三十一話
「じゃあ引き続き探索して行こう」
「はい」
「ブー!」
そう……やる気を見せた直後。ブラウンフライアイボールが4匹、こっちに素早くやってくる。
ゲ!? 既に発見されてる。
戦闘の騒ぎとかを聞きつけてきたって事か?
数が多いぞ。
フックの先端に矢を付けて、投げる準備をする。
上手く使えば矢の節約になるだろう。
「勝てる相手だ! 手短に仕留めて早くここから移動しよう」
「ブー!」
「はい! さずかった魔法の力を試してみます」
フィリンがロッドを構えて魔法の詠唱に入る。
意識を集中しているようだ。
「ブル! 行くぞ!」
「ブー!」
宝箱から入手した矢を投げつけるとキラキラと無数の光が飛び出しながら飛んでいく。
なんだこれ?
その星が俺が狙ったブラウンフライアイボールの両サイドに居た奴に命中し、突き刺さっている。
なんか混乱効果もあるようで、フラフラとブラウンフライアイボールの挙動がおかしくなった。
鎖を振りまわし続ける限り、しばらく星が飛びまわる。
「おー……」
あんまり派手な攻撃は避けたいけど、ブラウンフライアイボールには効果的のようだ。
だが、謎の星が出る効果はしばらくすると消えた。
やっぱり使い捨てかー。
「ブ」
タイミングを練ってブルが前に出ようとしたところでフィリンがロッドを前に向ける。
「危ないから下がって! ライトニングショック!」
フィリンの持つロッドから雷がバシンと飛んでいき、連鎖的にブラウンフライアイボールを貫く。
「!?」
ただ、致命傷には至っていないようで、まだブラウンフライアイボールは倒れる様子は無い。
それでも満身創痍なのは一目で分かる。
後ひと押し!
「ブー!」
ブルが素早く跳躍して二匹たたき落とした。
俺は残りの二匹にトドメの石を投げつける。
良い感じの音がして仕留めた事を確認。
若干の経験値酔いを感じつつ、勝利のポーズとばかりに片腕を上げる。
「快勝だね!」
「はい!」
「中々良い感じに攻撃に使えそうだね。不意打ちに良さそうだ」
「ええ……とは言いましても、勝てる魔物とどれだけ遭遇できるかですけどね」
まあね。
そんな感じで俺達は着実に勝てる相手との戦闘を続け、潜伏しながらダンジョン内を進んでいった。
道中、敵の不意打ちを逆に受けて俺とブルが若干負傷したが、採取した薬草の効き目が良くて、フィリンの回復魔法で割と直ぐに回復したっけ。
そんな道中。
……強力な魔物相手に隠れる事を繰り返しているうちに疲れが出てきた。
オルトロスを倒した時のような草でできた洞を発見。
洞の反対側を少し進むと沢のような川と繋がっていた。
「少し休憩を取ろうか。ここに隠れてさ」
「そう……ですね」
「ブ」
みんなかなりの疲労の色が濃い。
水筒の水で喉を潤したりしているけどいい加減厳しくなってきた。
一旦休息を取らねば戦闘の継続は難しいだろう。どこかで火を起こせればいいが、安易に火を起こすと魔物がな……。
とは言え、念を入れ過ぎて倒れたら元も子もない。
「ブー」
ブルが採取しておいたオオコンヒューマインダケ等の毒キノコの罠を周囲に設置。さも毒キノコの群生地に見せかける。
ついでに地面スレスレに鳴子っぽくフックを設置しておく。
後はオルトロスの爪を使って辺りの草に爪痕を偽装する。それとスレードグレイエレキスネークの血を辺りに振りまいて、ボスが近くにいると演出しておく。
これで多少は接近を抑える事ができるだろう。
退路の確保ができるように洞の反対側も確認してある。
何か問題があったら俺も本気で力を振るうしかないか。
そう思いながら洞の中に隠れる。
「ブ、ブ、ブ」
「そこまでする必要あるかー?」
「ブー!」
オルトロスの爪を器用に使ってブルは深く穴を掘って巣穴を作り出した。
「凄く軽快に掘っていくけど……」
ブルがオルトロスの爪を両手に持って見せる。
「掘りやすいのか」
「ブ!」
でだ……掘った土は山のようになっている。
ブルは掘った土を川の方に持っていって捨てていた。
大丈夫か?
