二十四話
待て待て待て……現在の大遠征での中継地点は一番深い所で30階を予定している。
その前の中継地点が20階だぞ?
ゲーム知識的に判断するならトーラビッヒが発動させた罠はテレポーターの罠で間違いない。
少なくとも地下9階でそんなにも強力な罠を引いて25階にいきなり飛ぶなんて。
念の為に確認すると、地下20階から地下30階は物資の搬入は困難を要する区間だ。
魔物が段違いに強くなり本当に強い冒険者とか軍隊じゃないと来られないと聞いた。
少なくとも体力の面で俺達に敵わないトーラビッヒが代表の部隊で戦える場所じゃない。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオ!」
どこにいるのかを軽く確認した直後に雄たけびが聞こえる。
雄たけびの方を確認するとドシンドシンと双頭の頭を持つ犬……ウォーターグリーンオルトロスがこっちに向かって物凄い速度で駆け寄ってくる光景だった。
「わ、わ、わぁああああああああああああああああああああ!」
部隊員のほとんどがウォーターグリーンオルトロスを見て悲鳴を上げる。
「ヒヒィイイイイン!」
ガラガラと命の危機に荷車を引いていた馬は必死に暴れて積み荷を落として反対方向へと逃げ出した。
「トーラビッヒ!」
俺は咄嗟に腰を抜かしたトーラビッヒに声を掛け、腕に付けていたとある道具を指差す。
それを所持している事を咄嗟に理解したトーラビッヒはまるで勝利を確信したかのような目で宣言した。
「落ちつけ皆の者! こんな時こそ、これがあるではないか!」
と、トーラビッヒが掲げたのは帰還のオイルタイマー。
積み荷を運ぶ際に念の為に持たされた代物だ。
「おおおおおおお!」
「さすがはトーラビッヒ様! さあ! 早く逃げましょう!」
俺達は急いでトーラビッヒの方に近寄り、帰還アイテムの使用を待つ。
「よし!」
そう宣言したトーラビッヒが俺達の方を見てニヤリと笑う。
直後――。
「貴様等新兵が隊長である私の命令を無視し、宝箱を開けて隊を危険に招いた。責任を被れ。口封じだ」
「はあ!?」
言い返す前にトーラビッヒ達の姿が消え去った。
脱出アイテムで逃げ出したようだ。
「ちょ――ま! ふざけるなぁああああああああああああああ!」
俺の絶叫が辺りに響き渡る。
「ブウウウウウウウ!?」
「えええええええええええええええええええええ!?」
残されたのは俺とブルとフィリンと言う新兵トリオ!?
急いで、猛獣が近づいてくるのをどう対処するか考える。
「ブル先生! どうにかなりませんか?」
日夜あれだけ鍛えているんだ。
ライラ上級騎士の言う、強くなる方法を実践できているブル先生なら、あんなの素手でも撲殺できるさ!
な! そうだよな?
「ブブブブブブ!」
全力で首を横に振られてしまった。
ブ、ブル先生でもどうにもならないのか!
おしまいだああああぁぁぁぁ!?
「無理無理無理! ウォーターグリーンオルトロスは回遊タイプの大型ボスです。竜騎兵や魔導兵が戦う魔物です! 一介の兵士が白兵戦で勝てる相手じゃないです!」
なるほど、そりゃあ無理だ!
あんなデカイ兵器で戦う相手じゃ白兵戦なんて爪楊枝で戦うようなもんだろう。
ちなみに俺のLvが幾つか知ってるか?
まだLv17です!
そこそこ強いサーベルウルフを倒して、且つ賞金首を仕留めてこれだ!
これでもライラ上級騎士が来てからブルに引き上げてもらったんだぞ。
覚えている事を再確認だ。
兎束 雪一 Lv17 侵食率 3.96%
所持スキル 異世界言語理解1 異世界文字理解1 No:Lチャージ HP回復力向上1 スタミナ回復力向上4 投擲修練5 マルチアイ5 採取補正3 ファイアマスタリー5 回避向上4 調合補助3 アーマーマスタリー5 ライディング3 初級料理技能3
※ステータス補正スキル 腕力アップ3 敏捷アップ4 体力アップ2 スタミナアップ1 命中アップ2
スキルポイント17
色々と取ってるけど、一つのスキルを上げる毎に1というわけではない。必要なポイントはスキル毎に変わる。
マルチアイは訓練校で取るのを推奨されたスキルだ。
キャットアイとかオウルアイとかの総合まとめられた発展スキルである。
修練に内包されたスキルも本気で発動させる場合は弛まぬ訓練かポイントを振らないといけない。
そっちは別枠のスキルに登録されているから詳しく見てなかった。しかもこっちは消費スキルポイントが多いんだ。
いい加減、自身の方向性を決めろと思っていたけど、こんな事態になるんだったらプールせずに使いきっておくんだった!
