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二百五十三話

「……」


 この世界で大事な物があるのか? と問われるとどちらかと言えば少ない。

 ムーイは俺が責任を持ってあっちの世界に連れて行きたいし、この世界に大事な物があるのかと言われたら……薄い。

 ただ、ラウやリイの村の人たちには良くして貰った。

 ブルやフィリン、ライラ教官達に俺は助けられたから帰って無事とは言い難いが生きている事を報告したい。

 汚い連中も多いけど良い人がいるからこそ力になりたいんだ。

 ……とは思うけど悩ましいな。

 結局何処かで割り切らないと行けなさそうだ。

 全てを守って行くなんて出来ない。

 例えばエミロヴィアがこっちの世界で平和に過ごしたいと願うなら残る事になる。

 とても心配で連れて行きたいけど神に願いを叶えてもらったら……こっちに永住だろう。


「中々難しいもんだな。お前は欲が深すぎるとは思うけどな」


 気に入った女達をあっちの世界に連れて行きたいとか、全部盛りを望みすぎだろ。


「うるせえ。俺はどこぞの兵士様みたいに潔癖じゃねえんだよ」

「誰が潔癖だ。俺だって人並みに性欲くらいあるわい」

「嘘つけ」


 なんで俺が嘘を吐かなきゃいけないんだ。

 なんだかんだ体が感じる本能みたいな欲求はあるんだぞ?

 まあ……制御は出来ているとは思うけどさ。


「そろそろ店じまいにしましょうか」


 って健人と話をしていたら、大分夜も更けてきたのでレルフィさんが店じまいの案内をしてきた。


「あいよ。んじゃこの後、色々と楽しませて貰うとしますか」

「何がしますかだコラ」


 店を閉めたレルフィさんに何をする気だ?


「あははは、ケントは変わんないね」


 レルフィさんの方も大らかに返すけどさー……良いのかこれ?

 合意なら良いのかも知れないけどやっぱり引っかかる。


「まあ、神獣の申し子であるユキカズ様が気になるようだし、今夜は遠慮しておきましょうか」

「えーそりゃあないぜ」

「長旅で疲れてるケントはそろそろ休みなさいな。明日は考えてあげるから」

「よっし」


 よくねえ。とは思いつつ酒場が閉店になったので俺は一旦孤児院の部屋に戻ることにしたのだった。


「ただいまっとね」


 ソッと窓を開けて部屋に侵入。


「きゅー……」


 寝ているムーイ達の様子を確認してから俺も少し仮眠を……。


「ん……?」


 ムーイとラウが寝ているベッドを確認すると……ラウしか寝てない。

 ラウにはしっかりと布団が掛けられているけれどムーイの姿が何処にも無かった。

 一体どうしたんだ? 夜間にトイレか?

 少し待ったけど戻ってくる気配が無いので心配になって探す事にした。

 孤児院内に居れば良いが……と、物音を立てないように静かに飛んで探す。

 すると……。


「――なのかー?」

「ええ――」


 ムーイとカトレアさんの声が聞こえて来たのでその部屋の戸を叩く。


「はい」


 ガチャッとカトレアさんの部屋だったようで寝間着姿のカトレアさんが出迎えてくれた。


「あ、ユキカズ」


 ムーイも部屋に居て、椅子に腰掛けている。

 リイもいるぞ。一体どうしたんだろ?


「部屋に戻ったらムーイが居なかったから探してた所だ」


 一体どうしたんだ?

 と、思って事情を尋ねる。

 するとカトレアさんはムーイの方に一度振り返った後に苦笑してから答える。


「特に何もありませんよ。寝ていたら目が覚めてしまって困っていたそうで私が話し相手になっていたんです」

「なるほど、それは申し訳ない」

「いえいえ、お気になさらず」


 朗らかに微笑んでいるカトレアと若干頬が赤く見えるリイ……どんな話をムーイとしてたんだろうか?


「ちなみにどんな話をしてたんだ?」


 ムーイにそれとなく聞いてみよう。


「えーっと……うーんと……うー……」


 何故かここでムーイが眉を寄せるような顔で唸る。


「神獣の申し子様のお話をして下さったのですよ」


 はあ……俺の話ね。

 ここまでの道のりを子供達に教えられない内容での話とかかな?


