三話
で、日が沈んでいて夜の色が濃い。
お? 異世界でも月はあるんだなー……なんか鼻みたいに尖った物があるけど。
魔女月とでも言うのかな?
道行く人に目を向ける。
耳が長い。どう見ても人間じゃない人種とか狼男みたいな人が当然のように歩いてる。
そういや城のメイドっぽい奴にも居たような……ネコ耳と犬耳。
「俺は群れるのは好きじゃないんだが」
藤平が集まったクラスメイト達を蔑むような目をして呟く。
「主体性の無い連中め」
「なんだよその言い方は」
「だってそうだろ? 俺が文句を言わなきゃお前等、国の言いなりだったろ」
「別にそうじゃねえよ」
こりゃあ拗れそうだ。
それよりもまずは確認が大事だ。
俺が一歩踏み出して藤平とクラスメイトの間を仲裁する。
「待て待て、喧嘩は止すんだ。王様の話だといつでも帰ってきていいと言ってただろ。まずは確認だって、この世界って俺達が生きていく事ができるのかって事をさ」
「そ、そうだな」
「……ケッ! 異世界地雷十カ条! 無駄なクラスメイト! お前等が付いてくると余計な火の粉が飛んでくるだろうが!」
態度悪いな藤平。その短気な性格は色々と生き辛くないか?
俺は他とは違うって思っているのが態度ににじみ出てるのも何とかしてほしい。
と言うか……その地雷十カ条って何?
「んだよその無駄なクラスメイトって……一番騒ぎを起こして火の粉を飛ばしそうなのはお前の方だろ」
「なんだと!?」
「待て待て! 喧嘩をするな! 話を進めるぞ」
なんで俺が藤平とみんなの仲裁をしてるんだ?
「食事中に城の人から聞いた話だと、魔物がこの世界には蔓延ってるらしい。俺達はその手の連中相手にも戦ってほしいんだと」
「へー……」
「どちらにしてもだ。仕事とか金を稼ぐ方法ってあるわけ? 魔物を倒したら金になるの?」
「それは無いらしい。少なくとも魔物を倒しただけでお金が手に入るってものじゃないとか……」
まだ謎があるのは元より……というところで、藤平が支給された袋から短剣を出して笑みを浮かべる。
「え? そんなのまで支給されたのか?」
みんなして袋の中を確認するが、そんな物は入っていない。
「藤平だけか?」
「なんで藤平だけ?」
「は……お前等は間抜けちゃんみたいだからな。俺にだけ授けたんだろうよ」
ふと、藤平が食事中にトイレと言って食堂から出た時の事が脳裏をよぎる。
帰ってきた後の歩き方が何かぎこちなかった。
多分……どこからか盗んできた品だろう。
ちゃっかりしていると言うか……呆れると言うか、ドン引きというか。
決めつけるのは良くないから黙っているとしよう。
うるさいしコイツ。
正直、あまり関わり合いにはなりたくない。
「武器があるとはいえ、むやみに戦いに行くのは愚か者のする事だ。冒険者ギルドに行って登録するのが先だ!」
そう、藤平はいきなり言い放った。
……は? 冒険者ギルド?
俺を含め、藤平以外のクラスメイトが唖然とした表情になる。
「冒険者ギルドってなんだ?」
「テーブルトークとかだと聞くけど……」
「ハンターギルドじゃね? モンスターハンティングなゲームみたいにさ」
「城の連中から聞いたとか? そんな事言ってたか?」
みんなして藤平に尋ねる。
すると藤平は苛立った様子で答える。
「状況把握能力が欠落してんじゃねえのお前等? こういった異世界ってのはな、冒険者ギルドっていう施設があるんだよ普通」
「普通ってお前、異世界召喚とか他にもされた事あるわけ?」
おお、それなら納得がいく。
だから王様相手にも一歩も引かなかったんだな?
