五十三話
そうして上手くクッキーが焼けたのが配属三日目。
「うむ……これだけの味が出せるなら客に出してもいいだろう。下手なプライドを持って俺の所に来たわけじゃねえから覚えるのも早いのかもしれん。面白い奴だな」
なんて褒められてますが全然嬉しくないんだけどね。
「なんだ? 兵士がなんで菓子作りしてんだって顔をお前はずっとしているな」
「しておりません!」
ヤバイ! 見抜かれた!
「確かお前は冒険者志望だったな」
「はい!」
「この手の技能は持っていて損はねえぞ。菓子ってのは保存が利く物が多い。長いこと人里に戻れない時に作り置きしておいた食料で助かるなんてこともある。下手に買うよりも安く済んだりするんだ」
あ、知ってる。サバイバル飯ですね。
それは俺もわかってますよ。
迷宮で取り残された際の食事に関してかなり適当だったし。
これは今後の為に良い話を聞けそうだ。
「何より、甘い物ってのは心を安らげる効果がある。覚えて損じゃねえんだ」
なんて言いながら菓子作り担当の上司が、クッキーとは逆の手順の焼き菓子を今度は教え込んできた。
具体的には小麦粉にバターを入れて砂糖を入れる作り方だ。
「これは保存用のバタークッキーだぞ! わかったな」
なんかカロリーが安易に得られるので有名な料理を教えられた。
他にも不味いレーションを入手難度の低い薬草で甘い菓子にするレシピをついでに教えられたぞ。
かなりゲロ甘にできるから逆に恐ろしく感じる。
一種の魔法だろ。
アエローって煮詰めると甘くなるらしい。
元々甘めだとは思ったけれど、そういった使い道があるのかと感心した。
もちろん、菓子作りだけが俺の仕事ではない。
仕込みが終わって余裕があり、訓練時間ではない場合は船内清掃。
ああ、訓練に関しては船の娯楽って事で限られた場所にコーナーが用意されている。
そこでライラ教官を相手に扱かれたりする。
ブルもここでは見世物って事で生け捕りにした魔物を相手に戦わせられたりするらしい。
完全に金持ちの道楽で運行されている飛空挺だね。
と……訓練に関しては良いんだ。
船内清掃をしていると……。
「あ、ちょっと」
客である女性が俺を見て声を掛けてくる。
「なんでございましょうか?」
一応丁寧口調で応対しろって言われているので応じる。
「ダンスフロアに行きたいのだけど、どこへ行けばいいのかしら?」
「こちらでございます」
ここは丁寧に応対し、持ち場を離れてもいいと言われているので、頭に叩き込んだ飛空挺内の見取り図を脳内に展開して最短で客を案内する。
「ここが当艦自慢のダンスフロアでございます。国内有数の音楽家がお客様の望む曲を奏で、楽しい一時を提供いたします。どうかご利用くださいませ」
思わず歯が浮くようなセリフが……でもこれを言わないと後でクレームでもきたら怒られる。
「ありがとう」
ちなみにチップなどをもらったりする場合がある。
そういった物はお小遣いとして寛容に認められている。
日本では馴染みが無いけど、海外ではアルバイトの給料がチップだけ、なんて話を聞いた事がある。
某携帯獣のゲームでもチップってあったしなぁ。
まあ、お金がもらえるなら悪くない。
今の人も俺に平然と銀貨を2枚もくれたし、本当、金ってある所にはあるんだなぁ。
下手なアルバイトよりも親切丁寧に対応したくなる……チップ制の凄い所だ。
さて、先ほど中断していた船内清掃に戻らねば……。
なんて思いながら客室区画を客に見られない所で走って移動していると、ドレスを持って何やらうろうろとしている女性客を発見。
速足で近づき、声を掛ける。
「お客様、なにかお困りでしょうか?」
ここ数日でわかった事だが、喋り方はゆっくり優しく丁寧に、だ。
それだけで優雅に聞こえるらしい。
正直、俺自身がよくわかっていない。
「あ……ちょっとこれを見てほしいの」
そう言って女性客が俺にドレスを広げてみせる。
綺麗なドレスに、果実酒なのか紫色の大きな染みができていた。
これは随分と盛大に溢したな。
「今夜のパーティーにこれを着て行こうと思っていたのだけど……綺麗にできない?」
う~ん……この汚れだとかなり難しいんじゃないか?