「ええ、神獣の申し子様の夜間警備、ありがとうございます。私が引き継ぎますのでムーイさんと一緒にお休み下さい」


 なんかリイに無理矢理話題が続かないように遮られた様な気もするが……ムーイが夜更かしをするとずっと眠そうな顔をして起き続けるから寝かせるのが無難か。


「ああ、じゃあムーイ。帰るぞ」

「う、うん……」


 ムーイは素直に応じて俺の後ろについて行き、部屋に戻って再度寝直したのだった。





 翌朝


「こんな感じで焼き上げて完成するのが正式なカヌレって奴だな。コツは生地をしっかりと寝かせる事」


 焼き上がったカヌレをムーイに見せて説明する。

 しっかりと生地を寝かせて焼いたので上手く焼き上がった。

 もちろん焼く前に生地の作り方を別に作って教えたけどね。


「おー……」


 感心した声をムーイは上げて居る。

 気になるって言うから教えたけどこんなもんで良いのかね?


「ユキカズやっぱり凄いぞ。今までお菓子作ってくれたのを見てたけど本当、いろんなお菓子を知ってるんだぞ」

「まあ……基礎を教わったらある程度はなんとなくで作れる様になったからな……技能習得で俺の実力かというと本当はよく分からない」


 実際の所、その辺りはよく分からない所があるんだよな。

 俺に菓子作りを教えてくれた奴からたたき込まれた事を実践してるだけだし、各地に居たアイツの弟子からついでに色々と教わって来て今に至る。

 それ以外は何か閃いたりもするし記憶を頼りに再現が出来るか。


「チョコレートをなんとなくで作ったらコツが掴めて来た。今度は普通の木の実……どんぐりでも作れるな」


 何事も鍛錬だ。

 どんぐりでも作れるコツを閃いたから、子供達が拾ってきたドングリを貰って試しに作ってみよう。


「もっと色々と教えて欲しいぞ。オレも作りたい」

「ムーイもお菓子作り? それこそ能力で再現で良いと思うが……」

「違うぞユキカズ、これで作っても美味しくは出来ないぞ」


 ムーイの能力は相当便利だと思うけど多少性能が落ちるのが難点ではあるか。

 お菓子作りに興味を持ち始めたって事なのかねー。


「んじゃ簡単なお菓子としてパンケーキでも覚えるか? 付け合わせ次第でお菓子では無く主食にも出来るし」


 パンケーキなんて小麦粉に砂糖とベーキングパウダーでそこそこのものには出来る。

 後は焼くだけって感じだし。


「うん。それとユキカズがオレと出会った時に作ってた蒸しパンって奴も知りたいぞ」

「はいはい」

「虫ぱんっきゅ。エミろう゛ぃあよろこっびきゅ?」


 なんて感じに朝、俺はムーイにお菓子の作り方を教えて行く。

 ラウ、君は発音を間違えてます。


「うー……ユキカズがお菓子の材料の比率って奴を言うけど覚えるの難しい」


 で、材料の比率の説明をしていたらムーイが目を回すように頭をクラクラさせていた。

 そんな難しいもんかね?

 組み手をするとすぐに型を覚えるし、言葉もすぐに理解する学習力の高さが長所のムーイが覚えられないって事は無いだろう。


「俺が教えるのが下手なのかも知れないな」

「そうじゃないと思うぞ」

「おはようなんだな」


 で、ここでエミロヴィアが起きてやってきた。


「きゅー虫ぱんっきゅ?」

「え? ユキカズの兄貴、またオデ用のお菓子作ったんだな?」


 なんでそこでエミロヴィアは警戒するように構えてる訳?


「えっとな。虫じゃなくて蒸すパンで蒸しパンの話なんだぞ」

「あ、そうなんだな?」

「なんかムーイがお菓子作りに興味を持ったみたいだからな」

「そうなんだな?」

「エミロヴィアもやってみるか?」


 と混ぜているパンケーキの生地をエミロヴィアに見せる。

 覚えやすいように少量で作っている。


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