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五十二話

 そうして……藤平が去っていった後、俺は深いため息をする。


「はぁ……」


 なんであんな奴のために俺が気を使わないといけないのだろうか。

 本当に銀貨1枚で割に合う仕事なんだろうか?

 というか、俺に話しかけるなって言葉はアイツにとって別れの挨拶か何かなんだろうか?

 なんてテーブルにもたれ掛っているとライラ教官がやってきて隣に座った。


「あー……うん。その、なんだ……私はお前が部下になって非常に助かっているぞ?」


 藤平の様子にライラ教官も気づいたみたいだ。

 しかも、いつもより優しい。


 うん。アイツは色々と面倒なんだよ。

 トーラビッヒよりはマシだと思うけどさ。

 なんか疲れるんだよな。


「しかし、異世界の戦士とはああいう奴が多いのか?」

「いえ、アイツだけ特別です」

「そうか……確かに特別なのだろうな。それはよかった」


 話が通じない奴という意味で藤平は特別だ。

 異世界人の全てが藤平みたいな奴だと思われなくて本当に良かった。


「お前は十分耐え忍んだ……そこは理解している」

「……ありがとうございます」


 なんて答えつつライラ教官と話をしていると、また大きなガラス玉が転がっているのが目に入る。

 前回もそうだが、疲れているからか?

 俺の視線に気づいたライラ教官が振り返る直前、ガラス玉はまたも物の陰に転がって見えなくなる。


「どうした?」

「いえ……」


 何かのおもちゃかな?

 ここは一応喫茶店だし、あの高速艇に乗っていた奴がここで遊んでいるとか……かな?


 ともかく、これで一応藤平は準冒険者として走りだした。

 ラルオンが藤平を真人間に教育してくれることを祈る、としか言いようがない。

 そうして……まあ、俺はライラ教官と城に帰りライラ教官の指導の下、実技訓練をしたのだった。


 Lvが上昇したお陰か、手も足も出なかったライラ教官に多少だけど付いていくことができるようになった。

 これは確かに成長……なのかな?

 まあ、一本も取ることはできなかったんだけどさ。


 所詮は付け焼刃だなぁと日々実感する毎日だ。

 だけど、凄く充実した訓練だったと思う。




 翌日……。

 俺たちは国が用意した飛空挺に乗り込むことになった。


「これが飛空挺かー……」


 高速艇はもう少し小さかったけれど、俺が今見ている飛空挺はかなり大きな……飛行船に乗船部分を増やしたみたいな構造をしている。

 アレだ。最後の幻想で有名なRPGとかで出てくる飛空挺がそのままある感じ?

 ちょっと感動。


「正確には飛行巡航客船だがな。まあ飛空挺であるのは変わらん。これから私達はこの船での雑務をしながら各地を飛びまわりながらの仕事となる」

「飛行巡航客船での雑務ってどんな仕事なんですか?」

「ブー?」


 俺とブルは未知の経験故か尋ねる。


「乗客のために客室への案内とか、船のメンテナンスとか色々とやるんです。どちらかと言えば客船が飛んでいるって感じですね。高級宿屋の仕事に飛空挺の仕事が混ざった感じです」


 フィリンが知っているようで教えてくれる。

 えっと……宿屋の仕事はトーラビッヒの命令でやったことがあるから知っている。


 まずは清掃。

 ベッドメイキング。

 場所によっては食事の提供補助。

 部屋の鍵の受け渡しとか。


 フィリンはこの辺り詳しいなぁ。

 やっぱりお姫様だからなのかな?


