五話
「うるせえな! 俺に説教すんな!」
藤平の奴が俺達に敵意を見せながら怒鳴る。
「説教じゃねえよ。騒ぎを起こされると俺達も火の粉を被るからやめさせてんの」
こう……旅の恥はかき捨てとでも言いたげな態度だ。
何をしても良いと勘違いしてないか?
俺達は明日もわからない謎の世界に迷い込んでいるんだぞ。
むしろ即日でここまで来てるのが驚きなんだ。
考えてみればいきなりの事態に俺だって対応しきれてないんだぞ。
「報酬は低めですが、小額の依頼窓口なら冒険者ではなくても受ける事はできますよ」
なんて受付の人が掲示板を指し示す。
これはまさにアルバイト募集とかその次元の仕事だろうな。読めないけど。
「ふん! 何も冒険者にならなきゃ異世界で生きられないわけじゃねえんだ! 俺は俺のやりたいようにやるんだよ! 本当、追放とかうぜぇ……!」
そして乱暴な歩きで冒険者ギルドから出ていく。
死亡フラグ立ててんぞ。
推理モノだと次のシーンで死んでるな。
というか追放って……自分から出ていくのは追放とは言わないんじゃないのか?
どちらかと言えば逆恨みって感じだぞ。
「まったく……訳がわからん奴だな」
藤平の後ろ姿を目で追いながら思わず愚痴る。
「窃盗癖もありそうだし、後であの短剣の件で罪に問われないか不安だな」
クラスメイトの飛野がそんな藤平を心配している。
やっぱり報告しておいた方が良いよな?
「心配しても始まらないだろ。アイツの横暴な態度にはもう付き合いきれないしな」
「そうだけどさ」
俺達に飛び火する前に距離を取れて幸運だと思うしかない。
「説明は以上です。幸いな事に、現在冒険者ギルドは兵役……兵士を募集中ですが、どう致しましょうか?」
「ちょっと待ってください」
責任者の人にそう言ってから残ったクラスメイト達と話しあう。
「どうする? 冒険者になるために兵役に就く?」
「意味あるのか? そもそもこの世界がどうなっているのかを知りたいだけなのにさ?」
確かに……言っては何だが、国が斡旋する異世界の戦士として戦うか、冒険者になるために兵役……兵士になるかでは対応が随分と違うんじゃないか?
もちろん藤平が言うように他にも手立てがあるかもしれない。
どっかで住み込みの仕事とか見つけて生きる選択だってある。
だけどせっかくの異世界だぞ? って藤平は言いたかったんだろうしな。
つまり学生が1日にして異世界で路頭に迷いかけてるわけだ。
「結論は後回しにしてもだ。この世界を詳しく知るにはどうなんだ? 兵役ってどんな事をするわけ?」
俺の問いに責任者は更に分かりやすい絵で描かれた資料を見せてくれる。
「えーまずは応急手当の方法や兵士としての基礎を教える事になります。武術から野戦知識等ですね。冒険者志望の場合は更に冒険者として必要な事、仲間の手当て等、無数の事を教えられますね。更に国の兵士として各地で業務を行う事になります」
「なるほど」
知るという点では兵役もある意味間違いはないのかもしれない。
資格を持つというのはそれに合わせて知識や教養を身に着ける事になるわけだし。
楽に国民資格なんて得られないよな。
俺達の世界でもどっかの国じゃ兵役に就く事で国民の資格を得られる、とかあった気がする。
そう考えたら何の不思議もないじゃないか。
冒険者志望の場合とあるから、他にも志望する事は可能って事だろう。
その分、兵役期間は延びるとかかな?
「そして晴れて冒険者になった場合、資格として冒険者カードを支給され、ターミナルを使用せずにステータスを確認できるようになります」
「……ステータス?」
「ええ」
……責任者と俺達とで交わされる言葉が止まる。
相手は俺達が異世界人であるのは知っているけれど、あくまで新規のどこから来たのか分からない流れ者って扱いで説明してくれたんだろう。
この世界の常識としてもっとも根底にある物は知っていて当たり前なんだな。
ステータスって……あのステータスだよな? ゲームの。
見た目とか評価とかの物じゃないだろ。たぶん。
だけど会話の糸口が掴めない。
よし、ターミナルって物を確認しよう。
「ターミナルってあれですか?」
ギルド内のモノリスみたいな浮かぶ何かを俺は指差す。
城の庭とか街の噴水とかの近くにもあった。
なんて言うか、ゲーム風で言うならセーブポイントっぽい奴。
「はい」
どうやら間違いは無いらしい。
俺はそのターミナルとやらに近づいて軽く指で触れる。
ポーンと何か光ったかと思うと光が浮かび上がる。
兎束 雪一 Lv1 侵食率 0.03%
所持スキル 異世界言語理解1 No:Lチャージ
スキルポイント10
ふむ……他に体力っぽいゲージとスタミナっぽいゲージ、他に魔力っぽいゲージがある。
ゲーム経験があればなんとなく察する事はできる。
……この侵食率ってなんだよ? しかも勝手に侵食してないか?
何かの状態異常だろうか?