やがて掘った穴の上にオオコンヒューマインダケの蓋を付ける。
簡易住居とでも言う気か? 洞の下にもう一つの入り口を作った形だ。
とりあえず、穴に入るかは別にして休憩を取った。
軽く火を起こして様子を見る。
……どうやら魔物が来る気配は無い。
支給されたレーションと思わしきパックを開ける。
ジェリーとかスライムを薄く延ばして焼いて固めた袋だな。
濡れても大丈夫な工夫をしてある。
中には……青い謎の固形グミみたいな奴。
不味いんだよな、これ……とはいえ、栄養はあるらしいので頬張る。
「念のために見張りをしながら休もう」
「はい……」
「ブ」
一人穴から顔を出すブルが声を出す。
「とりあえず……俺はスタミナ回復力向上を取ってるから大丈夫だけど、フィリンは?」
「……すみません」
「じゃあ俺が見張りをしてるからフィリンはブルと先に休んで。三時間くらいしたらブルが交代、次は俺ね」
「ブー!」
三時間の三時間で六時間休めばフィリンも十分だろう。できればその後も二時間くらいは仮眠しておきたいけどね。
魔物との遭遇率も思ったより高くはないし、戦えない相手じゃない分だけ助かる。
まあ……俺達の進んでいる道が小道ばかりだからなんだろうけどさ。
大通り的な幅の広い道の方が進むのは早いのだろうけど、魔物の足音がね。
遠吠えとか聞こえるし。
ブルのお陰でかなり助かっているのは事実だ。
フィリンがオルトロスの毛皮を羽織って横になる。
で、穴の中に入ったブルはー……寝息が聞こえてきた。
風通しは……良いのか。
「……どうしてこんな事態になってしまったんでしょうね」
ふと、フィリンが呟く。
「いや、トーラビッヒの所為でしょ」
「そうじゃなく、思わず愚痴を……すみません。少しだけ、話をしていいですか?」
「うん。いいよ」
フィリンの気持ちは分からなくもない。
緊張して寝れないのかな?
フィリンは横になりながら俺の方を見て話し始めた。
「私が前に良い所の家の出だって言いましたよね」
「そうだったね。確か、優遇された所ではなく、国の一般人から出世する事を経験したいと思って兵役に志願したんだったよね」
「はい……私は、兵役に就いて……錬金術や魔術を学ぼうと思っていました。国が用意した学校ではなく……自分の力で……最終的に竜騎兵や魔導兵の整備をする整備兵になりたいんです」
「……そういえば、なんでそこまでして必死に自力に拘るの?」
俺の言葉にフィリンは真直ぐ俺の顔を見た。
だってそうだろう? 良い所の家の出ならば好き勝手に学ぶ事だってできただろう。
一般人から兵役に就いてその先に錬金術や魔術を学ぶではタダの遠回りにしか見えない。
「私のような立場の者がする仕事ではないと……親が思っているのが理由ですね。本来の私がする事は……政治の道具として嫁に行く事ですから」
あー……なるほど、そういった生臭い事情が絡んでいるわけね。
ライラ上級騎士が来るのは親しい間柄ってのもあるけど、大事な政治の道具が変な事に巻き込まれないようにってのもあるわけか。
結局、トーラビッヒの所為で災難に遭っているし、政治的な問題に発展しかねないのは分かったけど。
結構重役なんだね。フィリンは。
「自分で決めた事なのに、もう友達には会えないのかなと……今更になって怖くなってしまって……」
フィリンが震えている。
思えば今日一日でどれだけ死線を潜ってきただろうか。
生きているのが奇跡だとも思える。
俺だってそう肌で感じているんだ。
フィリンはきっと、俺やブルを頼りにしている。
だから相談したい気持ちがあるんだろう。
どうしてあげるのが良いんだろう。
何か生きて帰れる保証があればな……。
そうだ。できれば避けたいけど……もうこれくらいしか俺が言える事は無い。
「気休めな事しか言えないけど、大丈夫……回遊型のボスを仕留める事ができたんだ。念には念をで動いているけど、何とかなるさ。上に行くのはたったの五階なんだしさ」
俺が励ましているのを察したのか、フィリンは小さく笑みを零す。
「……そうですね。ユキカズさんとブルさんが居れば安心ですよね」
それから少しの間、沈黙が支配する。
「ありがとうございます。じゃあ……おやすみなさい」
そう言って、フィリンは俺に背を向けた……しばらくした頃、寝息を立て始めた。





