二十九話
なんて通路を歩いていたらブルが魔物の気配を察知した。
急いで伏せ、オオコンヒューマインダケを付けた泥を塗った毛皮を三人で被る。
すると通路の奥からビリジアンエンペラーパンサーが悠々と歩いてくる。
一匹の魔物だ。
戦えるかと思ったけれど、ブルもフィリンもピクリとも動かないので、相当強いのだろう。
ビリジアンエンペラーパンサーは毒々しいオオコンヒューマインダケを見て眉を寄せた後……何事も無かったかのように去っていった。
ただ普通に小走りといった様子なのに、物凄く足が速かった。
本気で動かれるとオルトロスほどじゃないけど俺達じゃ追いつけないな。
「ふう……」
それからしばらく隠れて、完全に物音がしなくなってから俺達は起き上がる。
「な、なんですかあの魔物……? ターコイズスピードパンサーに似てましたけど、凄く速かったですし、地下25階にもなるとあんな魔物が出てくるんですね」
魔物図鑑なんかの類には載っているんだろうけど、フィリンも全部知っているわけじゃないって事だろう。
だけど名前は分かるでしょ。上に出てるし。
「ビリジアンエンペラーパンサーって名前だったよ?」
「ブ?」
「へ?」
「……?」
ブルとフィリンが俺の方を見て何か驚いた顔をしてる。
「名前が一目で分かったんですか?」
「いや、魔物の上に名前って出るでしょ?」
「ユキカズさんはモンスター解析かモンスター鑑定を所持しているんですか? 知りませんでした」
「いや? 持ってないけど」
フィリンが俺を見て首を傾げる。
「ユキカズさんって、さっきからおかしな点が多々出てますよね。謎の力で私達を助けてくれましたし、積み荷の武器を使用できる。挙句習得していないはずなのに魔物を一目で解析できるって……」
言われてみれば確かにそうだ。
なるほどなるほど、魔物の名前ってのも本来はスキルを使って確認する物なのか。
知ってはいたのだけど俺の見解とどうやら異なったもののようだ。
こう……先ほどのスキルを使用すると名前以外の別の物が分かるんだと思っていた。
まさか魔物名まで分からないなんてね。
当然のように名前が出ていたからみんな知ってるものだと思ったんだよ。
「モンスター解析と鑑定があった場合、挑むのが危険かどうか分かる感じだったはずだよね」
上手く解析ができればの前提だけど、赤く表示されると書かれていた。
失敗する事の方が多いのが問題だったはずだけどね。
「はい……その様子だと分かるんですか?」
俺は首を横に振る。
「そこまでは分からないよ。何故か名前だけ分かる感じ」
「はあ……アナライズの魔法を使えばより詳細が分かると言いますか……その所為で解析や鑑定を取るのか悩む事になるそうですけどね」
「普通に一般人……冒険者未満の新兵には厳しくない?」
やっぱりフィリンも生まれが良いんだな。
マジックシードをトーラビッヒが欲した理由を忘れているのだろうか?
本人はまだ魔法が使えないのに捕らぬマジックシードの皮算用をしてる。
「じゃあ魔物名は俺が教えるからフィリンとブルは知ってる魔物で勝てそうなら、で行く?」
「……わかりました。そちらの方が安全性が上がりますね」
「ブー」
Lvとか能力が分かれば戦えるか見定められるんだけど……鑑定は重要そうだなぁ。
実体験から必要な物を学んでいく……か。
訓練だけじゃ見えてこない経験だと思うけど、今更だな。
ちなみにブルはどうやら野生の勘みたいなスキルを所持しているようだ。
相手が強いか弱いかをなんとなくだけど察する事ができる。
「とは言え……」
俺は箱があった先の細道を進んだ先に転がっているゴミっぽい物を突く。
「無造作に、色々と落ちてるね」
そのゴミ、土が付いていたり枯れ草が絡まっていてよくわからなかったけど、解すことで何か分かった。
ロッドだな。
先端に宝石と思わしき代物が付いている。
魔法が使用できる場合は、ロッドに意識を集中する事で魔法の威力を引きあげる事ができるそうだ。
できなくても付与とかされていたら特定のキーワードとかで封じ込まれた魔法が持ち主の魔力を媒体に作動したりする。
アイテムの鑑定ができないために何の杖なのか分からないけど、武器にするのは良いか。
こんな感じで土に半分埋もれた代物まで見つかる。