徐に指を走らせて閉じると読めるボタンを押すと光は消えた。
「ゲームっぽい」
藤平もここを調べりゃ少しは話が合っただろうに。
「ちょっと話をさせてください」
「はい」
で、またも飛野を初めとしたクラスメイトと話をする。
「どうやら異世界でゲームっぽい要素があるみたいだぞ。ステータスとLv付きだ」
「わかりやすくて面白そうだとは思ってきた」
「とりあえずLvが高ければ何とかなりそうだな」
否定はしない。
実に分かりやすそうな要素だった。
異世界人が強くなりやすいって初期のスキルポイントが多いとかも関わってそうだな。
儀式をするとどこでもステータスが見えるようになるとかかもしれない。
「ただ、侵食率と妙な技がある」
「ん? そうなのか?」
クラスメイトが確認を取る。
「そうだな。No:5チャージって何だろうな?」
「え? 俺はNo:Lチャージだったが……」
飛野はNo:5チャージで俺はNo:Lチャージ……何が違うんだろうか?
「個人差かなんかだろ。ともかく侵食率ってなんだ?」
責任者に向けて尋ねると首を傾げられる。
「何の事でしょうか? 何か異常があるのでしたらすぐに治療を行った方が良いかと思いますが?」
これは本当に知らないといった様子の表情だ。
元が0だったとして少し増えているのは何なんだ?
んー……よくわからんが不吉なのは確かだ。
「後で報告した方が良くね?」
「だな」
「とは言え、これからどうする?」
「うーん」
みんなして考え込んでしまう。
藤平みたいに制度に文句を言って何かを始めるのも良いのかもしれない。
だけど冒険者の特典に買い取り金額とかあったので何かしらの物品の取引にも資格はあった方が有利に働きそうだ。
「ま、まだ2、3日は様子を見る事ができるんだし、色々と回ってみようぜ!」
「そうだな!」
「お話、ありがとうございました」
「いえいえ、今夜は宿をお探しの様子、せっかくなのでお安い宿を斡旋しましょうか?」
おお、なんとなくだけど城からの手配が行き届いている感じがするね。
そんなわけで俺達は冒険者ギルドの責任者っぽい人から紹介状を貰って安く宿を借りてその日は過ぎていったのだった。
まあ結果的に言えば貰った金銭で城下町の様子とかいろんな所を少しばかり見て回ったに過ぎなかったわけだけど。
世界と言うか異世界の日常を知るには良い機会だったかな。
魔物とか街を出ると割と居るらしく、しっかりと装備がないと危ないとかも聞いたっけ。
そんなわけで異世界に来て三日目の事、特に誰が決めたわけじゃないけどクラスメイト同士で話をして、これからどうするか各々決断する事になった。
広場でそれぞれ話し合う。
「で、どうする?」
「俺は……城の方へ戻るよ。冒険者になるために兵役をする意味を感じないし、どっちにしろ戦ったりするなら立場が良さそうな異世界の戦士の方が良いと思う」
「ま、戦わないにしても国の保護下で仕事を紹介してもらう方が良いよな。賛成」
「俺はちょっと兵役をしてみるかな。どうせいつでも戻ってきていいと言われてるし」
「俺はここ三日で歩きまわって仲良くなった人が冒険者でさ、体験だけど見習いとして少しやってみる」
飛野は冒険者の下で見習いをするのか……みんな各々情報を集めてたんだな。
「あ、城の方に残った連中と昨日会って話をしたんだけどよ。ステータスのチェック。あっちもしたってさ。で、侵食率ってのは異世界の大気に俺達は馴染めていないから出るものでそんな怖いもんじゃないらしい。どうしても気になるなら儀式をすれば解消するって話だ」
「へー異世界に来た反動的な奴か」
「アイツらもう侵食率の項目無いってさ」
それっぽくはある。
けどなんか違うような気もしないか?
まあ、30%とか行ったら体がめっちゃ重くなるとか感じるようになるんだろう。
解消する術があるなら後回しにしたい。
こう……病院で注射をするような嫌な感じがするし。
「兎束はどうするんだ?」
「俺はー……何か儀式ってのが怖いし兵役の方をしてみようと思ってる。好きにする余裕はあるし、辛くって嫌になったら城の方に戻れるだろうしさ」
なんとなくってわけじゃないが、少しばかり兵役に興味を持っている。
ミリタリーオタクってわけじゃないけど階級にも興味があるし、優遇される立場が少しばかり気色悪い。
そりゃあ身勝手な召喚に巻き込まれたってのはあるけどさ。
ついでに言えば城の方に戻った際のまだパニックになっているクラスメイトとかに遭遇するのが嫌だ。
ヒステリックな声って嫌いなんだよね。
で、他に当ても無ければ仲良くなった人もいないし、そこまでコミュニケーションも得意じゃない。
やらなきゃいけない時はするけどさ。
「あいよー」
そんなわけで俺は冒険者ギルドに行き、三日前に話をした責任者に声を掛けた。
「あの、兵役に就きたいのですが……」
「承知しました。我等がレラリア国の冒険者ギルドはどんな人も受け入れております。どうか国の為己自身の為、平和の為に兵士として力を磨き、奉仕する事を期待しております」
奉仕って事に僅かばかり抵抗感を持ちつつ、俺はその日のうちに国の兵士として訓練校へと行く事になったのだった。
ちなみに補足であるが……俺と同時に兵役に就いたクラスメイトは三日で辞めて城へと帰っていった。