二百六十三話
唖然としてる俺にムーイは震える様に言い放つ。
「ユキカズがびっくりするの分かってる。だけどもう我慢出来ない。ユキカズ、お願い気付いて! オレ、ユキカズの事、ユキカズの思う好きじゃ無くて愛してるの好き!」
愛してるって……一体誰にそんな言葉を教わったんだって思ったが、先ほどからデバガメして居る奴に視線が向かう。
「おい健人! ムーイに何を教えた!?」
ツカツカとデバガメをしている健人へと詰め寄る。
「おっと、気付いてたか」
「隠れてないだろ」
「ここで件のムーイを無視して俺に詰め寄るのはどうなんだ? 神獣の申し子様よぉ?」
何挑発してんだ。
というかやっぱりそうか、健人に妙な事を吹き込まれたって事で良さそう。
まったく、イイ女にしか興味無い癖にこう言った事も興味あるのか面倒くせえ。
「ユキカズ……」
ムーイが俺に涙目で声を掛けて来る。
これは……どう答えりゃ良いんだ?
ムーイに好き以上に愛してるの好きと言われてしまったが、どう反応したら良いんだ?
俺は俺の心がよく分からない。
とりあえず、ムーイには言わなきゃ行けない事がある。
「ムーイ、お前は――」
「ユキカズ、ユキカズは雄、男って性別なんだろ? だからオレは雌、女になる! だから違う!」
いや、女になるとか違うとか……まあ、ムーイは男だろ? って言うつもりだったから先に言う事言われちゃったんだけどさ。
風呂入った時、よく分からなかったけど男っぽい感じだったのにさ。
「女になるって……」
そう簡単に性別を自分で変えれるのか? って思ったけどムーイって元々よく分からない奴だったし、姿を自由に変えられる。
しかも持って居る能力が物を変化させる能力な訳で、やろうと思えば出来るのかもしれない。
「あのなユキカズ。オレな……男と女ってのをよく分かってなかったけど何処かで分かってて、それを自覚したのはな。エミロヴィアに兄貴って言われた時に凄く嫌な気持ちになった時なんだぞ。だからオレ、エミロヴィアは嫌いじゃないけど嫌だったから言ったの」
だからエミロヴィアは嫌いじゃ無いのを分かってとムーイは続ける。
そう言えばラウにもお義父さんって言われそうになって嫌な顔したって話だったっけ。
男扱いされるのが嫌だったって事?
「でな、カトレア達に出会った時に健人とカトレア達がする楽しい事ってどんな事なのかって知りたくてあの日、オレ達が寝入ってユキカズが出かけて行ったのを確認してから聞きに行ったの。ユキカズは教えてくれないから、その楽しいって事をユキカズとしたいって」
おい……カトレアさん達も関わってるの?
「カトレア達も最初は困ってたけど一生懸命気持ちを伝えたら手伝ってくれたんだぞ。だからカトレア達は悪く無いぞ」
ムーイが熱心に聞きに来て俺への気持ちを言ったと。
この町に来た日の夜、俺が居ないところでそんな話をしてたのかよ。
ムーイはムクムクと自身の形状を変える。
元々ふんわりとした感じで可愛い見た目だったけどより丸く、女の子らしい体付きへと。
胸や尻が前より大きくなっている?
こう……ブルとドーティスさんの違いみたいに、今までのムーイより女の子っぽくなってる気がする。
「それでな。楽しい事ってどんな事だったのかを聞いて、オレ……女になりたいって思ったんだぞ。だけどそれだけじゃよく分からなかったから女、雌ってどんなのか体の構造とか魔物を持ち帰って解体しながらみんなに雄雌の仕組みを教わったぞ」
倒した魔物を現地解体せずに一部持ち帰ったのにはムーイに保健体育の授業をするためでもあったって事か?
そう言えば随分としっかりと解体してるって時があったけどあの時?
「いやー俺も薄々って感じだったけどカトレア達に相談されて驚いたぜ。俺のセンサーも鈍っちゃいねえな」
「何が鈍っちゃいねえだ!」
健人の奴、激しくしなくて良い事に介入しやがって。
いや、ムーイがそう言った事に興味津々になる程には精神的な成長をしていたって事だから避けては通れなかったのか?