とはいえ、正直に言うよりも真摯な対応をするべきだろう。
「少々お待ちを! お客様は……ご自身のお部屋でお待ちください。お部屋番号をお教えくださると嬉しい限りです」
「じゃあ――」
と、俺はお客から服を受け取り、部屋番号を聞いて即座に船の清掃部門の上司に尋ねた。
「ほー……よく迅速にやってきたもんだ。ああ、早く報告に行かなきゃいけねえな。ちょっと待ってろ。これなら船に来た魔法使い共の練習に良いな。できる。パーティーには間に合わせると伝えろ」
「イエッサー!」
と敬礼してから俺は客のもとにとんぼ返り。
この間、10分だ。
肩で息するくらい急いで来たぞ。
深呼吸を三回して、汗を拭い、客室の扉をノックする。
すると先ほどの客が顔を出したので笑顔で応対した。
「船の洗濯班に連絡をいたしました。パーティーまでには間に合うとの事です」
俺の返事に客はホッと胸をなでおろしているようだった。
「そう。良かった」
で、ちょっと気になったので尋ねる。
「先ほどのドレスの様子からお部屋が汚れてしまわれているのではないでしょうか?」
「ええ……こっちもお願いできる?」
「承知致しました」
そう一礼して俺は掃除道具を持ってきて室内清掃を行った。
どうやら部屋に持ち込んだ飲み物を思い切りこぼしてしまったのが理由のようだ。
「船員さん、丁寧なのね」
「これが自分の仕事でありますので」
なんで冒険者志望の兵士が飛空挺で客室対応しているのか激しく謎ではある。
ライラ教官の話だと冒険者が使う移動に特化した飛空挺とかあるらしいんだけどさ。
そっちが良かったなぁと内心思ってしまっている。
いや、良い船に乗せてもらっているのは事実なんだけど。
「ありがとう。色々と助かったわ」
「いえ、どうぞ楽しい船旅を」
と、一礼して俺は客室から出て持ち場に戻った。
とりあえず波風立てないようにと動いていたのだけど、これが非常にまずかった。
なんか俺は接客対応も上手らしいぞって上への報告が行ってしまったのだ。
あの客がそう言っちゃったんだろうなぁ。
金持ちが乗る船だし、高評価を得たのは良い事なんだとは思う。
ただ、菓子作りの後、俺は客対応係まで任され、飛空挺内をあっちこっち行く羽目になった。
「あー……うー……」
激務の果てに俺は乗務員側の休憩所で机にもたれかかって呻く。
「ユキカズさん、飛空挺内で凄く働いてますよね。ちゃんと寝てますか?」
「寝てはいるよ。ライラ教官はどこぞの誰かと違ってその辺りしっかりしているからね。けど、起きてると声を掛けられて駆り出されるんだ……」
そういえば魔物の襲撃が何度もあったっけ、船に設置してあるバリスタとかで飛んでいる魔物を落とす感じ。
ジャイアントバットとかボムズアホウドリって魔物を倒したっけ。
「投擲技能持ちで目も良いからか火器操作もできて、戦闘班も気に入っていたぞ。良かったな」
「なんか知らんが忙しい。どうしてこうなった? まだ船に乗って数日なんだけど?」
「それだけ勤務態度が良い事の表れだ。今ではキッチン組と客対応組がお前の所属を文字通り殴り合って、奪い合いをしているぞ」
ライラ教官がくたびれた俺に同情しているのか、妙な事を言ってくださる。
「みんな! こんな俺を奪い合うなんてしないで、楽な仕事をさせて!」
「何をバカな事を言っているんだ……」
掃除と機関部で燃料補給の肉体労働をしているブルが羨ましい。
肉体も精神も忙しいの!
昨日なんて観光名所で食べるデザート作りって事で夜遅くまで仕込みをさせられた。
しかも食料の数が合わないって何度も確認させられたし。
俺が作ったはずのお菓子が消える事が多くて疑われ始めてる!
まあ、俺がいない所で消えるので無実は証明されているけど。
ストーカーでもいるんじゃないかって菓子作りの上司に冗談言われちゃった。
「ただ……ユキカズさん。割と命じれば何でもやりますから、しょうがないのかもしれないです……」
「要領が良いのか客に不快に思われん言葉づかいをするしな。この人材を眠らせておいたトーラビッヒは無能だな」
あの激務を思い出すとまだ楽なのが悲しい。
いや、あの激務を経験しているからこそ、飛空挺での仕事を卒なくこなせてしまっているとでも言うのか?