「更に接客、娯楽の提供、食事の提供なども船員はすることになる。まあ……お前たちは接客に関してはあまり機会は無いとは思うがな」

「ライラ教官もここでの仕事は接客なのですか?」


 なんか想像できない。


「私のセクションは違う。どちらかと言えばいざという時の戦闘と指揮が本業だ。空にも魔物は出てくるのでな」


 ああ、なるほど……用心棒ポジションなのね。

 司令官的な立ち位置なのは想像に容易い。

 無難と言えば無難だ。


「艦長ですか?」

「そこまでではない。国から来る他の雑務も船で行い、目的地で更に指示を出すなど、そんな仕事が多い。逆にお前たちは兵士としていろんな仕事をすることになる」

「はあ……」

「まあ、ずっとこの船に乗っている訳ではない。各地での面倒事などの解決が私とお前達の仕事になる」


 つまり移動中の無駄な時間も働かせる為にこんな乗り物に俺達を乗せるって事なのね。

 ある意味では効率的なのかね。


「ほら、無駄話はこれくらいにして乗り込むぞ。後、客には十分気をつけろ。大半が貴族だ。優雅な旅を楽しむために乗りに来るのだからな」


 でしょうねー。

 この船、乗るのに滅茶苦茶お金かかりそうだもん。

 どんな世界でもある所には金ってあるんだなぁ。


「ブルトクレスは客がいるエリアでの作業はローブ着用だ。オークというだけで騒がれるのでな」

「ブー」


 余計な騒ぎにならないように、とライラ教官はブルにローブという名の白装束を支給した。

 試しにブルが着ると……小型の獣人ってのはなんとなくわかるけれど、オークだとは特定し辛くなった。


「ブルトクレスの場合は尻尾だけは出しておけ、それで客はそこまで不審に思わなくなる」


 チョコンとブルのフサフサの尻尾がローブから出る。

 ああ、うん。

 ブルはオークなのに尻尾だけは犬っぽいので、全体のシルエットがぼやけるローブを着るとコボルトとかそんな感じになるね。

 ライラ教官も考えてるなぁ。


「言うまでもなく、客の前では極力鳴かないように。種族上の理由と誤認させる」


 その手の宗教とかこの世界でもあるのかな?

 俺のいた日本とかでも聞いたことがある。

 ある国の既婚女性は素肌を見せちゃいけないって感じの奴。

 会話もダメなのもあるのかもしれない。

 たぶん、それと似た感じの文化もこの世界にはあるのだろう。


「ブ!」


 わかったとばかりにブルが鳴いて答える。

 言っている事はわからないけれど、ブルは俺達の言葉をしっかりと理解している。

 読み書きとかできるならもっと意思疎通できると思うんだけどなぁ。


 ……無くても話ができればより友人、親友っぽい。

 なのでそんな手段に頼らずにいれば良いか。

 打算が混じっている俺は、やっぱりどこかダメだな。


 という訳で俺達は飛空挺に乗り込んだ。


「まずはお前らの船室になるな。この船は客船でもある故に乗組員の部屋はそこまで大きく確保できていない」


 ガチャっと豪華なエリアの裏側にある機関部などがむき出しの区画へとライラ教官は案内し、船の底とも言える部屋へと案内してくれる。

 心なしか湿っぽい気がする。


 そこにあったのは……二段ベッドが二つある船室だった。

 寝るためだけのスペースって感じだけど、ベッドは各自自由に使える感じだ。

 ベッド自体は思ったよりは柔らかそう。


「他にも船員がいるが、男は男で分けられる。トツカとブルトクレスはこっちの二つだ。狭いだろうが、この程度、兵士なら当然だぞ」

「やったな、ブル! 一人一つのベッドだ!」

「ブー!」


 俺とブルが揃って専用のベッドが与えられたことに喜びの声を上げるのだけど、ライラ教官は呆れた顔をしている。


「お二人はトーラビッヒ元上官の所だと一つのベッドに狭い床で寝てましたからね……あの後、別室になったんじゃないんですか」

「うん。まあ、交代で寝ればよかったし」


 未だにそれは変わらないぞ。

 技能のお陰でショートスリープで元気になるのは素晴らしい。


「これで喜ばれるとは……お前らの個室をチェックし忘れた私のミスだな。いや、タフな連中と褒める方がいいか。ともかく、貴様等の寝る場所はそこだ。しっかりと覚えておけ。同室の者達とも仲良くするのだぞ」