うう……考えがまとまらない。
なんて言うんだ? 男だと思ってたし後輩とか子供みたいな感覚でムーイと付き合っていたら突然告白されてしまったって状況だ。
しかも実は女だったみたいな何処の漫画だって感じの。
ムーイはお腹に手を当てて、俺に近づく。
「オレ、楽しい事をしたらどんな事が起こるのかわかってる。それでもオレ……ううん。オレって言葉がユキカズにはいけないってわかったからもうオレって言うの避ける。ユキカズが名付けたムーイって言う」
一人称をオレからムーイにする。だから男と思わないで欲しいって事?
く……。
「ムーイ、ちょっと冷静にな?」
今のムーイは頭に血が上っていて冷静な判断が出来てない。
このまま無理矢理押し倒されそう。そんな剣幕だ。
「オ――ムーイは冷静だぞ。ムーイはユキカズの事を愛してる。ユキカズにちゃんと見て欲しい」
「その……な……こういうのはちょっと……ね」
うう、思わずしどろもどろになってしまう。
いや、こういう告白されるのってブルとかのポジションで俺はそれを見てるだけって感じだったじゃん。
こう……傍観者を常時して居て我が身が可愛いだけのクラスメイトを見捨てた罪人野郎を誰が好きになるんだよってさ。
後悔してから仇を討つとか今更遅いって思ってるのにいきなり告白されるってあり得ないでしょ。
「ムーイには俺よりも遙かに良い人と付き合って幸せになった方が良いと思う」
と、思っていた言葉が思わず出てしまった。
するとムーイは激しくショックを受けた表情になる。
「くすん……」
顔を両手で塞ぎ、ムーイは泣き出してしまった。
「おうおう、イイ女の一世一代の告白を断る、据え膳を食わねえのは男がする事じゃねえぞ? どれ、健人お兄さんがへへへ……慰めてやろうじゃないか」
ここぞとばかりに狼男が舌舐めづりをしながらムーイの背中を押してそのまま行こうとしやがった。
ムーイに何をするつもりだ。
咄嗟に健人の背中を蹴り飛ばす。
「いってぇ! 何しやがる!」
「誰がお前なんかにムーイをやるか! 少なくともお前じゃない」
俺みたいな自己満足の身勝手で保守的な野郎がどうかとは思うが少なくとも各地で現地妻を作ってやらかしている狼男に大事なムーイをやるような真似を見過ごしはしない。
「良いじゃねえか。ムーイを受け入れられないってならよ、その後、誰を選ぶかはムーイだろう?」
「絶対に泣かせる野郎になんかやるかよ」
「ムーイはお前の所有物なのか?」
「責任者として見守る義務はあると思ってんだよ」
「じゃあ十分責任は取ってるじゃねえか」
「うるさい。そもそもなんでムーイなんだよ」
「そりゃあイイ女がふらふらと告白して玉砕したんだ。慰めると同時に頂いちまおうと思っただけだぜゲヘヘ」
く……このままムーイを置いて置くと面倒臭い狼男が絡んで来る。
しかも確信というか妙な演技までしやがって……心の底からゲス行動をする気は無いのが分かる。
だけど俺の行動次第じゃやりかねない。
「とにかくムーイ、とりあえずこっち来て。誰にも盗み聞きされたくないから」
野蛮な狼男が一緒に居たら冷静な判断が出来ずズルズルと妙な流れに流されかねない。
だから俺はムーイの手を引いて健人が来ないのを確認してから孤児院の部屋へと行く。
「あ、失礼したっきゅ」
ラウが何やら空気を読んで部屋の外へと足早に出て行ってしまった。
君……ちょっと空気読む能力高く無い?
エミロヴィアはもう寝た?
「お義父さん、頑張るっきゅ。ボク、ムーイをお義母さんって呼ぶっキュ」
あのね? ちょっと違うからね?
周囲の気配を確認すると不自然に物音がしない。孤児院内の子供達は何処へ行った!?
本気で分からなく成ってきた。
ラウの足音から察するにお向かいの酒場にみんなで避難か!?
ねえ? もしかして知らなかったのは俺だけなの?