微妙に認めたくない。
「今度ギルドで事務でもさせてみるか」
「やめて! 俺が忙しくて兵士の……冒険者の仕事ができなくなっちゃう!」
「これもある意味、冒険者業の修業なのだがな」
「どこがですかー!」
「知らなかったのか? じゃあ座学ついでに貴様に教えてやろう」
ライラ教官はなんでこんな雑務を兵士がするのかを教えてくれるようだ。
「まず……そうだな。貴様が兵役に就かずに冒険者になれた場合を想定するのが早いかもしれんな」
「楽そうですね」
藤平が望んだ冒険者がそれだ。
「冒険者の命は使い捨てで、死ぬのは因果応報って感じの奴ですね」
「冒険者まがいの連中が無法地帯の街などを拠点に……というのは過去の例には存在するし、遠い国では今でもあったりする」
おや? 藤平の望む冒険者にもこの世界ではなれるのか。
良かったな藤平、そこに行けば夢の冒険者だぞ。
治安は最悪だろうが。
「国が認めた冒険者ではない故に保障も無ければ、武具や施設の割引も無いのでな。そういった制度で動いていた国は大抵ダンジョンに眠る化け物なんかを呼び起こして滅んだなんて話がある」
ああ、そういった被害があって、このレラリア国では厳重にダンジョンの管理をしているんだな。
嘘でもなんでもないんだ。
「その際に有名な話だと異世界から戦士が現れ、凶悪な化け物を倒したと語られていてな」
お? ここで俺と関わり合いがありそうな事に繋がる訳?
んじゃレラリア国が恐れている魔物の侵攻、魔王ってのも、その辺りと関わりがある感じかな?
「今でもそのような問題で滅び、人類の生活圏ではなくなった地域がこの世界にはある。というのは今回の話とは関係が無い」
あ、そうなんだ?
「今回は何故兵士が雑務をしているのかってところだな」
「ええ。治安維持とかで見回りするのは理解できますし、賞金首の討伐とかをするのも分かるのですけど、なんでギルドの職員をしたり、宿屋や酒場、薬屋とかいろんな店の手伝いをするんですか? 過去に店主が冒険者だった。にしては多過ぎるかと思うのですけど」
「兵士は国で雇われた者だからそのような職務も含まれる。では納得できないだろう」
俺はライラ教官の言葉に頷く。
「より詳しく理解できるように答えると、さっきの話に戻るが兵役無しで冒険者になった者というのはその手の設備の利用に横暴になったりする所があるのだ。金を出しているのだからサービスしろとか、安くしろとかな」
「あー……つまり、よく利用する店側の苦労とか裏側をしっかりと理解し、節度ある冒険者にする為に、冒険者になる前にやらせるって事……ですか?」
「そういうことだ。血の気が多くて戦いたいだけなら冒険者ではなく兵士でも十分だ。冒険者というのは迷宮などに挑んで世界に有益になる物を持ち帰ることにこそ意義があるだろう。であると同時に教養を持つことが強いられるのだ。危険な封印をワザワザ解いて国を滅ぼしては元も子も無い」
なんとも……そう考えると、確かに宿屋の仕事とか酒場での仕事とかを覚えると、利用する際に横暴にはしたくない。
「まあ、それでも横暴になる者はいるのだが、そこは性格だとしか言えんな。だがそんな奴はランクが上げられん」
国に所属するってそういうことだよね。
「統計を取ると兵役をしっかりした者の方が準冒険者上がりよりもランクは上に行くぞ。だから、腐ってないで働き、学べ。今はより多く吸収する時なんだ。わかったか?」
「はい、わかりました」
「とはいえ、貴様を含めて皆、評価が高くて私も鼻が高いぞ」
ライラ教官はフィリンの方を向く。
「フィリンは志望故か飛空挺の機材調整などに精通しているし、魔法が使える故に魔力回路の操作で大いに助かっていると報告が来ている。気も利くし、無駄な部分を削減したお陰でコストが約5%軽減できたとメカニックが驚いていたぞ」
「あ……ありがとうございます」
「ブルトクレスも同様に力仕事を文句を言わずに黙々とする姿勢が評価されている。オークを乗せる事に不安に思っていた者も居たが、今は頼りにしているそうだ。戦闘時も甲板に取りついた魔物をあっさりと倒していた」
おー……ブルの奴も凄いな。力仕事担当って感じだね。
「三人とも、揃って有能であるのは私が保証しよう。さて……そろそろ休憩を終えて甲板で模擬訓練を始めたいのだが……」
「ブルの奴遅いな……機関部での力仕事にまだ時間がかかっているのか?」
なんて不審に思ったところで……。
「ブヒャアアアアアア!?」
聞き覚えのある鳴き声とも言える悲鳴が聞こえてきた。