「はい!」

「ブー!」


 とまあライラ教官に感謝の敬礼を行う。

 その後はフィリンが寝る場所に案内され、俺達は正式に飛空挺のクルーとしての仕事をする事になった。


 高速艇での配置と同じく、ブルは基本的に機関部での監視付き肉体労働。

 フィリンは魔法装置のチェックが基本的な仕事になった。

 一応、他にも船内清掃とかをやらされている。

 ライラ教官直属の部下なんだけど、この辺りの優遇はライラ教官自体が許さず、俺達は下っ端船員って事で掃除を込みの雑用を任される。


 うん。それは良いんだ。

 うん……俺はどうなったのかって?


「何ボサッとしてんだ! 早く作れ!」

「はい!」

「いいか? まだ新米のお前にはクッキーの作り方を教えるが、他にもどんどん作らせていくから覚悟しろ! 口でも言うが見て覚えろ! わかったな! 菓子は分量がすべてだ! レシピ無しで作れるまでしっかりと作りこめ!」


 何故か飛空挺のキッチンで菓子作りの補佐をさせられていた!


 飛空挺に乗って配属1日目のこと。

 俺達がどこで仕事をさせるかを飛空挺の船員達はそれぞれの出来る事から算出した訳だ。

 ……何故俺がキッチンで菓子作り所属になったのかというと訓練校での経歴などが大きく関わっている。


 まあ……言うまでもなく先輩方に振る舞った挙句、通貨代わりに融通してもらっていたハーブクッキーとかがね。

 それと訓練校の料理班だった先輩からの口利きとかあったらしい。

 飛空挺の雑務に俺が所属するって決まった瞬間から最優先で菓子作り担当にさせられてしまったわけだ。


 所持している技能とかもファイアマスタリーって料理するのに便利な物を持っているし、調理中の料理の状態を見極める鑑定まで持っていたら決まったようなものだったのかもしれない……。

 兵士の服から一転してコックの服装……パティシエになったような気分にさせられる。

 とにかく……俺の仕事は客に食べさせるお菓子作りの見習いってポジションにさせられてしまったのだ。


 言われるままにクッキー作りを延々とさせられつつ、果物の盛り付けとかをさせられて、食卓であるテーブル席へ運ぶ仕事までさせられた。

 目が回るとはこのことだ。


 バイキング形式の場所と個人の席に交互にお菓子を出す。

 一応食事は朝昼晩の三回に分けられて、朝は果物中心、昼というか昼過ぎにはケーキ類、夜は……と多めに作る菓子が決められている。


 異世界だってのに結構バリエーションが豊富で驚く。


「この世界が誇る俺から菓子作りを教わるんだ! しっかりと付いてこいよ!」

「イエッサー!」


 って厨房では鬼とも言えかねないお菓子担当の熟練が俺を徹底的にしごきにかかってくる。

 焦がしたらその分、残業と責任を取って焦がした菓子の買い取りをする羽目になった。

 しかもこれは将来の査定に響くって話で……うう……トーラビッヒのような理不尽さはないけれど酷い環境だ。


 泣く泣く失敗作を宛がわれた部屋に持ち帰ってベッドに置いておいたら盗まれる始末。

 ブルに聞いたが食べてないって言うし……誰だ! 俺の失敗クッキーをちょろまかしている奴は!


「本当、お前は菓子作りにプライドねーな! もっとプライドを持ちやがれ!」


 クッキー作りとか趣味でやっていただけだし!

 なんで飛空挺に乗ってまでやらされなきゃならんのだ!


 なんて思いつつ、鑑定を駆使して最高の状態で焼き上げられるようになるのに、そんなに時間はかからなかったのがなんとも悲しい。


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ツギクルバナー
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[一言] 「なんて答えつつライラ教官と話をしていると、また大きなガラス玉が転がっているのが目に入る。前回もそうだが、疲れているからか?俺の視線に気づいたライラ教官が振り返る直前、ガラス玉はまたも物の陰…
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