上手く使えばこの場を繋ぐ事はできるだろう。
「フィリンが持つ?」
兵士の剣をフィリンも持っているけど、この階層で手に入る代物を使用してみるというのも手だ。
「あ、はい……ちょっと重いですね」
「必要Lvと言うか力が足りてないのかもね。そうなると俺達が使う武器より上って事になるんだけど」
ステータス的に装備するのに必要な力が足りないと重たく感じる法則がこの世界にはあるらしい。
もちろん、その輪に入らないように細工された代物もあるので一概には言えないけど、どんな代物か分からないからなんとなくで行くしかない。
ちなみにブルが使用しているオルトロスの牙ピッケルも地味に必要ステータスが高い。
俺だと武器に振りまわされる感じがする。
「ブー」
「お? 宝箱発見、なんかちょっと豪華だな」
前回の木箱とは異なり、金属製っぽい装飾が施されている。
「ユキカズさん。アレはミミックですか?」
「ううん」
俺の魔物名が見える謎能力ではあの宝箱は普通に宝箱だ。
今のところ、ミミックには遭遇していない。
名前が出ていたら滑稽だけど、おまじない程度には役立つだろう。
「じゃあ少し調べますね」
「ブー」
ブルがフィリンの前に出ていざって時に備えつつ、近寄る。
で、ブルの方は鼻で匂いを嗅いで解析、フィリンの方は宝箱に軽く触れてから調べている。
「ブ!」
「んー……何か仕掛けがありそうですね。地面には引っ付いていないけど、罠があると思います」
「ふむ……じゃあフックで引っかけてブルが投げ飛ばして壊すか」
「ブー!」
任せろとばかりにブルが腕を振りかぶる。
と、同時にブルが後方に振り返る。
何か近づいている?
目を凝らす。
……スレートグレイエレキスネークという文字が遠くで見えた。
「スレートグレイエレキスネークだってさ」
「地下15階から出てくる魔物ですね。麻痺毒を持っているのもありますが、電撃を放ってくるそうです」
電気を放つ大きな蛇か。
「やれそうか?」
「ブー!」
どうやら対処する事はできそうだ。
爬虫類故なのか群れていないっぽいし、ここは仕留めてしまおう。
「じゃあ先制攻撃&宝箱の破壊と罠の発動を兼ねて思い切り投げつけちゃってください!」
「ブー!」
ブルが俺を指差す。
え? 俺もやるの?
「投擲はユキカズさんの専売特許じゃないですか!」
ああ、そうだったね。
というわけで俺はブルの後ろで手を伸ばし、宝箱にフックを引っかけてブルにハンマー投げの要領でクルクルと一緒に回り込み、しっかりと狙いを定めてから一緒にフックを外して宝箱を放す。
もちろん、スキルは俺が発動させるわけだけどさ。
ブルの怪力と俺の合わせ技だね。
「いっけー!」
スレートグレイエレキスネークはこっちに気付く前に、罠付きの宝箱が勢いよく飛んでいく。
「シャ!?」
先制攻撃は成功! ガツンと良い音を立てて、スレートグレイエレキスネークに命中!
ブルがピッケルに持ちかえて突撃、俺は鎖を握って宝箱にフックを引っかける。
「ほっと!」
ブルに向かって電撃を放とうとしたスレードグレイエレキスネークにもう片方のフックを投げつけた。
鎖故に電撃が宝箱へと誘電してブルには命中せずに済む。
「ブー!」
電撃が宝箱に命中し、バチバチと宝箱がスパーク、ガチンという音がした。
ブルがスレートグレイエレキスネークの顔面にピッケルを当てると同時に俺の方に跳躍してくる。
俺とフィリンが姿勢を低くして罠の発動に備える。
すると宝箱の蓋が強引に開いて四方に鉄の杭とワイヤーらしき物が飛び出した。
至近距離に居たスレートグレイエレキスネークが直後……スパッと細切れになってバラけて血が噴き出す。
「広範囲アイアンワイヤーの罠でしたか……危なかったですね」
「みたいだね。魔法系の罠じゃなくて助かった」
「今の私達では感知できませんからその場合は終わりでしたね。機材も無いですし」
手探りでやるしかないのが恐ろしいな。
「とはいえ……私達のLv……かなり上がっているのかもしれませんね」
三人揃って経験値汚染で吐き気がするのを我慢しつつ呟く。
地下15階相当の魔物が死んで噴出した経験値でこの程度で済んでいるってのがね。
ブルはもうなんとも無い様子で……この程度の魔物はもう無理をしなくても平気なLvにいるんだろう。





