二百五十一話
「どうしたんだ?」
ムーイは食べる担当だったろうに、むしろ一度知ったら後は力で何でも変化させられるだろう。
最悪ゼリーか何かをカヌレにするなんて芸当もムーイは可能だ。
「……知りたいと思ったんだぞ」
「ん? まあ知りたいなら明日、ムーイが起きたらカヌレを焼いて教えてやるよ」
「わかったぞー」
一体どうしたんだろうな?
まあいいや、で、ついでに並列で作って居たクッキーもみんなに差し出す。
「こっちのクッキーってのも美味しー!」
そんでみんなに合わせて、食べてはいるけど味が分からないって様子のエミロヴィアにもクッキーを俺は差し出す。
まあ、ムーイもお菓子以外は味が分からないんだけどさ。
「ほらエミロヴィア。今日はどうだった?」
「とっても楽しかったんだな! みんなと遊ぶのも楽しかったし、オデが植物さんにお願いして畑の成長のお手伝いをしたらありがとうって言われたんだな!」
おお、エミロヴィアの目がとてもキラキラしてる。
感謝されるのがそんなに嬉しいか。そりゃあ気持ちが良い物だよな。
ただ、食事の喜びを分かち合うのは難しいか? 雑多な種族の行き交う町だから昆虫食はあるとは思いたいけど今夜の献立には無かったからな。
「それは良かった。そんな頑張ったエミロヴィアにもクッキーをあげるぞ」
「ありがとうなんだな」
くんくんとエミロヴィアはクッキーの香りを嗅いだ所でぱちくりと瞬きをする。
直後にパクッとクッキーを無意識に頬張り、口の中で舐め始めすぐに飲み込んでしまった。
それから周囲を見渡してクッキーを凝視した所で我に返ったかのようにエミロヴィアは俺へと視線を向ける。
「ユ、ユキカズの……兄貴、な……何をこのクッキーに、入れたんだな」
視界に入らない様に両手で顔を覆う。
一体どうしたんだ?
「ん? エミロヴィアも皆でお菓子の味を楽しめるようにと俺の羽を蝶に変化させて出した鱗粉を練り込んだんだけど」
コオロギでクッキーを作るとかのように生地に練り込めばエミロヴィアもムーイと一緒に菓子を楽しめると思ったんだが……。
「う……うう……兄貴、は、配慮が良すぎて困るんだな。そのクッキーを早くみんなに食べて貰わないと苦しいんだな」
だらだらと涎を垂らしたエミロヴィアがそそくさとみんなの輪から離れて逃げてしまった。
「このクッキーも美味しいね!」
「エミロヴィア、どうしたんだ?」
「さあ? 畑が気になるのかな?」
「あー……貴方たちは気にしなくて大丈夫です。神獣の申し子様の配慮の結果ですので」
子供達がそんなエミロヴィアを心配そうに見つめて来る。
リイがそこで注意とばかりに軽く誘導していた。
ふむ? 俺は何かしてしまったのだろうか?
ちょっと心配なので追いかける。
「ふう……」
エミロヴィアが外で呼吸を整えているので声を掛ける。
「どうしたエミロヴィア?」
「ユキカズの兄貴!?」
驚きの声を上げるエミロヴィアが飛び跳ねるように振り返った。
「どうしたじゃないんだな。オデに気に掛けてくれるのはとても嬉しいけど我を忘れる所だったんだな!」
「そうなのか?」
「なんだな! オデがおかしくなるほど美味しい味で驚いたんだな!」
何やらエミロヴィアなりに怒っているっぽい?
