三百七十六話
「あれは……」
フワフワと、ラルオンのようにアポ・メーカネース・テオスに改造された冒険者たちが落ち葉に乗ってユラユラと大樹の根元の方にゆっくりと降ろされて行くのが見えた。
どうやら……改造された冒険者たちの意識は無いが助ける事をワン・アジンはしてくれたのを世界樹が拾い上げてくれたんだろう。
いやぁ……エミールとムーイが作り出した樹だけど果てしないな。
犠牲者たちの救済は元より、アポ・メーカネース・テオスとムーフリスが作った施設を丸ごと作り変えてしまったんだから。
何にしても俺もくたくたで、眠くてしょうがない。
ただ、確かな手ごたえはあった。
アポ・メーカネース・テオスプラズマは確実に息の根を止める事が出来た。
これですべての黒幕を仕留める事が出来たんだというのが俺の中にある機械仕掛けの神を討つ者と言うスキルが感じさせてくれている。
って雑談をしている横で、ムーイがうつらうつらとしている。
「……ムーイ?」
思えば俺由来のナンバースキルを使うし、迷宮種達のエネルギーを滅茶苦茶引き出すし、変身に大幅に協力してくれた。
相当な無茶をしてしまって疲れ切ってしまっているのか?
侵食と言う代償があるのをムーイの体質がどうにか抑え込んでくれているだけなんだし。
かなり消耗しているはずだ。
「ん? ああ、大丈夫だぞー」
俺の疑問にムーイは手を振って答える。
それなら……良いのだけどさ。
「ユキカズ、早くエミールの体の方へ行った方が良いと思うぞー」
「そうだな。早く合流しないとエミールの体の方がヤバイ」
「エミールの力の源はユキカズの方に預けたぞー」
『な……なんだな』
途中から黙って成り行きを見守っていたらしきエミールの声が聞こえる。
「ちょっとムーイ、疲れたから健人と一緒にここで休んでるぞーだから飛べて素早くいけるユキカズ、エミールとラルオンとバルトの所に行ってきて欲しいぞー」
ヌルっとムーイが自分の体を千切って俺に絡ませる。
分身を寄生させた形だ。
「……ああ、俺もいい加減、お前らに吸われた体力と魔力でクタクタだからよ。行ってこいや、カエルと冒険者様とバルトの所に、まだ交戦中だったとしてお前ならどうにか出来んだろ?」
「……わかったよ」
まあ、ムーイには無茶をさせたからなぁ。
「ムーイはお腹減ってるだろ?」
作り置きしておいたお菓子をアイテムボックスから出してムーイに差し出す。
「これ食って休んでいてくれ」
「おー! ユキカズありがとー」
「健人もな」
「こんな時でも持ってるのかよ。ま、こういう時は甘いものがあると疲れが取れるけどよ」
健人もポリポリと出したお菓子をつまみ始める。
「なんかあったらわかるように何かしてくれよ? すぐに戻ってくるからな」
「おー」
「わかってるよ」
「ほら、ユキカズ! 早くいかないとエミールがどうなってるかわからないぞ」
「ああ、じゃ……行ってくる」
って俺は羽を広げて、浮かび上がり、一路地下に向かって飛び立った。
……なんだろ。
何か大きく引っかかる。
これってさ、俺が異世界の戦士として臨界を迎えてブルやフィリンに先に行かせてライラ教官とバルトと話をする時の雰囲気に似てね?
『……』
『……』
チャンネル聖獣とチャンネル迷宮種・エミールしかいない所の両方が沈黙と言う選択をしている。
かなりメタな感じだけど俺の考え間違ってないよな!?
エミールごめん! ちょっとムーイが気になるから戻って良い?
