ったのはきっと……ユキカズさんが大事にしている事を理解して焼きもちを焼いちゃったんですよね?」
コクリとドラゴンがフィリンの言葉に頷いて俺に頭をこすりつける作業に戻る。
「ブー……」
ブルがボリボリと頬を掻いている。
「先ほどの言葉を聞くとな……とりあえずトツカ上等兵。私が許可をするからその竜騎兵のコアらしきドラゴンの世話係に任命する」
うわ……なんかまた仕事が増えた。
どうすればいいんだよ。
「ギャウ!」
ととと……とドラゴンが俺をよじ登って背中に回り込み……ガブッと頭に噛みついてくるんだが……。
血が出る程じゃないけど、地味にゴリゴリと噛みついてきている。
これ、甘噛みなんだろうか。
「謝ればきっと許してくれますよ」
「そうは言ってもなぁ……」
「ギャウ!」
ゴリゴリとかじる力が強まってきた。
くっそ! 謝る事を強要するんじゃない!
「ああはいはい。迎えに行けなくてごめんな。心が痛いとは思っていたんだ。だが、俺の立場だとお前を引き取るとかできないし、しっかりとした設備に搬送されるっていうから我慢したんだ。こっちの事情も少しは理解してくれ」
「ギャウウウ……」
あ、噛むのをやめてくれたぞ。
そのまま俺の胸側に回り込んできたので腕で抱えてやる。
「ギャウ!」
これで許してやるとばかりに俺の顔を見てドラゴンは鳴き、そのまま俺に抱きついたまま大人しくなる。
「許してくれたみたいですね」
「ブー」
「トツカ上等兵の言い分も間違いは無い。その辺りは教えていくしかないだろう。この子は一介の兵士が持つには高額な代物なのは事実であるから……ただ、ここまで懐いていては国も没収とまでは踏み切り辛い。後任に懐かないおそれもあるからな」
私が交渉しておく、と、ライラ教官が補足してくれた。
たぶん、正式に俺の所有が認められた場合、兵役期間が延びそうだなぁ……ランクとか上がりそうだけど。
お金を払わないと冒険者にしてもらえなさそう。
「こう……所有者登録変更で割りきったりしないんですか?」
「個体による。この辺りが竜騎兵と魔導兵の違いでもあるな」
そうですか。
「ギャウ!」
ってドラゴンが鳴いた時、コイツの口臭から甘い匂いがした。
「コイツ、なんか食ってるな」
「ブー」
ブルが何の匂いかわかっているのか、ここで俺がブルに上げたおやつの失敗クッキーをドラゴンに投げ渡す。
パクッとドラゴンが失敗クッキーを食べる。
「まさかと思うが、ここ数日で減っている食料と俺のクッキー泥棒はお前か!」
「ギャウ!」
なんか嬉しそうに鳴かれた。
犯人がこんな所にいやがった。
くそ! あの材料費、飛空挺価格で高いんだぞ!
俺の将来の査定に響くんだからもう少し自重してくれ!
「コイツの食費とかどうしたら良いんだろう……」
「竜騎兵の餌は魔石などが鉄板であるが……クッキーも食べられるんだな」
わー……確保が激しく面倒そうな代物を食うんだ。
成り行きで俺が世話しなくちゃいけなくなった。
いや、別に世話をすること自体は嫌じゃないけど、俺の財布と将来のランクが不安になりそう。
「小さいですし、そこまで掛らないと思いますよ?」
「だよね!」
ここまで小柄ならペットを飼う程度で済んでほしい。
「たぶんですけど……そもそも私達と別れてずっと後を付いてきて何も摂取せずにいたらとっくに死んでいると思いますし……」
「ギャウ!」
ふむふむ……。
「私も分からない仕組みで動いているみたいですけど……念のためユキカズさんには竜騎兵の管理方法を記された本とかを探してきますね」
「ありがとう」
「いえいえ、実はまた会いたいなと思っていましたし、ユキカズさんがお世話すれば私も嬉しく思えるんで是非とも力を貸したいんです」
フィリンは素直だね。
「ブ!」
ブルも好意的に受け取っているし……いいのかな?
「それでライラ教官」
「なんだ?」
「コイツはどこで寝かせれば良いんですか? やっぱ飛空挺の格納庫とかですか?」
一応、飛空挺内には格納庫的な区画がある。
客船型の飛空挺なのでそこまでスペースは無いけど。
「ギャウ!」
ギュッとドラゴンが俺を強く掴んで威嚇の声を上げている。
「貴様からは離れないと言っているようだぞ。小さいんだ。しばらくは共に寝食を共にすれば良いだろ」
うわ。狭いベッドでコイツと一緒に寝る感じか……しょうがないな。
「いつまでもコイツとかドラゴンじゃこの子も嫌だと思いますし、名前は何にしましょうか?」
「名前とかつけていいの?」
「ああ、私がどうにかするから名付けていい」
ライラ教官からも許可を得たわけだし、さて……なんて名前をつけようかね。
「迷宮にある遺物のドラゴンの場合はコードネームとか開発ネームが最初から名前として組み込まれていたりしますので、聞いてみるといいかもしれないです」
「……そうなのか?」
「ギャウ?」
あ、よくわかってないって反応だ。
「お前の名前は、試作第一世代バイオモンスター・ホワイトパピー:グロウアップか?」
「ギャウギャウ」
あ、首を振られる。
で、ドロッとドラゴンがガラス玉モードになったかと思うと俺の顔面に引っ付いて潜水服の頭と言うか、宇宙飛行士の服とかにありそうな大きなヘルメットみたいになって、その部分に文字を浮かび上がらせる。
開発名・因子適応者用・試作第一世代バイオモンスター・ホワイトパピー:グロウアップ……個体認識名バルト=ズィーベンフィア
カタカタっと文字がキーボードに打ち込まれるみたいに出てきて消えていった。





