二百八十六話
「はぁあああ……なんとも頼りになる言葉だ事で」
健人が大きくため息をしながら背を向ける。
「ったくよー逃げても碌な事にならなそうな状況になってから声かけるのやめろよな。マジでよ」
「奴等は、狡猾で、この世界の者たちに厄災を持って来ている。私たちだけでどうにか出来る領域をすぐに、越えた」
「動き自体は早かったみたいだしな。そもそも俺達に伝えてどうにかなる話だったのかって所だろうし」
戦力としてカウントされてなかったってのも大きい。
そもそも俺達が強くなって来たのも最近だ。
具体的には俺一人育てて貰ってる領域で、健人は成長限界。ムーイは力の源を取り戻して前より強くなったらしいけれど食わず嫌いで成長が鈍化、エミールも弱い方の迷宮種。
もっと牙を研がなきゃ話にならない。
戦力として頼まれるって領域じゃないよなぁ。
逃げても良い結果にはならないだろう。
世界が滅ぶのかどうかは分からないけど神が動いたら多大な犠牲が出るって話のようだし、この世界の人々の命に保証が出来そうにない程の規模の話がいきなりきた。
と言うか……今の俺達でどうにか出来る相手なのか?
確かに異世界の戦士の力を所持した迷宮種を既に2体仕留めている状況だけど、それも相性が良かったって側面が強い気がする。
デリルインはエミールと相性が良かったし、ナジュヘドは俺と相性が良くて倒せた。
異世界の戦士の力に振り回されて居るように見えたのも大きいだろう。
思えばバランスの悪い力の使い方をしてた気はする。
力に振り回されて居るとも言える。
神獣の力はそれだけ強力で人や迷宮種が扱えるモノでは無いとでも言うかのようだ。
「露払い程度は協力してやるとして、まずはどうしたら良いもんか……時間はどの程度あるんだ?」
「……近いうちに、ローティガと奴等の先発隊が来る……気配からしてすぐだ」
「あまり時間は残っちゃいねえみたいだな。迎え撃つにしても民間人の居る、町で戦うとかしねえでくれって所だ」
「当然だ……私を、なんだと心得る」
一応、世界の守護者って役割があるらしい聖獣が健人の愚痴に同意している。
とは言っても重傷を負っていてまともに戦えるのか非常に怪しいんだけど……。
「とにかくそのローティガと敵勢力がこっちに来るまでの間に治療を進めて居る訳だが……」
民間人を守るために消耗し続けて居るヴァイリオの治療の速度は非常に遅い。
こんなんで戦ったとしても結果は見えているんじゃないのか?
「あっちの聖獣様ってのは五体満足なのか?」
「ああ……負傷は無いに等しい」
そりゃあ厳しいことで。
じゃあどうしたら良いかね。
少なくとも瀕死のヴァイリオでさえ俺が相手をするのは難しい力を感じる程の実力差だぞ。
「無難にみんなで手当をして置くって所か」
「つーか……」
健人がなんか俺を凝視してる。
なんだよ? 嫌な予感がするけどその目つきがかなり不愉快だぞ。
俺に何を期待してやがる。
「あっちは聖獣に、異世界の戦士の力らしい……神獣の力を持ってやがるんだろ? ならこっちも相応の加護が無きゃ行けねえんじゃねえの?」
「健人、何が言いたい」
「えっとなー」
ここでムーイが分かった様に口を開いた。
いや、言わないでくれないか?