「んなわけねーだろ。伝統だよ伝統。異世界って言うのはそういうもんがあるんだよ」
「あるか分からない施設を頼るとか……」
クラスメイトが呆れている。
……コイツ、何か物語や小説とかに影響を受けて実際にあるか分からない施設があるんだとぶっ放したのかよ。
前科があるし……とはいえ、そんな施設が本当にあるのなら今の俺達に適した状況であるのは確かだ。
何か仕事を斡旋してもらえば食うには困らない……かもしれないし。
「この手のギルドってのは大体権力があって目立つ所にあるんだ! あそこだな!」
藤平はそう言った後……見たところ高級ホテルっぽい建物に突撃していく。
この世界の文字……読めないんだよな。
だからなんて看板が付いてるか分かり辛い。
考えてみればなんで言葉が分かるのか不思議だ。
そんなわけで俺達は藤平の後を追ったわけだけど、建物に入った藤平が身形の良い屈強な男に襟首を掴まれて建物から放り出された。
「放せよ! 俺を誰だと思ってんだ!」
「ここはお前等のような貧乏なガキが来るような宿じゃない! 早々に出ていけ!」
宿……か。
冒険者ギルドとやらじゃないんじゃないか。
「お前等仲間か?」
ギロっと睨まれる。
しょうがない……変な騒動が飛び火したら厄介だ。
「すみません。田舎から来たばかりで何にも分からなくて」
低姿勢、貧乏な田舎のガキを装う。
異世界人だって言うと王様とかの耳に入ってせっかくの逃げ道が無くなるかもしれないし、いきなり城に逆戻りになるかもしれない。
「ほら! お前も謝れ!」
「うるせえ! 頭を下げさせようとすんな!」
暴れんな藤平!
なんて様子を見て屈強な男は毒気を抜かれたのか溜息をした。
「安宿ならもっと城門の外にある貧民街へ行け」
お? 良い感じの会話の切り口。
話をするのはそこまで得意じゃないけど、ここで何も得られないよりはマシだ。
「いえ、そうではなくー……冒険者ギルドって所はどこでしょうかー」
「は?」
男の反応にみんなの視線が藤平に集まる。
この反応、無いんじゃないのか?
「志願者か……それなら右手の道をずーっと行った先の建物だ」
おお……どうやら本当にあるらしい。
「どこの田舎からやってきたか知らんが、こことギルドを間違えるとか……随分と偉そうな態度でカウンターまで歩いてきて、「冒険者になりたいんだが」とか何なんだそいつ」
痛いな藤平。
もう少し周りを確認しろ。
「いえ……本当にありがとうございましたー!」
「「「ありがとうございましたー!」」」
藤平以外のクラスメイトが俺に合わせて礼を述べる。
ここは勢いだよな。
大きな声で礼を述べると屈強な男は興味を無くしたのか宿に戻っていった。
全員で藤平を白い目で見る。
何があそこがギルドだ! だよ!
偉そうな態度でカウンターまで歩いていって「冒険者になりたいんだが」ってバカじゃないのか! 頼む態度じゃねえよ!
「えっと……どうやら藤平の言う施設は本当にあるらしい。信用するか微妙な所だけど行ってみよう」
他に手立てがないもんな。
「くそ」
藤平がぶつぶつと俺達の後ろを付いてくる。
「異世界地雷十カ条! 住民が馬鹿!」
「馬鹿はお前だ! それはお前が間違えたのが悪い」
「うるせえ! もっとわかりやすい建物にしろっての!」
うるさいのはお前だろ。
もう無視するか。
相手をせずに無視をすると藤平はぶつぶつと小声で呟き続ける。
「お前等がいなければ、俺は……」
とか言っているが俺達が居なかったら何なんだ?
よくわからん奴だな。また何かのモノマネか?
で……なんだ?
さっきの豪華な宿とは二ランクくらい下の若干ボロい市役所っぽい建物が見えてくる。
道行く人にそれとなく尋ねると、間違いないらしいのでみんなで冒険者ギルドとやらに入って確認する。
椅子多いな。後は掲示板がたくさんある。
後は……何だあれ?
なんかモノリスって奴みたいな物が設置されてる。浮かんでるぞあれ……。
なんだろ? 展示物か何かかな?
雰囲気がなんとなくだけど役場とか郵便局っぽいな、
時間が時間だからかカウンターに居る受付の人が少ない。
夜勤担当みたいな感じなのが役所とは異なる点かな?
隣は病院っぽかった。
「ふふん……」
ん?
藤平が懲りずに偉そうに胸を張りながらカウンターに歩き始めた。
なんでそんなにゆっくりなんだよ。
大物オーラって奴か?
ギルド内に居る男達が藤平を指差して嘲笑をしてるぞ。
思わず俺達も苦笑い。
こんな自然に苦笑いをしたのはいつ振りだろうか。
「冒険者になりたいのだが?」
それをやったのか……クラスのみんなで目を細める。
他人なのに我が事みたいな恥ずかしさが込み上げてくるぞ。