『良いんだな。オデ、死んでてもユキカズの兄貴が力の源を入れてくれたらきっと再生できるんだな。それに今のままでも大丈夫なんだな』
ああ、エミールのやさしさに甘える俺が身勝手すぎると思いつつ来た道を戻ってそーっと確認しようとした所で……ムーイから預かった分身がガクーンと突然重たくなって飛びづらくなった挙句、樹に引っ付いてきた。
「うお! ムーイ!? 何するんだ!」
「ごめんなユキカズーそっちには行かせないぞー、普段鈍いのに勘がよくて困ったぞー」
って、おい! 何をしてんだ。お前の本体が心配でしょうがないだろ!
ぐるぐる! っとムーイが俺を締め上げるように包み込んでしまった。
「……黙って見てるなら見てて良いぞー」
と、そのままビヨーンっとムーイ達を置いて行ったところが辛うじて見える所に俺は引っかかる形で押さえつけられてしまった。
そこではムーイが徐に立ち上がり、空を見上げていたかと思うと……ドサッと……天使と悪魔を混ぜたような異世界の戦士の力を内包していたムーフリスが落ちてきた所だった。
「う……く……くそ」
今度は生きてるみたい?
かなり弱っていて、異世界の戦士の力はもう無く、姿を保っている事が出来ずに黒い煙のような姿に徐々に戻って行っている最中のようだ。
「ケント、下がってて良いぞー」
「あいよ。早めに終わらせろよ?」
「おー」
なんだ? 健人はムーイが何かしたいのかを察したように構えることなく少しばかり距離を取って成り行きを見守っている。
何を見守ってんだよ。
俺も押さえつけられてて動けないんだけどさ。
疲れてて弱っているし、ムーイに俺の体の中にある迷宮種の力の源を掴まれていて本当、力が出せない。
「残念だったな。あれだけの……力を持ちながら今度は俺を殺しきる事が出来なかったようで……生憎、俺に乗り移っていたあの方は消滅してしまったが、俺は生きている。ここで弱ったお前らを殺し、あの、兎束雪一に地獄を見せてくれる!」
殺意の籠った眼光でムーイと健人に相対するムーフリスだが、ムーイは先ほどの疲れたと言った様子はまるで無く、一歩前に出た。
戻って来てよかった。
アイツがまだ仕留めきれていなかったって事で見逃すところだったぞ。
「……違うぞームーイがムーイの兄弟分のお前を死なない様に、調整して生かしてやったんだぞ。ワン・アジンって神獣にムーイ、ちょっとお願いしたし……お前の中にあるムーイも死なない様に守ったんだぞ」
「な、なに!?」
ムーフリスがボロボロになりながらムーイによって生かされたという返事に驚きの声を漏らす。
「どういうつもりだ!」
「ムーイ、敵がなんでユキカズやムーイ達の事を知ったのか、なんとなくわかってた。ムーイの僅かな体の一部を持って行って、お前に与えて情報を知ったんだろー?」
「ふん。気づいていたか、お前の一部から知った事を」
「うん。お前はムーイに近い、から出来たんだと思うぞ」
「今の俺は恵まれたお前さえも取り込んで情報を得る事が出来るのだ。それがどうした! 俺を哀れに見て助けたのか? なんともお花畑な奴だな! 取り込んだお前の欠片からもヒシヒシと感じられたぞ。ずいぶんと甘やかされた環境にいるようだとな!」
蔑みとも羨望とも言えるような、そんな恨み節が混じった言葉をムーフリスはムーイへぶつける。
「俺がどれだけみじめな思いをしたのか知らない、強いというだけですべてを手に入れたお前に俺の気持ちなんてわかるはずがない!」
迷宮種とはどうも階層主が変異した存在だというのが分かっている。
ムーイはムーフリス大迷宮の深い階層の階層主で、俺たちが戦っていたムーフリスは元々、浅い階層の階層主だったのだろうという推測があった。
深いからこそ強いムーイと浅くて弱く、蔑まされた迷宮種だったムーフリス。
同郷の迷宮種がここで双方を認識し、ムーフリスはムーイへと憎悪の感情をぶつけている。
俺だって強かったら、アポ・メーカネース・テオスに利用される事は無かったとばかりに。