何をするのか、どういった提案をするのか非常にいやらしい。
エミールも察している顔してるしさ。
唯一の救いはラウとかリイとかカトレアさん達とか子供達が居ない事だろうか。
俺ってそういうポジションになってきてない? って頭を抱えたくなるんだよ。
いや、俺自身が選んだ進化の結果なんだけどさ。
後悔はしてないけどこの先もしないとは言ってない。
「ヴァイリオってのにユキカズ寄生して治してあげたら良いんじゃ無いのかー?」
ほらこの流れだ。
「いや、こんなエネルギーの塊みたいなのに俺が寄生したら逆に焼かれるだろ。ムーイと同じで」
「でも弱ってるんだろ? 今なら治して上げられるんじゃ無いのかー? それに、ユキカズの持ってる力と同じ勢力なんでしょ? ムーイやエミールは違っても大丈夫なんじゃないのか?」
「ムーイはこの手の直感が働くんだったな。どうなんだ雪一」
俺はヴァイリオの方に視線を向ける。
貴様なんぞに寄生されてたまるか! 愚か者! って言え。
「神獣の子ならば、私と力の共有は可能かも知れない。本来なら拒否せねばならない行為になるかもしれないが今は時間が無い……私に、守る力を貸して欲しい。失敗しても神獣の子、に何か得られる可能性はあるだろう」
うおおおおい。
お願いだから拒否欲しかった。
「何を嫌そうな顔してんだよ。迷宮種に寄生すると何か因子が貰えるように聖獣に寄生したら何かを得られるだろ。相手も許可してんだ。貰えるもんは貰えば良いんだよ」
「気楽に言ってくれる……」
「神獣の申し子様」
「どうか聖獣様をお救いください」
「悪しき者たちから我等をどうかお救いください」
周囲に居る町の連中や避難民、健人の知り合いが揃って俺に祈りを捧げている。
ああもう……魔物、神獣の眷属ってのになんてなるもんじゃない。
勝手にさせられたんだけどさ。
寄生って選択肢を選んでムーイを生かした罰は何処まで付きまとうのだろう。
「……実験だからな。失敗しても文句は言わないでくれよ。それと逃がさないようにして俺を圧殺とかしたら恨むぞ」
「ああ……」
そう言ってヴァイリオは深々と傷口を自らの手で開いて俺が入り込めるように待機している。
ドクドクと傷口から血が滲み出しており、脈動を感じ取れる。
……俺が寄生出来るのか不安だが、やらなきゃ行けないか。
ズルッと傷口から俺はヴァイリオの体内に入り込み、心臓部へと潜り込む。
やはりというか格上の存在故に体内を無理矢理溶かして入り込むとかは出来ない。
大きな血管などを通ってどうにか心臓部へと辿り付き、本格的な寄生を行うと全身から力が放出されていく。
ぐっ……神迷コアから常時溢れて困っていたエネルギーでさえも吸われていく感覚がする。
穴の開いた桶に水を入れるような底なしの消耗を感じるぞ。
非常に燃費が悪く、すぐに俺自身のエネルギーが切れそう。
「おお……」
ヴァイリオの視点を共有し、ターミナルポイントにある水晶の反射で確認すると、ヴァイリオの顔色が僅かに良くなっている。
さすがに俺が寄生した時に起こる体躯の変化はしてないようだ。
傷が少しずつだけど治り始めているようだ。
もちろん寄生時に伸ばした触手で切断されている繊維などを縫合して傷の治療を加速させる。
ただ、それでも無茶は出来そうに無い。
急いで治療をしないと。
「こんな所か」
寄生を完了して波長は合わせられた。
昔、死にかけたムーイに無理矢理寄生した時のような過負荷が体に掛かっているのを感じる。
俺だけではエネルギーが足りない。
ヴァイリオの中にある基礎エネルギーの生産を治療しないと行けない。
「ムーイ、ちょっと一部を貸して欲しい。神迷コアをちゃんと作動させたい」
「わかったぞー!」
嬉しそうに分裂するムーイ、本当にこれで良かったのかなと思ってしまう。
ムーイの半身を傷口へと管を伸ばして傷口を塞ぐように寄生維持する。
結果、ムーイを通してエネルギーが増加した。
それでもエネルギーが足りない。
「先ほどよりも、楽になった。非常に助かる。神獣の子よ」
「それは何より、まずは体力回復をするけど思った結果にならなくても不満を言わないでくれよ」
致命的な部分の応急手当は出来てきているけれど、残された全身の負傷を治療しなければ全快とは程遠い。
力の源を取り戻すって明日も分からない状態よりは幾分か楽な仕事か。
ドクンドクンと脈打つヴァイリオのエネルギーは瀕死でも多い。
供給側で俺に逆流してないからこそ寄生出来ている状態だ。拒否されたら余裕で弾き飛ばされる所か焼かれそう。
ムーイの読み通り、系統の関係もあるのか流れ自体は馴染む感覚はある。
「それと絶対に俺にエネルギーを流さないでくれ、耐えれない。俺の寄生を拒否することが出来るだろ?」
ヴァイリオの神経には軽く触れている状態でしか無い。正直、宿主のヴァイリオの意志次第で俺は体に入ったまま圧殺される状態だ。
「わかっている。そのような真似をしたら私自身の身がどうなるか分からない」
神に怒られるのか物理的に死ぬのかとか含めた言い方だ。
一蓮托生か……ただ、これって俺の求める良い人に該当するのだろうか?
どうにも間違っている気がしてならない。
「健人、ムーイやみんな、魔石とか色々と食べ物の準備を頼む。悪いが色々と足りない」
俺とヴァイリオの両方が栄養不足状態になっている。
何らかの手段で補給しないと治療も進まない。
「あいよ。どうにかなりそうか」
「ある程度はって所だな。できる限り頑張って治す、いや直してやるよ」
感覚だと魔獣兵とか竜騎兵を修理するようなもんだ。
寄生を使った間違っているけれど結果的に正しい治療をしなくちゃ行けない。
……寝ずの番になりそう。
「感謝する……神獣の子よ」
「ユキカズ、頑張れー」
「兄貴頑張るんだな」
「後で差し入れを持ってきてやるよ。備蓄はそこそこあるからな」
そんな訳で俺はヴァイリオを内側から治療する事になったのだった。