ライディングは乗り物酔い対策に使えそうだから取った。現に取るだけで随分と楽になったしね。
ちなみにブルのLvは32だそうだ。
兵役の通常ボーダーはLv20辺り……そこから一度解雇されて再兵役だからこの辺りのLvって事なのだろう。
フィリンはいくつなんだろうね?
なんか雰囲気的に俺と同じような推薦枠で入ったんじゃないかと思ってる。
地下25階相当の回遊型の大ボスを適切に倒すのに必要なLvは幾つくらいだろうか?
ビチャリとの音で後方を見る。
そこにはウォーターグリーンオルトロスが逃げた馬を二つの頭の双方で噛み切った光景だった。
前方も後方も双頭の魔犬!
どうすりゃいいんだよ!
「ブ!」
ブルが俺とフィリンの体を掴んで思い切り投げつけて跳躍。
先ほどまで俺達が居た場所に一匹目のウォーターグリーンオルトロスが大きな爪を振りおろしていた。
間一髪だったぞ!
だが、次の動作で俺達は詰みだ。
ブルが素早く受け身を取って咄嗟に剣を投げつけるが、甲高い音を立てて弾かれた。
ブルの剛力であっても傷一つ付かないのかよ!
どうがんばっても逃げようがない。
『おや? 手が無いとは言わせない。時間は減るだろうがこの場は生き残れるかも知れないぞ? ヒントだ。さあ、がんばれよ』
どこからか……そう、声が聞こえた。
本能的に、ドクンと心臓が跳ねあがった気がした。
時間がゆっくりと……スローモーションのように流れているような錯覚を覚える。
くっ……Lチャージを使えと言う事か。
飛びかかる二匹目のウォーターグリーンオルトロスの攻撃からブルとフィリンの裾を掴んで地面を強く蹴りあげる。
「きゃあああああああああああああああああ!」
「ぷぎゃあああああああああああ!」
あまりの速度にブルとフィリンが凄い角度で皮が弛んで見えた。
やばい。
これ以上の速度で動いたら二人ともタダじゃ済まない。
どうする? どうしたらいい?
『あんまり使用は勧められないが……使える物は使わないとな。ほら、切り札がそこに転がっているぞ?』
切り札? そんな都合の良い物があるわけ……声に囁かれ俺は積み荷である代物に目が行く。
――そこには宝石の付いた棺のような物体が転がっていた。
特殊兵装でロックが掛けられているとかの話だけど……。
ブル達を積み荷の所まで連れていって、俺は積み荷の……宝石の部分に手を掛ける。
どうにかしてこれを利用できないだろうか?
そう思った直後、宝石が光って箱が十字に割れて中身が飛び出した。
それは一振りの……棒切れか?
こんな物が何の役に立つんだ、もっと凄い物が入っていると思ったのに、と握って捨てようかと思った瞬間。
棒切れが更なる光を纏う。
――適合反応確認、接続します……エラー! 適切な処理がされていません!
エラー!
エラー!
何か突然視界にそんな文字が浮かんでくる。
特殊指定、特例処理事項発動――認証開始……No:LAST divine beasts 認証完了!
接続確認! 起動します!
ぐ……なんか棒切れに心臓辺りから何かを吸われるような痛みが走った。
その直後、棒切れが何かの柄に変わる。
いや、結局柄なのかよ。
せめて短剣とか武器にでもなってくれれば使いやすいってのに!
カチンと視界に十字のターゲットアイコンが映し出される。
解析――ウォーターグリーンオルトロス。
必要な出力を推測……計算完了。
使用者の力を強制出力!
瞬間、柄の先に無数の短剣が生成される。
なんだこれ?
とりあえず……投擲修練に内包されていたスキルを使おう。
スローダガーと言おうとしたら視界に、何故か文字が浮かんでくる。
自然と口が動いた。
「ハンドレッド……ダガー!」
取っ手を横に居合抜きの構えで振りかぶる。
すると短剣が放たれ……無数の雨のように横一線にウォーターグリーンオルトロス達を蜂の巣にしていった。
「キャ――ギャン! クーギャン! グボ……」
短剣はオルトロス共を貫通した後、竜巻のように旋回し、再度突き刺さる。
まるで生きているオルトロス達にトドメを刺すかの如く。
それでもオルトロス達は殺意を向けて俺の方へ飛びかかってきた。
半ば本能的に俺は飛び上がり、スパッと柄を剣のように振りかぶって通り抜けて地面に着地する。
ズン……という地響きが俺の背後で聞こえた。
振り返ると、二つの頭がそれぞれ切り落とされたオルトロスが、血しぶきを上げて絶命している光景だった。