ただ、クッキーは喜んでくれているようで良かった。
「あのクッキーを独り占めしたいってみんなから取りそうになってしまったんだな! みんなを悲しませたくないんだな!」
「ああなるほど……」
俺の味が今までで一番だったと言うから喜ぶかと思って俺の出した鱗粉を練り込んだけど刺激が強すぎて欲望の制御が難しかったというわけか。
ふむ……気を利かせ過ぎてしまったか。
そんな状況でも自身を律して我慢出来るエミロヴィアは凄い。
周囲のみんなを悲しませたくない、誰かの為に行動できると言うのはエミロヴィアのかけがえの無い長所だ。
「ユキカズの兄貴、オデの事を気に掛けてくれるのは良いけど食べ物にユキカズの兄貴自身から出た物を使ったら困るんだな……」
「そういうもんかね」
「なんだな」
どうやらエミロヴィアにとって劇物だったようだ。中々難しいもんだな。
「色々と我慢させてしまうな」
余計な気を使わせないため、迷宮種だってのを隠すために町の中でエミロヴィアに寄生する訳にはいかない。
その所為でエミロヴィアも食事に関して困るだろう。
「虫さんを食べるくらいなら大丈夫だと思うんだな」
「そうか?」
「なんだな」
それなら良いのだけど……俺としてはムーイとエミロヴィアが仲良く食事をしている状況に持って行きたい所だ。
「みんなに配慮出来るのはエミロヴィアの良い所だな。俺は好きだぞ」
「オデはユキカズの兄貴が思うほど良い人じゃないんだな」
またエミロヴィアが謙虚な態度で答える。
そういう所を俺は気に入ってるんだけどなー。
「……時々思うんだな。フレーディンの兄貴がオデを騙してなかったとしてもユキカズの兄貴と付き合っていたら、そのうちオデがフレーディンの兄貴を裏切る事になったかも知れないって」
「なんで?」
エミロヴィアがそんなタラレバで悩むんだろうか?
「だって、ユキカズの兄貴の味に魅了されてしまうんだな。もしもあの時、オデが我慢出来なかったら……」
ああ、最初にエミロヴィアに昆虫変化で尋ねた時か。
持ち帰り出来たらするかなってノリでやったけど、あの時に成功したらフレーディンは驚いただろう。
「だからオデは良い人じゃ無いんだな」
「ふふ」
思わず笑ってしまう。
「笑い事じゃないんだな」
「いや、そうやって悩んでいる内はエミロヴィア、お前は良い奴だよ」
少なくとも自分は善人だと思っている奴よりも善人だと言われているけど本当はこう言った悪い所もあるんだって思っている人の方が俺は良い人だと思う。
ブルだって俺が良い人だって褒めても謙虚な態度を崩さずに居た。
きっと同じように自分の悪い部分を見つめて律していたんだと思う。
「ユキカズの兄貴がそう思えるオデであるように頑張るんだな」
「そうか」
あんまりエミロヴィアの負担にならないように俺も務めないと行けないかもしれないな。
根が善良だからそこまで努力しなくても良いとは思う。
町に滞在するからストレスが溜まったら……狩りに出かけるって誘って息抜きはしてあげるべきだな。
ああ、思えばブルに就寝前にマッサージとかしてあげるとかしてやれば良かったなー。
帰った暁にはブルにマッサージをしたりしてあげたい。
頑張っている良い人に出来る俺なりの手伝いでよさそう。
ムーイにも後でしておこう。
……ムーイに効果があれば良いんだけどさ。
アイツ、体が柔らかいからマッサージの効果があるか未知数だし。
なーんて感じに時間は過ぎていき、子供達は就寝してムーイも子供達と一緒に眠気に襲われて眠る事になった。
ムーイの提案で俺が照射で壁にこれまでの道中の冒険を編集した物を映したりしていたら子供達は夢中で見てた。
「ねきゅーい」
ラウも結構それらしい言葉を喋るようになってきたな。
「そんじゃみんな寝る時間よー」
「「「はーい」」」
「もっと見ていたかったなー」
「ねー」
「明日も見せてあげるからしっかり寝なさい」
「わかったー」
「楽しみー」
「神獣様、本日は色々とありがとうございました。子供達もすぐに懐いていましたよ」
カトレアさんがにこやかに笑っている。
こう、見た目ニワトリ系な人種だけど動きや歩調がなんて言うか教会のシスターみたいな人なんだなと感じさせる。
博愛精神が健人は気に入ったって所なんだろう。
しかも見返りとか求めないみたいだし。





